第2話 少しずつ、坂の上へと
半田山小学校は、その山の中腹あたりにある。55歳の新婚夫婦は今まさに、47年ぶりに二人でその小学校に「登校」しているのである。あの頃は時間差もあったから登校時は必ずしも一緒というわけでもなかったが、今回はここまで一緒に来ている以上、気持ちは小学校の1年生に戻ったかのような気持ちを抱きつつ学校に向かう。その姿を、映画監督がビデオカメラを回しながら話を振っていく。
「ここが確か小里君の家だったな」
新郎は知人の不動産屋で住宅地図を見せてもらって確認しているが、確かにその家は彼らの同級生の小里氏の自宅であるとのこと。昔は出ていた表札も今は出ていないが、これも時代の流れか。今日は家人はいない模様。
「ここを左折したら、善明寺ね。その手前が、公園や、何度か遊びに来たことがあるものでね、よく覚えているよ」
「私も。小さいころ遊んだ。キヨくんとは遊んでないけどね」
「ちょっと残念かな。ま、しゃあないわ。過去は」
そこで映画監督が一言。
「これからはいつでもとは言えんかもしれんけど、一緒にいろいろできるわけだからその方がいいんじゃね?」
「そらまあ、ね」
顔をいささか赤くする新郎に、新婦が一言。
「一緒に遊ぶって、どういうことを?」
「いや、その、まあ、そりゃあ、人目のつかんところで・・・」
「じゃあ昨日あたりは?」
映画監督の問いかけに、同級生の新郎は面白おかしく返してきた。
「まあ、お互いそれなりに仲良く過ごしましたとさ。メデタシメデタシ」
「彼は昨日もしっかり由佳に尽くして頑張ってくれました。嬉しかったです」
「小学校の作文みたいに怪しいことを言うなぁ」と、新郎。
「ま、お二人とも仲良さそうで何よりじゃないか」
少しずつ緩やかな上り坂を進み、突き当りまで来た。そこを少し左に逸れ、西に向かって数メートル歩いたところで、今度は右折。あとはひたすら一本道。坂は少しばかりきつくなる。だが、登るのがしんどいというほどでもない。
「懐かしい。確かにこんな感じだったわぁ」
新婦にとってこの光景は小学2年生の時以来である。
「左右こそ変わっているような気もするけど、前はそうでもないかな。でも、校内はかなり変わったようにも思うよ」
「私らが小学生のときなんて、もう半世紀近く前だもんね」
「お二人のおっしゃる通り。皆それなりに大人になっちゃったよな」
少しずつ坂が急になる。丘の中腹の小学校の通用門の手前近くまで来た。左側は墓地となっている。右側は、学校敷地が少し飛び出し気味に確保されていて、向うにはプールも見える。
「懐かしいなぁ」
それぞれそんなことを言っているうちに、小学校に到着した。校門前には校長と何人かの教職員が迎えに出てくれている。
「卒業生の米河清治さんと由佳さんですね。この度はおめでとうございます。それからこちらが映画監督の中崎冬樹さんですね。ようこそ、母校へ」
学校は今日から冬休みに入っている。児童は登校していない。彼らは校長に案内されて久々に校舎の中へ。その後、今の小学校を案内してもらうことに。
彼らが小学2年生の時に学んだ教室に案内された。正確にそこだったかどうかと言われると記憶は定かではないが、このあたりという記憶はある。
今もそこは2年生の教室。学習机も椅子もそんなに大きくない。何より、当時ほど1クラス当たりの児童数は多くないため、その数も少なめである。
「ここで保健体育の授業なんかしたら不謹慎やなぁ」と、作家氏。
「アホ。しょうもないこと言うなって」と、映画監督がたしなめにかかる。
「由佳はキヨ君以外の男の人の前では着替えたりせんから」
「由佳ちゃんのブルマ姿が・・・」
「このスケベ!」新婦が新郎の後頭部を軽めに引っぱたく。
再び応接室に戻り、現校長としばらく話す。校長室の歴代校長の写真を見ると、確かにあの頃おられた先生の顔も飾られている。
「いやあ、懐かしいです。いつか、この学校で講演できたらいいですね」
作家氏の言葉に、ビデオカメラを回す映画監督が頷いた。
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