『なぜ僕の世界を誰も覚えていないのか?』アンコール

 ──夢を見ていた。

 人類が、他種族から領土を取り戻す戦いの旅。

 その長き戦いが終わり、共に戦ってきた仲間たちもそれぞれ帰るべき場所に戻っていく。そんな未来を見た気がした。


「カイ! カイってば起きてよ!」


 車のなかで肩を揺すられる。

 うっすらと目を開けたカイの前で、金髪の少女がこちらをじっと見つめていた。


「……リンネ? どうかしたか?」


「あのね、カイが珍しく寝てたから。どうしたのかなって」


 リンネが首をかしげてみせる。

 悪魔や天使、獣など複数の種族が混じった「ごちゃ混ぜ」の少女。そのリンネが不安さ半分、ふしぎさ半分の面持ちで―─


「カイが車のなかで寝るの、珍しいよね?」


「寝かせてやりなリンネちゃん。カイだって疲れる時くらいあるさ」


 運転席からそう言うのは、ウルザ人類反旗軍のアシュランだ。

 隣の助手席には、地図とにらめっこ中の同僚サキの姿もある。

 いまカイたちの車が通っているのは道なき道。天をくほどに巨大な木々がそびえ立つ、エルフの森である。


「ちなみにカイ? ぐっすりどんな夢を見てたんだ? いい夢か?」


「……戦いが終わった夢だった」


 運転席の仲間にそう返して、カイは、ぼんやりと車の屋根を見上げることにした。


「……漠然とだけど、みんな元気そうで……それだけは覚えてる」


「そりゃ確かにめでたいけどよ、そいつは夢を通りこして願望っていうんじゃねえか?」


「ねねカイ! わたしは?」


 その途端、カイの脇腹をリンネが突いてきた。


「その夢。戦いが終わった後で、わたしはどうしてた?」


「……すっごい朧気おぼれけだけど、笑っていた気がする」


「あ、それなら良かった!」


「……夢だぞ?」


「夢の中でもだよ!」


 えへへと無邪気な笑みを浮かべるリンネに、カイも思わず顔をほころばせて──


『ずいぶんと楽しそうだな。一号車』


 車のスピーカーから、あきれ混じりの苦笑が伝わってきた。

 ウルザ人類反旗軍の指揮官ジャンヌだ。


「カイ、珍しく気の抜けた話をしていたな?」


「聞かなかったことにしてくれ。……俺も、居眠りだなんて自分に驚いてる」


『構わない、休める間に気を休んでくれ。なにしろ今は心強い案内がいる。そうだなレーレーン?』


「むにゃ?」


 カイの左隣で―─

 可愛かわいらしい寝息を立てていた少女がパチッと目を開けた。

 エルフの巫女みこレーレーン。薄衣を重ねた七単ななひとえの着物が印象的な少女である。


「お、おお? 何じゃジャンヌ? 何の話をしておった?」


『……不安になるが、エルフの森の道案内はよろしく頼む』


「うむ! それは任せておくがいい!」


 自信満々に腕組みするレーレーンが、助手席のサキをちらりと見やって。


「では道案内の続きじゃ。そこから十五本目と十六本目の大木の間を抜けて、黄色の実のなる木が見えるまで直進じゃ」


「木が多すぎて数えきれないわよ!?」


 サキの悲鳴。

 と、その隣のアシュランが手を団扇うちわのように仰いで―─


「それにしてもよ、この森ずいぶん蒸し暑くねぇか?」


「エルフの木は巨大じゃ。根が吸い上げた水を葉が水蒸気として放出する。そのせいで大量の水蒸気に満ちておる」


「……だから蒸し風呂みてぇに暑いのか」


 運転席のアシュランも、額には大粒の汗がびっしりだ。


「シャワーか水風呂が恋しいぜ。こんだけ暑いと海に飛びこむのもアリか……白い砂浜のビーチでクタクタになるくらい泳ぎまくるってのも悪くねぇかもな」


「何それバカンス? いつの時代の昔話よ」


 サキが、あきれた口ぶりで振り向いた。

 この世界で、人間は他種族に長らく支配されてきた。外を出歩くことさえ危険な現在で、海でのバカンスなど夢のまた夢だ。


「……のうカイ」


 そこに割って入るレーレーン。 


「海? 海とは何じゃ? 湖ではなくてか?」


「あれ、レーレーンは海を知らないのか?」


 これはカイも意外だ。

 何百年の時を生きるエルフである。海を含むこの大陸のことも、人間以上に熟知していると思っていたが。


「ワシらはエルフの森から外に出ぬ。興味もなければ調べようともせんよ」


「湖より何十倍もでけぇ水辺だよ」


 運転席のアシュランが、ハンドルを握りながら振り返った。


「驚けよ。海にはな。クジラっつって、幻獣族より大きな生き物がんでいるんだぜ」


「危険ではないか!?」


「クジラは海の底の生き物さ。人間を襲う生き物じゃない」


 目を丸くして驚くエルフの巫女みこに苦笑しながら、カイはアシュランの言葉を継いだ。


「……海に囲まれた常夏の島でバカンスか。キャンプ地があって、ビーチパラソルを広げて砂浜で遊んだりするイメージがあるな」


「ねえカイ、それ何十年前の話?」


「そういう世界になればいいなって話だよ」


 サキの問いかけに、カイは真顔でそう答えることにした。

 真夏の海。

 真っ白いビーチに泊まってバカンスを―─カイにとっては当たり前だった常識だが、この世界の歴史では何十年も前に消えた常識である。


「……全部終わった後に、みんなで海に行けるような未来が来るといいな」


 リンネとジャンヌ。

 サキもアシュランも連れて大騒ぎする。そんな未来も悪くない。


「レーレーンも一緒に来るか? 協定も結んだわけだし」


「バ、バカを言うでない!」


レーレーンがパッと振り向いた。


「ワシは蛮神族じゃぞ。休戦協定を結んだとはいえ、お主ら人間となんか……」


「あ! さては怖いんだぁ?」


 リンネが、待ってましたとばかりに振り向いた。


「海に大きな生き物がいるからって、怖いんでしょ」


「怖くない!」


「そんなこと言っちゃって、怖いんでしょ?」


「怖くないと言っておろうが!」


 そんな言い争いがしばらく続いて―─


「ねえカイ」


 リンネが、カイにだけ聞こえる声でそっと耳打ち。


「……あのね」


「何だ?」


「いつかきっと、そういうのできる世界に戻ろうね。頑張ろ!」


 勇気を振り絞った笑顔でそうささやくリンネに、カイも力強くうなずいた。

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