学校はデスゲーム実行委員会に乗っ取られました

石田空

理不尽には理不尽で対抗せよ……本当に?

 世の中不景気だと言われていても。

 ちょっとだけ治安が悪くなったと言っても。

 それはネットの世界の中の話で、現実の日常は特に変わらないと思っていた。

 ──あの日、突然にヘリコプターが飛んできて、学校を閉鎖されるまでは。


『こちら、デスゲーム実行委員会です』


 スピーカーで非現実的な言の葉を発せられる。


『この高校は制圧しました。最後のひとりになるまで、下校を一切許しません』


 デスゲーム実行委員会を自称する連中は制服を着て、全員狐のお面を付けていた。

 その上動きは機敏で、学校の出入り口という出入り口に鉄網を張り巡らせて脱出できないようにしてしまった。

 うちの学校の外は住宅街で、本来なら近所のマンションの人たちには助けを求められるはずなのに、屋上すらも閉鎖してしまったのだ。

 職員室にいる、勇気ある先生たちは、すぐに警察を呼ぼうとしたものの、電話は何故か使えなかった。電話線は切られてしまい、スマホもネットもジャミングが設置されてしまい、外に助けを求めることができない。

 更にパニックを起こした生徒たちが、デスゲーム実行委員会の閉鎖した裏門に突撃して下校を強攻したが、彼らの持っている武器であっけなく殺されてしまった。


『こらこら。殺していいのは制服の生徒たちですよ。自分たちはデスゲーム実行委員会です。デスゲーム実行委員会の面子を攻撃した場合、ペナルティとして処刑します』


 デスゲーム実行委員会は嘲笑うように言った。


『ほらほら。頑張ってデスゲームをスタートさせてください。武器も武装も用意します。ちゃんと生徒同士で殺し合って、最後のひとりになるまで人数を減らしてください』


 ……冗談じゃない、と思った。


****


 ……ここまでが、三日前の出来事だった。

 最初の一日、二日までは皆はパニックを起こしながらも仲のいい面子と固まって籠城先を決めて、そこに身を隠していたが、デスゲーム実行委員会もこのままではゲームがはじまらないと判断したのだろう。

 死ぬことがペナルティならば、誰も死にたくないので身を隠す以外しないが。

 殺すことで褒賞が得られるのならば、人はそれを是とする。

 仕方がないと言い訳をしながら、人を殺す。

 俺たち生徒会室や運動部室みたいに、泊まり込みのためのシャワーや食料、寝袋が完備されていたらともかく、帰宅部や文化部にはそんなものは当然ない。

 デスゲーム実行委員会は言う。


『ひとり殺すごとに食料を一食分与えましょう。四人殺したらすごいということで特別に簡易シャワー室の使用許可も与えましょう』


 人としての尊厳をさんざん削られてきた中で、その言葉は甘露だった。

 デスゲーム実行委員会はさらに重ねる。


『一クラス殺したら、大変にすごいということで、デスゲーム実行委員会配下の風紀委員に加えましょう。これで衣食住は保証します』


 そう言いながら、廊下に銃器をばら撒きはじめたのだ。

 甘露を与え、武器を与えたらどうなるか。

 そんなものは日の目を見るより明らかだった。

 大人しく腹を空かせて震えているだけだった図書委員会が、真っ先に武器を取って、運動部室を襲撃しはじめたのだ。

 本来ならもっとも屈強な面々がいる場所を、普通だったら襲わないが、彼女たちは我慢ならなかったのだ。


「どうして……どうしていつもセクハラばっかりする部が優遇されて、私たちは不遇なの!? もう我慢ならない……!!」

「大会を言い訳にして、私たちの授業の成果を奪うし! 今回だって……食料も水もシャワーも分けてって言っても断るし、それでも粘った子たちを……!」

「もうこいつら絶対に学校の外に出さない! もうここで殺す!!」


 学校のヒエラルキー上位は運動部で、その次に成績上位者が占める。図書委員は成績は中の中が多い上、本好き以外は図書館を屋根のある雑談部屋扱いするものだから、溜まりに溜まったフラストレーションを、三食の食事にシャワーを盾に取られたせいで、とうとう爆発してしまったらしい。

 逆に運動部たちは、なんとか彼女たちから武器を奪って手籠めにしようとしたが、ひとり異様に武器の扱いに長けた女子がいて、とうとう運動部を壊滅させてしまった。

 一番大人しいと思っていた集団が、一番強いとされていた運動部を壊滅させてしまったせいで、校内は騒然とする。


「大変! 図書委員会のせいで、とうとうデスゲームがはじまった!」

「……武器を取られる前に回収しないといけないな」


 生徒会室は校舎でも一番高い場所に位置し、校内で起こっていることを俯瞰することができた。

 血に塗れた運動部室周辺に、デスゲーム実行委員会が黒いマントをはためかせ、簡易シャワー室を設置しているのが見えた。図書委員たちはシャワー室に入ると、彼らからマントとお面を渡され、【風紀委員】の腕章を付けられる。

 それらを見ながら、歯ぎしりをする。

 今はスマホは使えない、電話も使えない上に、どこのグループが無事で、どこのグループがデスゲーム実行委員会に取り込まれたのかがわからない。

 俺たちはひとまず手にはめいめいバッド、バールのようなもの、消火器を携えて出かけることにした。

 デスゲームなんて嫌いだ。

 たしかに運動部連中が驕り、人間的に駄目だったのは事実だろう。図書委員会の怒りはもっともだ。

 だが、殺す必要はあったのか?

