『人外教室の人間嫌い教師』人間嫌いとひと夏の思い出

れい先生! アタクシとひと夏の思い出を作るのはどうかしら!」


「……どうかしら、じゃないが」


 俺がこの学校に赴任してきて2年目の夏、俺が担任をしている上級クラスの生徒龍崎りゅうざきカリンから、突然とんでもない提案をされてしまった。


「ひゅー、積極的だねぇ」


「あわわ……思い出作っちゃうんですか!?」


 横で聞いていた羽根田はねだ尾々守おおがみが面白がったり困ったりとそれぞれの反応をしていた。だが、龍崎はそんな2人を無視して俺から目を離す様子はない。至近距離で俺の目をじっと見つめながら―─ん? どんどん近づいてきていないか?


「絶対に無い」


 龍崎の提案に否定をしながら、俺は自分と龍崎の間に手を出して、近づいてきていた龍崎を制止する。


「そんな! ニンゲンの男の人はひと夏の思い出を作りたがるものだと思っていたのに!」


「とんでもない偏見だな……」


 そういう人種もいるとは思うが、少なくともそれは俺ではない。

 そんな陽キャのような願望なんて―─抱いたことがないと言えばうそにはなるが、実行しようだなんて微塵みじんも思わない。

 ひと夏の思い出なんて作ってしまったら、後々何か困ったことがあるかもしれない。陽キャと呼ばれる人種はそういうことを考えないのだろうか? それにまず、俺は生徒をそういう目で見ていない。


「ひと夏の思い出って何するなの?」


 ぐな瞳を向けながら、俺に純粋な疑問を投げかけたのは右左美うさみだった。


「えっと……」


 どうしよう。なんて答えたらいいのだろうか。

 俺が返事に困っていると、横から灰色の大きな耳の少女が飛び出してきた。


「夏といえば! かき氷とかアイスとかの冷え冷えスイーツがうまうまっちゅよ~!あとはスイカやメロンにマンゴー、パイナップル、ドラゴンフルーツやライチみたいな南国フルーツもちゅへへへへ……」


「う、万智まちきたないの。よだれ拭けなの」


 右左美は、うへうへと食べ物の空想にける根津ねづにドン引きしながら距離を取っている。

 根津の食べ物に対する執着は凄すさまじい。たまに根津の私生活に支障が起きているくらいに。

 だが、今はその執着がありがたい。よし、ならばこの流れに乗って話を変えるか。


「根津はそういうフルーツも食べたことあるのか?」


「ものによるっちゅね。手に入りやすいスイカとかは食べたことあるっちゅけど。……もしかしてちぇんちぇー、万智たちに食べさせてくれるんちゅか!?」


「え」


 キラキラと目を輝かせながら、根津はよだれを垂らしている。これはこれで選択を間違えたかもしれない。しかもちゃっかり万智〝たち〟って言ったな?


「ひゅー、センセ太っ腹~」


「あら、零先生は太っていないわ!」


「え、えっと、そういう意味じゃなくてですね……」


「カリンはアホなの。ヒトマが右左美たちにフルーツをプレゼントしてくれるって話なの」


「零先生からのプレゼント! 素敵!」


「ちぇーんちぇ! ありがとっちゅ!」


「すやぁ……………」


 約一名ずっと夢の中だったが、こうして押し切られる形で、真夏のトロピカルフルーツパーティーは開催されることになったのだ。




            ***




「零先生、あーん♥」


「自分で食べるから。それに、まだ全員そろってないだろ」


 机の上には果物がまるでビュッフェのように所狭しと並んでいた。……元・俺のボーナスだ。

 それに、お菓子とケーキも少し。フルーツは俺が用意したもので、放課後まで職員室の冷蔵庫で冷やしていたのだが─―このお菓子は、味変用に生徒達が用意したのだろうか。


「というか……すごいな、この教室、わざわざ飾りも用意したのか?」


「もちろんよ! シチュエーションって大事だし、映え?も思い出になるっていさきちゃんが言ってたわ!」


 教室の壁付近にはヤシの木のバルーンにハイビスカスの造花が飾られていて、可愛かわいらしい南国リゾート風のデコレーションがされていた。机の上も皿の周りに花やリボンが添えられている。


「えへへ、南の島っぽくてなんだか楽しいですよね。いさきさんも見たかっただろうなぁ」


 少し寂しそうな尾々守の肩に、羽根田はねだがポンと励ますように手を乗せた。


「まぁ、いさきもこういうの好きだろうけどさ。でもほら、いさきならきっと、一咲いさきが楽しんでるのを見たいって思うんじゃない? だからアタシたちと一緒にいっぱい楽しも?」


「トバリさん……たしかにいさきさんならそう思うのかも……。うん! わたし、いさきさんに楽しかったですって言えるようにいっぱい思い出作ります!」


「あははっ! そうそう、その意気だよ」


 尾々守と羽根田もなんだかんだこの空間に馴染なじんでいるようだ。

 2人は学校支給のスマホを取り出して尾々守のもう1人の人格である「いさき」に見せるための写真をパシャパシャと撮っている。俺はこのキラキラ空間に慣れずそわそわしてしまっているのだが……。


