【夏の学園祭2024】会場配布冊子『Traveling MFbunkoJ Islands』収録SS

MF文庫J編集部

『シャーロック+アカデミー』海辺のバリツ勝負 (※イチャイチャしているわけではありません)

 この島には代々、『呪い姫』の伝説が受け継がれているという。

 その昔、島をまとめる当主の家の娘が、ある日突然、呪いを受けて苦しみだし、死んでしまった。島の人々は呪い姫のたたりを恐れ、彼女を鎮める社を建てた。そうして島の平和は保たれたのだ。

 しかし現代、その呪いが復活した。

 学園を通じてエヴラールこと詩亜しあ・E・ヘーゼルダインに届いたのは、その呪いの正体を解き明かし、現在進行している呪殺事件から自分を助けてほしいという依頼だった──

 の、だが。


「普通に毒ですね」


 到着して1時間で、エヴラールは言った。


「当時はあまり知られてなかった種類です。え、呪殺事件の犯人? この毒を抽出するのに必要な花の場所はあの人しか知らないんですから、あの人に決まってるじゃないですか」


 その後も一応、エヴラールは細々とした裏取りを行い、犯人は警察に逮捕された。

 そしてついてきた俺──不実崎ふみさき未咲みさきは、島のビーチで太陽を見上げていた。


「手応えねえ~……」


 あんまりにもおどろおどろしい話だったから、島の因習とか当主家の相続問題とか、そういうややこしい話が複雑に絡み合うかと思ったのに、秒で終わってしまった。

 正直、まだ実感がない。


 島までの船で全身にみなぎっていた緊張感を返してくれ。


「今夜辺り、新しい犠牲者が出たりするんじゃねえの……?」


「ないですねえ。残念ながら」


 水着姿のエヴラールが、レジャーシートの上で腕に日焼け止めを塗りながら言った。


「そんなどんでん返しに溢あふれた事件はそうそうありませんよ。殺人犯がみんなエンターテイナーだというわけでもありませんし」


「そりゃそうなんだが」


 俺自身、そういう刺激的な事件を夢見ている探偵志望者たちを見て内心ツッコミを入れていたもんだが、いざ遭遇してみると拍子抜けする。

 エヴラールいわく、「大抵の殺人事件より、犬や猫を探したり不倫を突き止めたりする方が時間がかかって大変ですよ」だそうだ。


「どうせ本土に帰る定期船は明日まで出ないんですし、それまでバカンスを楽しむとしましょう。そのためにあなたを誘ったみたいなところもありますし」


「は? 俺は暇潰し要員かよ? 助手のカイラが他の事件で忙しいから、護衛がてら助手やれって話じゃなかったか?」


「私がこんな田舎のしけた殺人犯に後れを取るとでも?」


「……じゃあお前、俺を海水浴デートに誘っただけじゃん」


 皮肉を込めて指摘すると、エヴラールは「むぐっ」と喉を詰まらせたような声を漏らす。


「だっ……だとしたら、どうします?」


「思わせぶりなこと言いたいんなら声詰まらせんな」


 エヴラールは悔しそうに「う~……」と唸うなって、日焼け止めクリームのキャップを閉じた。


「いいですよ。そんなに不服だったら、デートじゃなくしてあげます」


 少しむくれながら、エヴラールは立ち上がった。

 エヴラールが身にまとっているのは、前に見たのとはまた違うビキニだった。

 前のは白っぽい色だったが、今回は黒い色のホルターネック──上のひもが首の後ろに回っているタイプのビキニだった。自分のスタイルの良さをアピールすることに余念のないこいつのこと、露出度が高いのは意外じゃない。でも、いつもは鬱陶しいくらい清楚せいそぶっているくせに、今回だけは白い肌を際立たせる黒が妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 ……俺と二人っきりだってのに、こんなエロい水着着てくんなよ。

 誘われてるんじゃないかと勘違いしそうになる。こいつは折に触れて天然でワンチャン行けそうな雰囲気を出してくるので、特に注意しなければならない。一歩間違えば社会的に死ぬ。

