怪異葬検事務所 烏丸支部

楪 紬木

前編:洋館葬検事案・??? 調査編

 丑三つ時、三日月が照らす森の奥地。さびれた洋館がひっそりと居を構えている。不気味、というよりほかならない。


 洋館の、応接室。ソファーに深々と座る女性が、煙管キセルから紫煙しえんをくゆらせてニヤニヤ。


「フーッ……で、今回はどんな依頼かなぁ?」 


 烏丸(からすま)リオン。つややかな、長い黒髪。切れ長の目は鷹さながらの鋭さ。黒のブラウスに茶色のトレンチコートという格好をしており、露出させた脚を組んでいる。その姿は不遜ふそん極まりない。


「……あ、助手クーン、はやくはやくぅ。お茶ぁ」 


 手を叩き、目の前にいる男性――ではなく、後ろでお茶を沸かす女性を急かした。


「先輩、依頼人そっちのけで煙草とお茶菓子を堪能しようとしないでください! 失礼ですよ!」 


 リオンをたしなめる、芯の通った声。


 彼女は神堂利子しんどうりこ。茶髪。童顔にして小柄。いたいけで可愛らしい外見だが、れっきとした大人の女性。証拠としては……立派な果実を二つ、実らせているところだろう。


「んはは。それはそうだ。……とはいえ、そろそろ話してくれないと困る訳だが? 依頼人サン」 

「……すまない。今、話すよ」 


 リオンの対面には、青年。神妙な面持ちで手に顎をのせて悩んでいる。


 利子がお茶を運んできた。リオンの隣に着席。


「ゆっくりでいいですよ。先輩はこう見えて仕事にだけは真面目ですから待ってくれます。態度は最悪ですが」 

「はぁ。いつも一言多いんだよぉ、助手クン」 

「痛い、痛い! 太ももをつねらないで!」 

「……ふふ。ありがとう。もう大丈夫」  


 と、ここでようやく観念したのか、青年が正面を向いて語る。


「僕の名はラグリア。……妻である王女エルメリィを手にかけた犯人を捜してほしいんだ」 


 ラグリア王子。燃え上がるような赤髪。それと煌びやかな純白の貴族服が目立つ。胸の前に手を当てる仕草からは誠実さがにじみ出ていた。


 リオンは興味深そうに顎に手を添えて前屈みになる。


「ほぅ?」 

「現場は二時間前のそのままにしてある。また屋敷の者の行動は制限しておいた。すぐにでも事情聴取が可能だ」 

「それはどうも。だが肝心なのは」 


 黒髪の女性が肩をすくめてみせて。


「報酬さぁ」 


 流石にラグリアも利子も、溜息をついた。


「望みは資金か?」 

「いいやぁ?」 

「……では霊力れいりょく三年分でどうだろう」 

「んー、もう一声かなぁ」 

「…………ああ、分かったよ。持っていってくれ」 

「ヒヒ。毎度ありぃ」 


 話がついた。二人は凛々しく立ち上がる。


「じゃ、始めようか。助手クン」 

「はいっ!」 


 いざ、事件現場へ――。




???




 王女の部屋の前。扉には金箔があしらわれており、既に豪奢な雰囲気が漂う。


 扉の前にはリオン、利子、ラグリア、メイド服の女性、兵士らしき男性、いかにも大臣然とした服を着た小太りの男性の六人。


 まずはリオンと利子をはじめとして、それぞれ自己紹介を済ませている。


「烏丸リオンだ。なんとでも呼んでくれたまえ」 

「神堂利子です。よろしくお願いします。本日はご協力、ありがとうございます」 

「はじめまして。わたくし、ミレイと申しますわ。以後お見知りおきを」 


 美麗な白髪。おとぎの国から出てきたのではないかというそのメイドの女性、ミレイがスカートの端をつまんで、一礼。


「っ、はっ! 自分はジュナリエルと申します! よよ、よろしくお願いします!」 


 鼻の長い特徴的な兵士、ジュナリエルが敬礼。緊張しているのか、その立ち姿は震えている。


 「はぁ。さっさとしてくれんか。この後はワインをたしなむ時間なんだ。あぁ、ワシはドミルゴだ」 


 たくわえた髭をいじる小太りの男、大臣ドミルゴ。苛立ちを全く隠さず、足踏み。


「全員揃いましたね。それでは、開けます」 


 ラグリアが重々しい声調で扉を開く。


 目に飛び込んできたのは――。


 レッドカーペットの上。金色の長髪。純白の王衣(ドレス)をまとった女性が横たわる姿だ。刺された跡からは、残酷な赤色が流れている。そばには、転がったコップ。内容物は乾いたのだろうか。


 次に、部屋の内装。天蓋付きのベッドや金色の装飾と、まさに位の高い者の部屋だ。気品に満ち溢れている。テーブルの上には、皿に乗った瑞々みずみずしい林檎りんご。切り口は非常に綺麗だ。そして部屋は全く荒れていない。


 窓硝子からは、麗しい三日月がのぞいていた。月灯りが金色の姫に差し込んでいる。


「あぁ、おいたわしや、姫様ぁ!」 


 真っ先に駆け寄ったのはメイドのミレイ。しかし。


「待て、触れてはならない」 


 ラグリアに横から制止。


「……そうですね、王子様。取り乱しました」 


 ミレイは顔を背け、手袋を引き締める。悲しそうにして引き下がった。


「して、第一発見者は誰かなぁ?」 

「僕だ」 


 リオンの問いに答えたのはラグリア。彼は迷わず手をあげる。


「ふうん、怪しまれないか、とか考えないものかい。もう少しびくびくしたらどうだ。そこな兵士クンのように」 

「うぇ、ひっ!?」 


 突然、リオンに指をさされたジュナリエルは体がはねた。


「やめてやってくれ。彼は元々臆病なんだ。頼りになる時もある」

「も……ですか」 


 ラグリアの言葉にがっくりとジュナリエルは肩を落とす。


「はっ、勘弁してくれ。くだらん話をするなら部屋に戻るぞ」 


 きびすを返そうとしたドミルゴに、釘を刺すような声がかけられる。


「待ってください。現場検証と実況見分が終わってからでお願いしますよ」 


 利子だ。この場から遠ざけてしまったらまずい。毅然きぜんとした態度で誰一人逃がすまいとしていた。


「なんだと貴様。舐めた態度をとるんじゃ――」 

「……て……す」 


 黒髪の女性はあやしく唾液音をふくませ、あでやかに発音してみせる。大臣の耳元で、


「……いいだろう」 


 途端に静かになったドミルゴ。それはさておき、と。


「さぁ、まずは王子クン。どんな風に見つけたか、教えてくれるかな?」 


 現場検証と実況見分が無事、つつがなく行われた。

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