後編:洋館葬検事案・??? 葬検編
リオンは家主であるラグリアの許可を得て洋館を探索中。そこかしこを
現場は利子に任せている。ただ、トランシーバーで通話を繋いだままにするよう、リオンから指示を受けていた。
現場検証と事情聴取を終えたが、収穫は
ラグリアの言い分といえば。
『姫の部屋を通りがかったら中途半端にドアが開いていたから入ってみたら……といった感じだ。すまない、これ以上は何も分からない』
続いてミレイの言い分。
『調理室で明日の料理の仕込みをしておりました』
そしてジュナリエルの言い分。
『ずっと洋館の外をパトロールしてました。あぁ、怖いです……』
最後にドミルゴの言い分。
『ふん。就寝中に決まっている』
と、いたって変な証言はなく、誰も怪しさを感じない。
――しかし……また先輩は私に指示だけ出すんですか。
リオンはいつもそう。「敵を騙すにはまず味方から」。助手である
――でもハッキリ言って、証拠らしきものは見つからなかった。……しかし、この中に必ず犯人がいる。先輩の狙いを見極めろ、私。
「ところで、この洋館の中で一番刃物の扱いに長けているであろう人物は誰かなぁ?」
『まぁ、ワシだろうな』
まさかのドミルゴが進んで挙手。その場の全員が目を丸くして。
『こう見えて趣味で彫刻を嗜んでいてな。
自慢げに
『意外ですね。長年の付き合いですが、知りませんでした』
『自分もです。凄いですね、大臣様!』
ラグリアとジュナリエルが頷く。
「へぇー。面白いね。てっきりメイドサンかと思ったのだが。 だってリンゴを切るのとか、得意そうじゃぁないか?」
『そ、そうですね。まぁ、それなりにはできますが』
どこか照れくさそうに髪をいじるミレイ。
……しばらくの、沈黙。現場の緊張感は弓の
「んー、にしても何も見つからないなぁ」
ふと、リオンが呟く。
「なぁ、大臣クン。秘蔵のコレクションとやらを見せてくれないか?」
『う………………』
ドミルゴは、なぜか返答にかなりの時間を要した。やがて。
『だ、駄目に決まっているだろう! 馬鹿者が!』
否定。
「おやおや、それは……後ろめたいことがあるからかな?」
『ふざけるな! 違う!』
みなの視線がドミルゴに集まった。突然疑いをかけられた大臣は心外だと言わんばかりに強く拳を握る。
「いやね、実はどれだけ証拠を探しても出ないんだ。じゃあ、刃物の扱いに長けて、隠し事があるキミが一番あやしいよねぇ」
『この、言わせておけば……黙って協力していているのも限界だ!出ていく!』
ずんずんと部屋を出ていこうとするドミルゴ。
『大臣殿、落ち着いてください』
『あわわ……どうしましょうか、王子ぃ!』
ここで部屋内の全員が動く。それを、利子は見逃さなかった。
――そうか、なるほど! 今この瞬間、先輩の狙いを理解した!
『っ! 先輩、今です!!!』
利子の、悲鳴にも近い叫び声。
ここで突然、王女の部屋の扉がバン! と開かれ。
「おやおやぁ? なんだぁ、ソレはぁ」
赤く染まった、ギラリと光る銀色。黒髪の女性はトレンチコートを翻し、ソレを指さして。
「…………犯人は、ミレイ。キミだ」
「……」
鷹の目でにらむのは、狡猾な狐の尻尾。
???