 取り込まれてしまった図書委員会だって、本来は大人しい性分の面子だ。風呂に入れない、食料がないなんてフラストレーションが溜まらなかったら、銃器なんてまず取らなかっただろう。

 これは選んだんじゃない。

 デスゲーム実行委員会に選択肢を無理矢理奪われた挙句に、それらしい選択肢を与えられただけだ。

 こんなの選んだなんて言えない。


****


「お前たち今すぐデスゲームなんてやめろぉぉぉぉ!!」


 ブシャーッッと消火器を放つ。その白い煙でゲホゲホしている間に、バットを持った副生徒会長が殴って武器を落とさせ、パールのようなものを持った会計が武器を回収して回る。

 武器を持って泣いていたのは、帰宅部の面子だった。襲われていた生徒たちは話を聞いてみると園芸部だった。


「園芸部は……今は収穫期だから食べ物がいっぱいあって……」

「いくらあるからって、全部獲って食べたら来年育てる分がなくなるからあげられないよ! 水はあげるからって言ってるのに……」


 畑いっぱいのさつまいもを巡って銃で襲撃なんて、話にならない。

 さつまいもの根は一部を種いもとしてとっておき、いもには一切手を付けずに茎ばかりカセットコンロと水で茹でて食べていた園芸部の涙ぐましい努力も、帰宅部面々からしてみればさつまいもの独占に見えたらしい。

 仕方がなく、俺たちは生徒会に備え付けの栄養バーを分けてやり、「本当に絶対にデスゲームに乗るな。いったいなんのペナルティーがあるかわからないからな」と何度も何度も言ってから、次へと回った。

 だんだん回収した武器が重くなり、途中家庭科部から借りたカートに乗せなかったら運びきれない重さになってきた。


「それにしても。デスゲーム実行委員会はいったいなにがやりたかったんでしょうか?」


 書記が呟く。

 そもそも一日目にいたはずの学校の教師陣営が、二日目には全員警察に連絡ができないよう拘束されてしまったのだ。

 生徒は見せしめのために殺されているのに。


「普通に考えたら、学校の生徒が全員帰宅しないってことは、警察に相談が入りますし、警察が来てもおかしくありません。でもその気配がありません」

「そもそも学校近辺って住宅地ですよね? ここで銃声なんて響いたら……」

「……生徒会室から見た所感だけれど、おそらく学校近辺の住宅地は買収されてる」


 生徒会室は校舎の一番高い場所にあり、住宅地も当然ながら俯瞰することができる。この三日間、人が不自然に出てこないのだ。

 最初は銃声が響いて家の外に出てこないのかと思っていたけれど、夜になってもどの家にも明かりが入らず、外灯以外の光がほぼないのを見て、誰も家に帰っていないと踏んだんだ。


「え……つまりは」

「デスゲーム実行委員会はなんらかの資産を持って、この周辺を支配したと考えたほうがいい」


 金の力で、デスゲームをやってのけて、生徒たちに迷惑をかけている。いったいなんて連中だ。

 でも金の力でゲームを運営し、銃器でゲームを支配している。このゲーム盤をひっくり返すにはどうしたらいい?

 俺たちは移動しながら、途中途中で武器と一緒に消火器も回収しはじめた。

 反撃はどうしたらいいのかと、考えを張り巡らせながら。


****


 三日目で食料と風呂目当てで一番大人しい図書委員会が決起した。これ以上長引けば、大人しいと思っていた他のグループも動き出し、いよいよ収拾がつかなくなる。

 武器は回収して回っているし、戦いを無効化するために消火器だって回収した。


「……四日目になったら、デスゲームに参加するグループが増える。収拾がつかなくなる前に、早期決着を求めたい」

「でも、どうするおつもりですか?」

「下水道がある。そこから外に出て、まともな大人に助けを求めたい」

「相手は資産も武器もありますよ? それに対抗できる人って……」

「大使館だ。いくら日本の権力を行使できても、大使館までは襲撃できないはずだ。そんなことしたら、国際問題になる」


 まともな大人がいたのなら、それに助けを求めることができるが。町ひとつをたった一日で買収できる資産も権力も持っているとしたら、もう下手に隣町に助けを求めるよりも、他国に助けを求めたほうが早い。

