第24話 仕方ない、ずっと構ってあげる。

 彼の一世一代ともいうべき「演説」を聞かされ続けた彼女、最初のほうこそ淡々と聞いていたものの、彼の話した言葉が増えるにつれ、眼鏡の奥の涙をこらえることなく流し始めた。この子の由佳への思いは、本物も本物。半世紀近くもここまで思われ続けていたことを告げられた以上、もはや暑苦しいという感情を通り越し、思われ人冥利に尽きるとしか言いようがないところに達している。

 眼鏡を取って涙を拭くこともなく、彼女は一言、述べた。


「しかたない。かまって、あげる」


 その言葉は、彼が毎週日曜の朝スマホの電波を排除までして観ているわんだふるぷりきゅあのキュアニャミーの変身時の定番のセリフであった。

「キュアニャミーのセリフやんか。由佳ちゃん、それ、どういうこっちゃ?」

 いささかムードを壊しかねない関西弁で問うた彼に、彼女はさらに一言。


「仕方ない、ずっと構ってあげる。ずっとずっと、キヨくんに構ってあげる!」


 彼のほうは、何が起きているのか今一つ掴み切れていない。だがその言葉からするに彼にとって悪い話でないことは確かのようである。

「ずっと構ってくれるのはわかった。それって・・・」

 少し間を置いて、彼女は答えた。

「お父さん、お母さん、それに、キヨくんのお母さんにも。私、米河清治さんの妻になります。キヨくんは私に会える人間になるためずっと頑張って来たって言いましたよね。実は私も、ことある毎に思い出していました。いつかきっと、キヨくんに会ってもらえるようになろうと思って、生きてきました」

 そこまで言って彼女は初めて目の前のおしぼりを使って眼鏡をずらし、頬を伝わる涙を拭った。


「では二人とも、早速婚姻届を作成したほうがよさそうじゃな。証人には、私と米河君のお母さんの二人で署名しましょう」

 ここまで黙っていた新婦の父親は、娘の夫となる彼女の同級生から渡された婚姻届に署名捺印した。新郎の母親もそれに続いた。最後に夫になる人物と妻になる人物それぞれの署名捺印がなされ、婚姻後は夫の氏を名乗ることが文書に記された。


「米河由佳を名乗るのも、・・・、悪く、ないわね」


 新婦のその言葉もまた、キュアニャミーこと猫屋敷ユキの定番の口癖だった。

「それではこれより、タクシーで岡山市役所に婚姻届を提出してきます」

 これで晴れて彼女の夫となる彼は親たちに告げ、腕を組むように手を取り合う二人は玄関口のタクシーに乗って市役所へ直行した。


 程なくして、彼らは婚姻届を提出して再びホテルに戻ってきた。これからしばらく5人で会食し、その後新郎新婦はこのホテルで2泊することになっている。 

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