『探偵はもう、死んでいる。』探偵と助手 n回目の夏休み

「―─んっ」


 飛行機を降り、空港に降り立った探偵がぐっと背伸びをする。いつものワンピースとは違い、いわゆるアロハシャツを着たシエスタ。その額にはサングラスが掛かっている。


「浮かれ気分だな」


「郷に入っては郷に従え、でしょ」


 シエスタは俺の格好を見て「まったく君は」とあきがおを浮かべる。ジャケットは脱いでるんだ、勘弁してほしい。


「というか、今回の目的を忘れてないだろうな?」


「当たり前でしょ。今度こそ見つけるよ―─エメラルドのなみだを」


 ―─エメラルドの泪。それは時価数十億円とも言われる財宝で、昔、旅の資金に困っていた俺とシエスタはそのお宝を探して常夏の島を訪れた。だがその時は散々遊び倒した挙句、「宝とはこの一夏の思い出のことだよ」などとシエスタに誤魔化ごまかされたのだった。

 そんなあの夏から今は……まあ、時系列はさておき。今年の夏もまた俺たちはエメラルドの泪を探しに、日本の南の島に来ていた。


「それで? まずはどこに探しに行く?」


「え? あー、うん」


 上の空の返事。シエスタの手にはいつの間にか旅行のガイドブックが握られていて。


「ねえ、シュノーケリングかマングローブでのカヌー体験、どっちがいい?」


「だから今回は絶対に遊ばないからな?」


 それから俺とシエスタは地元の名店でソーキそばを食べ、またさらなる離島へ向かうべくフェリーに乗り込んだ。……もちろんシュノーケリング目的じゃないぞ? なんでもその離島にこそエメラルドの泪が眠っている可能性があるらしいのだ。

 そうして島に上陸した俺たちは早速、快晴の空の下で―─サイクリングをしていた。


「助手、もう少しスピード上げて」


 しかもシエスタを後ろに乗せた状態で。


「理不尽だ……」


 俺は汗だくになりながら必死にペダルをぐ。


「仕方ないでしょ、電動自転車がなかったんだから」


「だからと言ってなぜ俺がお前を乗せなきゃならない?」


「私はジャパニーズコロンボをリスペクトしてるから迂闊うかつに自転車には乗れないの」


 シエスタは適当を言いながら俺の背中を指でなぞる。……汗がシャツに引っ付いて不快指数が跳ね上がる。


「本当にこの島にお宝はあるんだろうな?」


「さあね。行けば分かるんじゃない?」


 やがて下り坂に差し掛かり、途端にペダルは軽くなる。ほおを風が切り、自転車はぐんぐんスピードを上げて進んでいく。


「子供の頃は自転車があったら、どこへでも行ける気がしたよな」


 曲がり角を減速せずに曲がってみたら、知らない路地がそこにあった。夕暮れの河川敷を立ちぎで走っていたら、なんだか無敵になった気がした。


「今だってそうだよ」


 シエスタの声が風に乗って聞こえてくる。


「今だって私たちはどこへでも行ける」


「……違いないな」


 俺は探偵を後ろに乗せたまま、遠くに見えてきた海を目指した。

 海岸線に辿たどいた俺とシエスタがなにをしたかと言えば……遊んだ。ビーチバレーをしたり、シエスタが俺を砂浜に埋めたり。近くにはかき氷屋もあり、シエスタはブルーハワイ味を食べながら俺に舌を見せてくる。


「ねえ、見て。青くなってる」


「なあ、俺たちなにしにここへ来たんだっけ?」


 その後は民宿で夕食を取り、気付けば夜。外に出ると街灯もない島は真っ暗で、ただ、だからこそ見える景色もある。


「これは壮観だな」


 星空を見上げ、思わずため息を溢こぼす。有人島とはいえ民家も少なくビルなんてものもない。小高い丘のようになっている場所で地面に背をつけ寝転ぶと、遮蔽物のない天然のプラネタリウムが視界いっぱいに広がった。


綺麗きれいだね」


 シエスタも隣で同じように星を見上げる。大体こういう時は天文学的な解説を始めるのが常なのだが、さすがに無粋と感じたのか言葉少なくこの景色を堪能しているようだ。

 これまで随分と色んな旅をした。色んな国や地域に行った。でも今見える景色のどこにもまだ行ったことはなかった。


「俺たち、星間旅行にはいつ行くんだ?」


「うーん、ロケットのチャーターって幾らかかるんだろうね」


 顔を見合わせ思わず笑い合う。それでもある日突然シエスタが「月に行こう」と左手を差し出してきたら、俺は間違いなくその手を取るのだろう。


「あ、流れ星」


 と、シエスタが夜空を指さす。

 見逃した、と後悔したのもつか。次々と煌きらめく流星が夜空を駆け始め、暗黙のうちに互いに黙り込んだ。


「なにをお願いしたの?」


 やがて星が落ち着いた頃、シエスタがそう尋ねた。


「決まってるだろ? エメラルドのなみだが見つかりますように」


 この仕事をするにも生きていくにもお金は必要で。それに、昔からこれだけ探しているうちに純粋に現物を拝みたくなってきたのも事実だった。


「シエスタは?」


「言わない。今言ったら叶かなわなくなっちゃいそうだから」


 人には言わせておいて、ずる過ぎる……。


「でもまあそのお願い、ほとんど叶ってるけどね」


 シエスタは隣で寝転んだまま俺を見つめていた。


「叶えてくれる人がいるけどね」


 そんな夏の一日を過ごして、さらに翌朝から二日間―─俺とシエスタは例に倣って遊び尽くした。シュノーケリングでウミガメと共に泳ぎ、マングローブでカヌーの腕を競い合った。負けた俺が受けた罰ゲームの内容は……ここでは伏せておこう。

 また島の食材をふんだんに使った料理をたらふく食い、両手で抱え切れないほどのショッピングも楽しんだ。そうして迎えた最終日、帰りの飛行機にて。


「君の日焼け姿、博物館に展示しておきたいぐらい面白いね」


 シエスタは隣に座った俺をまじまじと、だがほんのり口角を上げて見つめてくる。自分は日傘とサングラスと特注の日焼け止めとやらで万全の白さを保ったまま。……なぜ俺にその日焼け止めを貸してくれなかった?


「やれ。しかもエメラルドの泪は見つからず仕舞じまいか」


 正直そんな気はしていた。俺は忘れたわけではなかったのだが、何度催促してもシエスタが軽く受け流すのだ。そして今もその様子は変わらぬまま、いや、むしろ……。


「なんでそんなに満足げなんだ?」


「ん? だってほら、流れ星は君より私の味方をしてくれたみたいだから」


 ……は? どういうことだ? まさか。


「あの時お前は、エメラルドの泪が見つかりませんようにとでも願ったのか?」


 俺と正反対の願いを? なぜ?


「さて、来年はどこにお宝を探しに行こうか」


「……理不尽だ」


 探偵が微笑ほほえみ、飛行機は間もなく離陸する。

 地上はるか一万メートルの空の上へ。


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