 肩にこぼれた金色の髪を軽く払い、エヴラールは俺を見下ろす。


「組手でもしようじゃありませんか。砂浜は足腰も鍛えられますし、投げられても柔らかく受け止めてくれます」


「いや、こんな真昼の砂浜に投げられたら背中焼けるぞ」


「人間は痛みがなければ学びません」


 昭和の体育教師みたいなこと言いやがる。

 まあただ寝そべったり、ちゃぷちゃぷ水遊びするよりはいい。俺も立ち上がって、エヴラールの顔を見下ろした。


「ルールは?」


「そうですね……」


 顎に人差し指を添えて少し考え、エヴラールは俺に背中を向けた。

 そして長い金髪を左右にかき分け、白い首筋で結ばれた黒いビキニのひもを見せてくる。


「この水着の結び目をほどいたらあなたの勝ち、というのはどうでしょう?」


「……お前、俺のことをとんでもないスケベ野郎だと思ってねえか?」


「このほうがやる気が出るでしょう?」


「その場合、お前の勝利条件は?」


「それはまあ……」


 再び俺に向き直り、エヴラールはすいっと目を下に動かした。


「あなたの水着をずり下げたら、ということに……」


「俺だけリスクでかすぎだろ!」


 あっちはほどかれた瞬間に水着を押さえればいいけど、俺はやられた瞬間に全部アウトじゃねえか!


「しょうがないですね。それじゃあ5分間、あなたにおっぱいを見られなかったら私の勝ちということで」


「ちょっと釈然としねえけど……了解。じゃあそれで」


 エヴラールは端末をポチポチと操作し、レジャーシートの

上に置いた。タイマーをセットしたんだろう。

 そして太陽の下、水着姿の俺とエヴラールが静かに構えを

取る。

 探偵格闘術〈バリツ〉は、基本的には柔術である。相手の力を利用して投げ飛ばしたり、押さえつけたり。

 その性質上、先に手を出した方が不利だ。しかしルール的に、このまま5分が経過したらエヴラールの勝ちになる。必ず俺の方から攻撃を始めなければならない。

 しかも技の洗練度でいえば、圧倒的にエヴラールの方が上──俺には体格のアドバンテージがあるが、バリツ勝負では絶対的なものとは言えない。

 そうなると……搦手からめてが必要か。


「……エヴラール。そういえばなんだけどさ」


「はい?」


「夜、たまに声漏れてるぞ」


「へっ?」


 隙あり。

 エヴラールがきょとんとした顔をした瞬間、俺は距離を詰めて手を突き出した。口八丁で相手の動揺を誘うのも立派なバリツ──バリツ四式〈リーガル・トラップ〉だ!

 肩をつかもうとした俺の手に反応し、エヴラールは半身になりながら、


「何の声が──漏れてるって言うんですかっ!」



 伸ばした俺の肘を掴み、そのまま関節をめようとする。

 その前に俺はエヴラールの両脚の間に脚を滑り込ませ、


「ゲームに決まってんだろっ!」


 軸足を払い、エヴラールのバランスを崩した。

 エヴラールは背中側に倒れながら、苦い顔をして俺の腕から手を放した。チャンスだ。寝技に持ち込めば水着のひもなんかすぐにほどける!

 しかし。

 エヴラールが、放した手を勢いよく砂浜に突く。

 目の前でエヴラールの天地が反転した。二本の白い脚が蛇のように襲いかかってくる。強烈に首が締まり、直後、ぐんと横向きに引っ張られ、熱い砂浜に身体をたたきつけられた。

 気づけば俺は横倒しにされて、エヴラールの太ももで首を極められていた。


「降参しますか? このまま締め落としてもいいんですよ」


「むぐぐ……」


 俺は鍛えられた太ももに手をかけながら、にやりと笑う。


「……お前さあ……、ぐっ……前から思ってたけど……、華奢きゃしゃな割に、太もも太くね?」


「んなっ……!?」


「毎日引きこもって、ゲームばっかしてるから……ぐぐっ、下半身がたるんでんじゃねえの!?」


 エヴラールの顔が赤く染まる。

 瞬間、太ももの力がわずかに緩まって、俺はその間隙に手を割り込ませた。むにっとしたエヴラールの太ももに指を食い込ませ、左右にこじ開けると、そのまま彼女の体に覆いかぶさる。

 俺はすかさず首の後ろのひもに手を伸ばしたが、その寸前にエヴラールが手で結び目を覆ってガードした。これじゃ紐をほどけない。俺はエヴラールの細い手首を掴つかんで、結び目から手をがしにかかる。

