エピローグはプロローグ ~47年ぶりの登校

第25話 クリスマスの日のサプライズへ

「今度のクリスマスの日、時間取れないか。貴君と由佳さんにサプライズを体験してもらいたいので。」


 その翌週、12月8日日曜日の夕方。新婚夫婦は浅口市にある新婦の自宅でともに新婚生活を営んでいる。とは言うものの、夫である作家氏が妻の自宅に泊りに来る形をとることが多く、普段の彼はこれまで通り岡山市内のアパートで一人で仕事しながら寝泊まりしている。夫側の自宅はワンルームであり、とても夫婦で住める場所ではないからという理由が大きい。


 作家氏のもとにメールが来た。同級生で映画監督の中崎冬樹氏である。彼もまた半田山小学校の卒業生。この企画は、一種の観察映画の制作。小学2年生で同じクラスにいた男女が半世紀近くのときを経て再会し、あっという間に結婚に至った彼らが出会った小学校に二人で歩いて登校してもらおうというもの。もちろん、その前後の彼と彼女の様子も撮影される。中崎氏はそのような映画を撮影したことはないが、岡山県在住の観察映画で名をはせている映画監督の手法にヒントを得て、そのような企画を彼に持ち出したという次第。


「由佳ちゃん、中崎冬樹君、覚えている?」

「覚えている。確かあの子も同じクラスにいたでしょ」

「せやろ。彼が何や、わしらにクリスマスの日を使って観察映画を撮影したいっていう企画を出してきたのよ。どうやろな?」

 彼女の顔が、少しまた赤くなった。この時点で彼はいくらか酒を飲んでいたが、彼女のほうはまだ一滴も飲んでいない。酒を飲んでいる彼のほうは、さして赤くもなっておらず、いつもの表情のまま。

「年末年始の忙しい時期だけど、実はその日、偶然にも休みの日なンよ」

「わしのほうはこういう仕事やから、何とでもなる」

「じゃあ、受ける?」

「もちろんや。わし、取材かねて今年の5月に久々にあの道を通って来た。他の同級生や当時関わっていた人のこと思い出したけど、一番に思い出したのは・・・」

 彼は目の前のビールを飲み干した。平然としていた彼の顔が勢いよく赤くなる。

「由佳なのね」 

 素直に頷き、彼はさらに続ける。


 ぼくらはあの小学校から出て突き当りの右側にある公会堂のまで一緒に帰って、その突き当りの三差路で、ぼくは東、由佳ちゃんは西に別れて帰っていたよな。

 最後にあの三差路で別れたのはいつか、正確には覚えていないけど、1978年3月であることは間違いない。ほら、キャンディーズが解散する直前や。あの三差路で見つめ合うほどのこともなく分かれたまま、ぼくらはまったく会わなくというか会えなくなったきり、何十年も時を経た。 

 キャンディーズはあのあと4月4日に後楽園球場で解散コンサートをして、その後は3人での公式な行事はひとつもなかった。ランちゃんこと伊藤蘭さんの旦那さんの水谷豊さんと一緒に3人そろってキャンディーズの歌をカラオケで歌うことはあったみたいだけど、それはファン相手の公式のものじゃないから別の話や。

 そうそう、キャンディーズのミキちゃんこと藤村美樹さんのお父さんが音楽家で大学教授でもあってね、ちょうど鉄研にスカウトされた頃、教育学部の教授として岡大に赴任されていたと聞いたことがある。鉄道少年にアイドルのお父さんと、しかしあの頃の岡大って、世にも奇特な人が集っていたものよ。

 ま、それはいいや。

 彼の企画のコンセプトは、こんなところや。

 ぼくと由佳ちゃんはあのときあの三差路で別れたけど、あのときのあの三差路でもう一度出会って、一緒に学校まで行って、それから一緒にあの三差路まで帰る。これで晴れて、ぼくらは揃って47年間の総決算ができるわけや。

 三差路に来ても、今度は決して別れない。バス停が近いのは東側だから、ぼくらは東に向かって一緒にバス停まで行って、そこから街中へ、そして今住んでいる場所へと帰っていく。あいにくぼくの方がああいう場所だからね、この場所ってことになるかもしれないけどね。あの時期ホテルを取るにも、時期が時期だから混んでいるし高くなっているし、金ももったいないやないか。

 ぜひ、あの道をもう一度二人で歩いてみない?


「お願い、キヨくん。その件、中崎君にぜひ受けたいって。そう伝えて」

 彼女は一言そう言い残して、台所へと向かった。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


続編のご案内

47年ぶりの三差路から

第1話 あの三差路へ、そして、あの三差路から。

https://kakuyomu.jp/works/16818093089621494637/episodes/16818093089621658062

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メガネっ娘と鉄道少年 ~半世紀のときを経て 与方藤士朗 @tohshiroy

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