「なんだって!? ミレイ。君だけは有り得ないと思っていたのに」
「うわぁぁぁっ! ナイフだぁ! ひぃぃ」
「貴様だったのか! くだらんことをしおってからに! ワシの時間を返せ!」
「なぜわたくしだと分かったのですか」
隙間風に、長い黒髪をなびかせるリオン。真剣な顔つきでもって回答。
「最初が肝心だ。『皿の上のリンゴ』。あれは瑞々しさが、時間がたった後のそれではない。証言通り捉えるならば」
続ける。
「フルーツを切る、という名目でキミは調理室から姫の部屋へ。そして睡眠薬を混ぜた水を飲ませ、寝かせた後に急所を貫く。しかしそこに王子やってくる。だが逃げ場がない」
さらに続ける。
「焦ったキミはナイフだけ回収し、窓から退出。あとで大臣の指紋をナイフにつけて姫のそばに置こうと画策。数時間後、現場に入ってから
まだ続ける。
「このすじ筋書きなら、とりあえず
最後に。
「しかし、逆にこれを好機と見た。これから大臣クンに隙を見てナイフを渡す、余裕のない精神状態であろうキミに『心理戦』をしかけることにしたのさ。大臣クンには『確かなルートから仕入れた情報であるワインのペアリングのレシピと交換に、このあと問いかけたことに全て肯定してほしい』と話をもちかけた。助手クンにも少し協力してもらったよ。悟られない程度にだがね」
利子は、開いた口が塞がらない。
――流石先輩。あの短時間でこれだけ事件の筋書きを組み立てて、作戦を組み立てて実行に移す。やはり仕事は完璧、だ。
リオンは呼吸を整えるため、深呼吸。
「では、動機を聞かせてもらおうか」
ミレイがその
「……ここに来てから十数年、経ちました。それでもこの、王女(エルメリィ)への
その苦い過去を思い返す。歯ぎしりが止まらない。
「あの言葉は絶対に忘れない。『貴女は髪が白い。名前は……そうね。あの古くから心優しい貴族一家ミレイトロイアからとって、ミレイにしましょう』だとォ!?」
髪をぶちぶちと引き抜き、散らした。やがて口調が変わっていく。
「……流れ者だった。やっとあの家から救われた。だがまた失望した……よりによってわたくしの忌み嫌う血族の名を、再びつけやがって出資者どもがァ!」
部屋中の物が、浮遊。回転。派手に荒れていく。地鳴りまで起き始めた。
「あの日! ワタシは! この家が幸せの絶頂に達した時、全てをぶっ壊してやると決めたんだよォ!!!」
窓ガラスが砕け散り、月光が乱反射。
そう、この家の人間は全員「
「なりふり構わずワシら全員を消す気か!?」
「もう嫌だ! 助けて王子!」
「いや、大丈夫だ。ここからが彼女らを呼んだ真の理由だから」
うろたえる三人に対し、リオンと利己は冷静。
利子は札に達筆な字で複雑怪奇な文字を書き、それを地面に貼る。
「先輩、一般社会保護の観点から情報遮断の結界を巡らせました」
「よし。では全員、下がりたまえ」
リオンは瑠璃色のペンダントを取り出した。
「キミは間違いなく許されないことをした。罪のない者を手にかけたのだから。しかし……確かにキミも可哀想だ、だから」
それを、首からさげて。
「『
空中に十字を切る。
「『魂よ、どうか安らかなるひとときを迎えたまえ。神の
それを唱えると、光の柱が出現。たちまち部屋を包み込む。
これが「
「ぐ、そおおお! こんなところで……! くちおしや……!」
悪しき霊であるミレイは、徐々に搔き消えた。そして。
霊力を全てこぼしてしまった姫、エルメリィの実体ももうすぐ消える。
「エルメリィ!!!」
ラグリアが涙ぐんだ声を張り上げながら、駆け寄った。
「ああ、エルメリィ。すまない。僕がもう少し気づくのが早ければ……!」
「いいんです。元はといえばわたくしのせいでしたから」
互いに、抱きしめあう。
「ふふ。大丈夫ですよ。またすぐに会えるはずですから……それまで元気でね、ラグリア」
「ああ。そっちこそ元気でな、エルメリィ」
光とともに、エルメリィも消失した。
札も、塵になる。
ラグリアが立ち上がり、一言。
「……もう一年、持っていってくれ」
「……大事にするよ」
これにて「洋館葬検事案・ミレイ」の解決である。
???
朝焼けの空。
洋館から、車を走らせ
「よく作戦に気づいてくれたね。いい仕事ぶりだったよ、助手クン」
と、助手席に横になりながら話すリオン。
「ありがとうございます」
にこりとした笑顔で返す利子。しかし、その表情はすぐに暗くなる。
「……
それに微苦笑で返すリオン。
「溜まるさぁ」
二人で儚げで朝日を見つめて。
「……ワタシたちの願い『
「……はい」
怪異葬検事務所 烏丸支部は、別れを見送り続ける。
その心に、無数の想いを詰めて――。
怪異葬検事務所 烏丸支部 楪 紬木 @YZRH9
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