 すると、


「ふ…… 不実崎ふみさきさん……ちょっと! 不実崎さん!」


「どうした!? 降参か!?」


「そうじゃなくて……こ、この体勢はちょっと……!」


 俺は今、あおけに組み伏せたエヴラールに上から覆いかぶさっている。

 あられもなく開かれたエヴラールの両脚に、体を割り込ませるような形で。

 ……た、確かに……この体勢はちょっとまずいような……。


「そ……その手は食わねえぞ! 〈リーガル・トラップ〉だろ!」


「違いますよっ! この格好であんまり動かないで──ぁんっ!」


 甲高い声が耳に飛び込み、俺は硬直した。

 エヴラールもびっくりした顔で自分の口を押さえ、耳まで真っ赤にしてぎゅっと目をつむった。

 し……仕切り直しか?

 そ、そうだな……。こんな状態で口喧嘩くちげんかをしてたって、何の訓練にもならねえわけだし……。

 でも、あとほんの少し……ちょっと手をエヴラールの首の後ろに滑り込ませるだけで……いや、っていうか、紐をほどくのかよ? それって水着を取るってことだぞ? この体勢で? それって、ちょっと……もはや、ほとんど……。


「……不実崎さん……」


 れた瞳で、エヴラールは訴えかけてくる。


「せめて……夜に、お部屋で……」


 は?

 夜に? 部屋で? これを?

 目の前にいる真っ赤な顔をしたエヴラールが、月明かりの中、ベッドの上で、心細そうに胸元を押さえている姿が見えたような気がして、俺は酒を飲んだかのように頭の中がくらくらと──


「―─5分です!」


 ピピピピピ! レジャーシートの端末からアラームが鳴り響く。

 と同時、エヴラールは勢いよく俺の体を押しのけた。

 砂浜に転がされた俺の前で、エヴラールはパンパンとお尻についた砂を払い落とす。


「わ……私の勝ちですね」


 それから振り返って、勝ち誇った笑顔を見せた。

 俺は尻もちをついた格好のまま愕然がくぜんとする。


「お前! やっぱり〈リーガル・トラップ〉―─」


 いや。

 言いながら気がついた。

 エヴラールの顔を染めている赤が、まだ引いていないことに。


「この程度の色仕掛けで手を緩めるとはやっぱりまだまだですね、不実崎ふみさきさん。その体たらくでは、いずれ犯人に付け入られて苦い思いをすることになりますよ?」


 ペラペラと口数が多いのは、きっと誤魔化ごまかしたいことがあるからだった。

 世界最高レベルの探偵のくせに──こういうところは、死ぬほどわかりやすい奴やつなんだ。

 でもまあ、負けは負けだ。俺も動揺したのは確かだったし、今回は素直に認め──

 その時、俺は気づいた。

 さっき砂浜にこすりつけたからか。エヴラールの首の後ろにある水着の結び目が、ひとりでにほどけて──


「あ」


「え?」


 はらり、と。

 エヴラールの豊かな膨らみを覆う布が、がれるように前へと垂れる。


「ひあっ、ぁ……!?」


 人間、本当に慌てた時には、綺麗きれいな悲鳴が出ないらしい。

 エヴラールは大急ぎで自分の胸を隠しながら、俺に向かって背を向けた。

 それから──さっきと同じくらい赤くなった顔で、こっちに振り返る。


「……見えました……?」


「い……いや……」


 たぶん。

 俺もあまりに衝撃的で、目に入ったものをうまく処理できなかった。

 エヴラールは俺に背中を向けたまま、ひもを首の後ろでしっかり結び直す。

 そして、


「か、勘違いしないでくださいね」


 どこかで聞いたようなセリフを口にした。


「夜……私の部屋に来たって……何にも起こらないんですから!」


 そう言い捨てると、エヴラールはアラームが鳴りっぱなしの端末を回収してピューっと逃げていった。

 その言い方だと……何か起こることにならないか? 俺はしばらくその場で、波の音を聞いていた。


 ―─そして、その夜。


 宣言通り、俺とエヴラールの身には何も起こらなかった。

 代わりに、新しい殺人事件が起こった。

 今度は解決に3時間かかった。







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