「あ、せっかくなら先生とも撮っていいですか?」


「おお……まあ、いいぞ」


「アタクシもその写真欲しいわ!」


「ふふ! はい。もちろん龍崎りゅうざきさんにも共有しますね」


「すやぁ……」


 パシャリ。

 尾々守おおがみの自撮りに映り込むような形で羽根田はねだと龍崎に挟まれる俺、そして少し離れた机で寝ている黒澤くろさわがフレームに収まっていた。

 生徒たちは普段通りの自然な笑顔だったが、俺は写真はあまり得意ではないので、ぎこちない笑顔だ。

 俺はぼんやりと尾々守と龍崎がデータの転送をしているのを眺めていた。龍崎は……俺に一直線すぎて、積極的に他者と関わるタイプではないが、尾々守は全肯定というか、ほわほわしつつも面倒見は良いタイプだ。そういうところは、もうひとりの〝いさき〟と似ているのかもな。なんて、なんだかほっこりする。


「あーっ! もう楽しいこと始めてんちゅか!?」


「ぜぇ……ぜぇ……のんきなやつらなの……」


右左美うさみ根津ねづも大丈夫か?」


 遅れて教室にやってきたのは右左美と根津だった。

 2人は小さな身体に似合わない、古風で大きなかき氷器と、これまた大きなクーラーボックスをそれぞれ持っている。俺は慌てて2人が持っていた荷物を引き受けた。


「うわっ、結構重いな……」


「そうなんちゅよ。ちぇんちぇーに連絡して運んでもらおうか迷ったんちゅけど、うちゃみが―─」


「ふん、ヒトマは寮まで来なくていいの」


「って、言ってっちゅから」


「寮まで返しに行く時は俺が運ぶよ。なんなら台車借りてもいいし」


 このかき氷器はずっと、生徒寮にある食堂の隅の方にひっそりと鎮座していたらしい。

 そのため、生徒達はその存在を知っていたようではあるが、使ったことも、使えるかさえもわからない代物だったそうだ。

 だが、このパーティーをするにあたって、寮母の寮子りょうこさんに使用可能か聞いたところ、刃を研いだりといったメンテナンスは多少必要だが、実はまだまだ現役のかき氷器であることが判明した。

 そうして、このかき氷器は少しの間、寮の食堂から借りることになったのだ。


「アタクシかき氷って食べたことないわ。要は甘い氷なのよね?」


 龍崎の問いに根津の瞳がキラリと光る。


「ちっちっち……甘いっちゅ! かき氷より甘いっちゅよ! かき氷はもはや新種のパフェっちゅ! フルーツを載せるのはもちろん、アイスクリームや生クリーム、それにケーキやマカロンがデコレーションされてるものもあるんちゅよ! 最近だとエスプーマかき氷も見るっちゅね! ふわっふわで可愛かわいくて、舌触りも柔らかく、とろとろにとろけるらしいんちゅよ~! 贅沢ぜいたくなものだと、フルーツを凍らせてそのまま削り出すかき氷もあるっちゅね!」


「な、なんだかすごいわ!」


 龍崎は想像と違っていたのか、目をぐるぐるさせながら混乱しているようだった。

 ちなみに俺もお祭りの屋台で食べるような、氷とシロップのみで構成されたシンプルなものを想像していたので、正直根津の説明に戸惑っている。エスプーマって何だ? きっとこのかき氷器も、そんなかき氷は作ったことないだろう。だって、老舗の海の家とか、そういうところに置いてありそうな年代物っぽいし……。


「まあ、とりあえず作ってみるか。そういえば氷って―─」


「クーラーボックスに入ってるの。あとはアイスもあるの」


 ぶっきらぼうにそう言いつつも、右左美は少し離れた机に置いてあるクーラーボックスを指さしてくれた。


「ありがとな、右左美」


「ふん。右左美は宇治金時にするの」


「それいいなぁ。俺もそうしようかな」


「勝手にしろなの」


 宇治金時なら安心できる豪華さですごくちょうど良い。

 右左美はてきぱきと机の上に人数分の皿を各生徒の席の前に置いたりと準備を進めていた。

 俺もクーラボックスから、かき氷器用に成形したと思われる透明な四角い氷を取り出して、そのままかき氷器にセットする。氷も結構重い。こういう機械はどれも似たようなものだから、なんとなく使い方は理解できた。

 懐かしいな。―─子供の頃、夏休みに祖父母の家で作ってもらったかき氷を思い出す。あの時はブルーハワイばかり食べていたなぁ。それで舌を青くしてじいちゃんとばあちゃんに笑われたっけ。田舎の家の縁側で、おやつ代わりに出されていたかき氷。―─生徒達もいつかこんな風に、今日のことを思い出すのだろうか。


「ちぇんちぇー早速かき氷作ってくれるんちゅか! 楽しみっちゅね!」


「アタクシは先生とおそろいの味がいいわ! ……いや、別の味にした方が交換出来るのかしら!?」


「じゃー、アタシ、かき氷出来るまでフルーツ食べてよっかな」


「トバリちゅん! ずるいっちゅ! 万智まちも食べるっちゅ~!」


「ふふ、なんだか楽しいです! 私もフルーツ頂いちゃおうかなっ!」


「もぐ……もぐ…………おい、しい」


寧々子ねねこ、いつの間に起きてたなの?」


「もぐ……ぐっど、ていすと」


 上級クラスは今日も騒がしい。

 最初はどうなることかと思ったが、これも生徒達のひと夏の思い出として、楽しんでもらえたら―─。


「かき氷、1つ目出来たぞー」


「わーい! 食べるっちゅ~!」


 暑い夏も、そんなに悪くないのかもしれない。









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【夏の学園祭2024】会場配布冊子『Traveling MFbunkoJ Islands』収録SS MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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