第3話 そして、半世紀ぶりの下校
そして、いよいよ半世紀ぶりの下校。
憎からず思い合っていた二人、今度は特に腕を組むこともなく、普通に並んで歩いている。それを、同級生の映画監督がビデオを回しながら追う。
彼らは現在の校長はじめ何人かの教職員に見送られ、坂を下りていく。彼らが小学生として通っていた頃の校長先生と言えば相当な年齢の男性だったが、今思い返してみるとちょうど彼らと同じくらいの年齢だったわけである。それは今の校長はじめベテラン教員らも同じくらいの年齢である。
「しかし何や、わしら、校長室で見た歴代校長の写真のおじさんらとえらい変わらん年になってしもたわな。さすがに由佳ちゃんにはおばさんなんて言えんけど、わしらは明らかにおじさんや。正直かなわんが、しゃあないわな」
「プリキュアの子らからしてみれば、私も十分おばさんよ。おばさんなんて間違えても言われないのは、決まって同世代かそれ以上の年の人ばっかり。若い同僚なんかも内心はおばさんと思っているでしょうね。そりゃあ、あのメガネおねえさまとやらも今年で50歳でしょ。キヨくんが6歳の時に亡くなられたおばあさんよりも年上ってことになるじゃない」
「そりゃまあ、そうやけどな。でも何か、ずっと釈然としない思いを抱いている。不思議な感触やけど、わし、今の小学校の先生方って、皆さん若いなって思う。それだけこっちが年を取ったってことだろうけどね」
ビデオカメラは、ずっと回っている。かの男女は、周囲の景色を見ながらあの頃のことを思い出している。幾分坂を下ったところでまず左に曲がり、それからまた右に曲がる。斜面は徐々に緩やかになってきた。
「由佳ちゃんと一緒に帰っていたのが、あの三差路までやった。あそこで、あの年の3月のいつだったかに別れてからずっと会えないままだったもんな」
「そうね。あの小学校は転勤族の親の子どもがたくさんいたでしょ、由佳もそう。これがもっと田舎だったら、例えばキヨくんのお母さんが今いる島なら、小学校はずっと一緒で同じクラスどころか、違う学年の子もいたンじゃない?」
「それはそうや。大体、転勤族の子らなんて、トモダチができては別れ、別れてはできての繰返しだったよな。絶対的な神とまでは言わないけど、実質それにあたる保護者すなわちたいていの場合は両親の意向に逆らう行動なんて、できないもん。こっちはあの頃養護施設でさ、まあ、そんな目に遭わせたのは岡山県の福祉どもだけど、それはたまたま親代わりという話で、本質的には一緒や」
夫の方がふと、足を止める。何やら話したいことがある模様。
「由佳ちゃん、この側溝のふた、随分記憶から離れていたけど、今年の5月に久しぶりにこの道を自転車で走って、すぐに思い出したよ。確かにあの頃も、こんな感じで左右に取っ手代わりの穴がついていた。この形。思い出したね。それからもう一つ。学校のコンクリートの壁。あれはね、よつ葉園の50年の冊子に当時の写真が掲載されていて、それでずっと記憶に残っていた。ただ、その写真に写っている職員さんとは、ぼくはあまり折合いがよいとは言えなかったかな」
「そう。キヨくんにとっては、あの学校のコンクリートの壁、何か苦い思い出でもあるわけ?」
「それは、必ずしも、そうではない。だけど、映っている人物がね」
ここで、ビデオを回している映画監督が一言。懐かしい側溝の前で、話がはずんでいる。
「コメさんは移転先の丘の上まで行かずに済んだから、そりゃ、悪い印象ばっかりでもないだろうね、こちらの方は。ぼくも、よつ葉園に行ったことあるよ。そんなに悪い場所とは思えなかったけど、いつまでもいていい場所には思えなかった。それが由佳さん、こいつも、ぼくが述べた言葉とまったく同じことを思っていたみたいでね。お互いの置かれた状況自体は違っても、行きついた言葉がまったく同じというのが何とも、不思議だわな」
彼らは再び歩き出した。ほどなく、あの三差路に到達した。
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