47年ぶりの三差路から

与方藤士朗

47年ぶりのあの地へ

第1話 あの三差路へ、そして、あの三差路から。

メガネっ娘と鉄道少年 ~半世紀のときを経て(全25話)


第1話 半世紀ぶりのメール

https://kakuyomu.jp/works/16818093088486160383/episodes/16818093088487724605


 エピローグはプロローグ ~47年ぶりの登校

第25話 クリスマスの日のサプライズへ(最終話)

https://kakuyomu.jp/works/16818093088486160383/episodes/16818093089330173970


本作は、上記作品の続編となります。

こちらも併せてご一読を。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 2024年12月25日・水曜日。クリスマスの朝。

 55歳の新婚夫婦は妻である米河由佳(旧姓河崎)の所有する軽四で浅口市の自宅を出発した。昨日夕方からしばらく観察映画を撮影して倉敷駅前のホテルに宿泊している同級生の中崎冬樹をホテル前で後部座席に乗せ、彼らは岡山市中央区の半田山小学校の手前の三差路へと向かう。

 クルマを運転するのは妻、助手席に乗るのは夫。夫のほうは運転免許を取得しておらずクルマを自ら運転する生活を完全に拒絶しているた目、こういう形にならざるを得ない。彼の日頃の言動と性格を知る周囲の者は誰も、お願いだから免許などとらないでくれと言っているほどである。それは夫である米河清治にとって実に都合の良い落としどころなのである。交通の不便な田舎に住むような気など一切ないことを問答無用で立証できるからとのこと。


 中崎氏は後部座席からビデオカメラを回し、夫婦にインタビューを続ける。実は昨日も早めに仕事を終えて帰って来た米河夫人となった由佳女史と彼女の住む自宅に岡山の自宅からやって来た米河氏にインタビューをしていたが、その続き。


「ぼくもあの三差路は久しぶりだけど、由佳さんはあの三差路から西に当時住んでいた家があったって?」

「ええ。西坂っていうところだった」

「で、コメさんはあのよつ葉園。ぼくと同じ方向やったな」

「せや。中崎君は当時、あっちの三差路のちょうど角にある公務員宿舎に住んでいたやろ。何度か、鉄研の例会の前に寄ったりしていたから覚えている」

「キヨくんが中崎君の家に寄っていたのは聞いているけど、鉄研の例会って、あの岡山大学の鉄道研究会のことでしょ」

「そや。由佳ちゃんと別れて3年目の秋に大学祭でスカウトされた。それ以降毎週土曜日と、6年生のときは水曜日にも顔を出していた。あの学校は水曜日は5時間目までで終わってくれていたからね。おそらく中崎君のような中学受験を控えた子らが塾に行きやすいようにという配慮もあったのかもしれん」

「確かに、それはあったかもしれんな」

「せやろ。わしもある意味あんたとは違うけど岡大附属中や。こっちは鉄道研究会附属中学校みたいなものやけどな」

「それは当たっとった気もする」

 話の輪から少し外れた由佳女史が、彼らにくさびを打ち込むように尋ねる。

「私ね、キヨくんが大学の鉄道研究会にスカウトされたなんて聞いたのはほんの1カ月前だったけど、あまり、びっくりはしなかった」

「なんで?」

「この子ね、何だかんだで賢かったもん。それだけじゃなくて、物事を深く掘り下げてみるようなところがずっとあった。仲間や友だちと仲良くなんてことよりも、その印象のほうが強かったかな」

「じゃあ由佳ちゃん、ぼくがよつ葉園のあの空気の中に埋没させられていたら、どうなったと思う?」

 そこで、カメラの主が一言。

「コメさんはそんなところに埋もれたり足を引っかけられたりしなかったな。むしろそういう方向に持っていこうとするオトナをしっかり見下していたよ」

 その一言を聞いて、由佳女史が一言。

「そのよつ葉園ってところがひどい場所だってことは由佳もキヨくんから聞いているけど、もしあんなところで埋もれて横道逸れるような子だったら、由佳の印象には絶対に残っていないはずよ。でも、こんないい男になっていて、もう感無量」

 中崎監督のカメラは、助手席の同級生の顔が赤くなるのを見逃さない。

「いい男なんてまず言われないからねぇ。お世辞でもうれしいよ、相手が由佳ちゃんやからってこともあるけどね。プリキュアおじさんなんか言われるよりは」

「実態、プリキュアおじさんでしょ?」

「中崎君、この子に再会して、わし、何て言われたと思う?」

「ヲタクおじさんとでも言われたか?」

「そこまではないけど、ズバリや。親父さんにまで、出会いがしらの一発を食らってしもたわ。どうやら河崎家では、わしはプリキュアおじさんで通っとるねん」


 クルマはかつて彼らが通っていた小学校の学区にやって来た。店名も経営母体も違うものの、当時も今もショッピングセンターとなっている場所の少し北西に、紅茶とカレーの店「チャイヤ」がある。今は11時前。3人で入って、ブランチがてらに朝食を食べる。3人とも、セイロンティーを飲むことに。

 中崎監督は店長に断りを入れ、新婚夫婦に向けてカメラを回す。

「わしゃ、この店は大学生の頃からたまに来ておってな、あの頃からこの朝食や。450円だったな、1988年は。それから考えたら、ま、こんなものや」

 その朝食は、手作りのパンとトマトとキャベツの生野菜、それにバナナとオムレツがついている。朝食でもいいが、ブランチあたりにちょうどいい内容。


 適度に腹ごしらえもでき、紅茶で一息ついたので、店を出る。まずは、彼女がかつて住んでいた場所に。そこはすでに他人の家となっている。というより、転勤族の父親が岡山市内に勤務していたときに借家を借りて住んでいたのが、そこ。すでに建物は立替えられて久しい。

 そこから細い道を軽四で移動し、あの三差路へ。左手には公会堂。ここで別れて46年以上の月日が過ぎているのだ。ここを境に、今度はかつての彼の帰り道に。かつて公務員宿舎のあった場所は、現在スーパーの駐車場になっている。中崎監督がかつて住んでいたのは確かにこの地。彼女のクルマはおおむねその一に停車した。懐かしいが、懐かしんでいる場合ではない。これも仕事なのだ。

 彼女のクルマを置き、3人であの三差路まで歩いて移動する。その間も、カメラは回っている。彼は二人だけでなく、周囲の景色も撮影する。

 程なく、少年と少女が分かれたあの三差路にたどり着いた。

 

「じゃあ、河崎さんはもう少し西から、コメさんはもう少し東から、歩いてきて」


 中崎監督は、観察映画としては少し珍しい手法。いささかやらせ感のある手法ではあるが、要するに昔の再現をしてもらうというわけだ。

 彼女は西から、彼は東から歩いてきた。そして、三差路の真ん中のミラーの立つ位置で再会。二人はそこで抱き合い、唇を奪い合う。まるで長年にわたり別れていた夫と妻の再会を見るかのようなシーンである。

 幸い、やじ馬はいない。あの頃なら近くの善明寺の東側の公園に遊びに行く子どももいたろうが、今はどうやらいない模様。

 しばらくして腕を組みあった男女に、映画監督が声をかける。


「じゃあ、ここから小学校まで、歩いていこう」

 少しの間カメラを止めていた映画監督は再び、カメラを回し始める。

 ともに55歳の新婚夫婦は、かつて通った学校に向けて腕を組んで歩き始めた。

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