 下水道を通って一番近い大使館の場所は、B国のものだ。そこまで俺たちは助けを求めに行くことにした。

 消火器を背中に携え、必死に走りはじめる。

 デスゲーム実行委員会がいないことを確認してから、なんとか一階に降り立った俺たちは、マンホールを開けて走り出す。


『残念ですよ、生徒会長。まさか真っ先に生徒会を伴って生徒を見捨てて脱出しようとするなんて』


 途端にマンホールはバンッと音を立てて閉まり、銃器を抱えた風紀委員に銃を向けられる。

 俺たちはデスゲーム実行委員会の委員長を睨んだ。


「……逃げるんじゃない。助けを求めに行くんだ。周りの大人は既にいないとなったら、よそから大人を探しに行くしかないだろう」

『どうして信用できるというんですか? 大人は嘘つきだし、権力者は金ですぐに靡きます。武器をちらつかせれば強い者だって口を噤みますし、そんな人々のいったいどこが信用におけるというんですか?』

「選択肢を根こそぎ奪って、そっちに都合のいい選択肢だけをそれしかないって突きつける連中よりもマシだ。誰だって死にたくないし、生きていたい。なにもせずとも生きられる選択肢を奪っておいて、なにが信用におけないだ」

『大人は本当に信用おけないじゃないですか』


 そう言いながら、デスゲーム実行委員長は初めてお面に手をかけた。

 その外した素顔を見た途端、俺たち生徒会だけでなく、風紀委員すら息を飲んだ。

 その顔は、抉れていた。

 抉れて見えるんじゃない、本当に文字通りに抉れている。そして顔の縁は赤黒く、皮膚がない。


『不祥事の火事に巻き込まれたんですよ。事件は揉み消されましたので、新聞沙汰にすらなってません。ただ俺たちの住んでいる町が地図から消滅しただけです』

「……その大人を信じられないから、復讐のために俺たちを使ったというのか?」

『ええ。ええ。大人の真似事をしましたが、不愉快そのものですね。権力を使って町ひとつ引っ越してもらい金を使って教師陣を口止めして追い出し、武器一式をばら撒いて、権力者たちを力で屈服されました。それでもせいぜい町ひとつしか変わらないんですよね』

「……水って、上から下に流れるんだよ」

『はい?』

「川上に流れている水がどれだけ綺麗でも、川上に住んでいる奴らが汚した水は川下の生活用水を汚す。どれだけ自分たちは不幸だとわめいていて川上を汚したら、川下はどっちみち汚れる。川上に言ってわめくんじゃない。川上の水を川下に配ることが、一番平和になることじゃないのか?」

『あなたは……いったいなにを知って』

「大人のやらかしのせいで憤っている気持ちはわかるよ。悪い奴は皆死ねばいいっていう気持ちも理解できる。だがな。図書委員の連中はどうする? あいつらは元々大人しい奴らだったし、運動部からいいように使われていただけ。でも殺す必要なんてなかったんだ。でもあいつらは殺しちまった。あいつらは一生なにかの選択肢を迫られたら、人を殺すって選択肢が挟まるようになったんだ。そいつのせいで自分の人生が台無しになるのにな?」


 俺はその手の連中にいいように使われた気持ち、嫌というほどわかっていた。

 だが、それだけは許容できない。しちゃいけない。


「俺は町を発電所にするために追い出されてここに越してきたんだよ。あんたのところみたいに町ひとつ消された訳じゃないけれど、大人の都合って奴でもう故郷に帰れない。でもその発電所でつくられた電気は、回り回って皆の生活に使われている」


 俺は胸倉をつかんで、気付いた。

 こいつは痩せギスの体を制服で覆っていると。その痩せた体はストレスによる拒食症なのか、なにかの病気なのかはわからないが、自分のことを虚勢で必死で強く見せつけていると。

 俺は吐き出した。


「恨んだっていい、憎んだっていい。でもそれをぶつける相手は間違えちゃいけねえ。うちの生徒たちを、これ以上お前の復讐の道具に使うんじゃねえ……!」


 一発殴る。それで終わる。

 そう思ったが。そいつは銃を取り出し、俺の眉間を狙った


『本当に綺麗ごとばかり……吐き気がします』


 ……ここまでか。そう思ったとき。

 俺は突き飛ばされ、下水に落ちた。鼻が曲がりそうだったが、その下水にどんどん流されていく。


「おいっ!」

「生徒会長! 逃げて! お願いだから!」


 それは風紀委員に取り込まれたはずの、図書委員だった。

 彼女たちがどれだけ弱い中、周りから搾取されていたかはわからない。搾取され続けた結果、とうとうデスゲーム実行委員会の甘露に飲まれて銃器を取ったのに。それでも、彼女たちは必死に戦いはじめたのだ。

 外は雨でも降っているんだろうか。勢いは早く、どんどんデスゲーム実行委員会も、生徒会も、図書委員も見えなくなっていく。

 ……あいつらを助けるためにも、俺は生きて大使館に向かわないといけない。


 理不尽に爪を立て、歯を食いしばって前を見る。

 俺は汚い下水を泳いで、必死に大使館のある出口を求めはじめた。


<了>

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