第3話「能力」

「フォスター伯爵が今ここに居ないのも、扉を完全に閉めたのも僕の指示だ……君もその方が良いのではないかと思ってな」


 私が腰掛けると同時にアレックス殿下は話し出し、彼の意味ありげな目配せに苦笑いをするしかなかった。


「それは……ご配慮いただきまして、申し訳ございません」


 確かに、私が送った手紙の内容を父に知られてしまうと、カンカンに怒らせてしまうだろう。そこへ対する配慮をしてくれたとなれば、私はこうしてお礼を言うしかなかった。


「手紙は読んだ。君には好きな男性が、現在居るのだとか」


 アレックス殿下は私にどんな感情を持っているのか、この段階ではいまいちわかりづらい。これまでの流れを考えれば、伯爵令嬢ごときが自分の誘いを断ってと、怒っているのかもしれない。


 けれど、その淡々とした口調には、強い感情を持っているようには思えなかった。まるで私の反応をつぶさに見て、試しているかのような、不思議な眼差しだ。


「はい……そうなんです。まずは顔合わせにと殿下よりお手紙も頂きまして、非常に光栄なのですが、お会いしてからお伝えするよりも、お手紙でお伝えした方が良いのかと思いまして……」


 まずは顔合わせという段階で、私が好きな人の存在を盾にしてお断りの手紙を送っているため、告白もされていないのに断っているような、良くわからない事態になってしまった。


「そうか。君こそが、僕が探し求めていた存在だ。やっと見つけた」


「……え?」


 私はそう断言したアレックス殿下が何を言わんとしているか、わからなかった。だって、私はさっき彼の申し出を真っ向から否定しているのに。


「……ローズは同じ部屋に居るというのに、僕に惹かれていない。そうだろう?」


「あ。はい」


 私は彼の質問に戸惑いつつも頷いた。アレックス殿下の言葉の通りだったからだ。


 アレックス殿下は顔は整いすぎるほどに整い、とても素敵な男性だけど、私は事前情報を持っているので、恋愛対象としては見れない。


「そういう女性と、僕は是非結婚したかった。現在、ローズが好きだと言う男性よりも、僕の方が良いと必ず証明するから、結婚しよう」


「え? えっと……」


 彼の言葉の意味が、わからない。不敬だと言われても、頭の中には『何良くわからないことを言っているんだろう。この人』という思いがますます強くなるばかり。


「僕には実は、生まれながらにして女性を惑わせてしまう不思議な能力を持っていてね。君には何故か利かないようなのだが、望むと望まないに関わらず女性に好意を抱かせてしまうようなのだ」


「はあ……」


 アレックス殿下の話に驚くことしかない私は、間抜けな返事を返した。


 女性を惑わせてしまう、不思議な能力ですって……? 確かに、王族専属の魔法使いは居るという話を、前に聞いたことがあるけれど……。


「ああ。この能力を持たぬ君には想像もつかないかもしれないが、絶対に好かれると思っている相手に好かれても、嬉しくないし楽しくもないんだ。だから、君のような存在をずっと探していた。僕の能力に元から耐性を持ち、王族に嫁ぐに相応しい身分。それに、外見も僕の好みだ。美しい」


 にっこりと微笑んだアレックス殿下に、正面から褒められて、私は顔が熱くなってしまった。違う違う。反応するところはそこではないわよね……?


 待って……! 待って。そんな能力なんてなくても、うら若き女性はアレックス殿下のことを好きになりませんか!?


「……あのですね。私には理解しかねる部分が多いのですが、アレックス殿下には女性を惑わせてしまう能力を持ち、私には耐性があるようだ。そこまでは、理解いたしました……けれど、アレックス殿下は王族であり、非常に容姿も良いです。だとするならば、女性ならば誰しも殿下に好意を持ってしまうのは必然の結果ではないでしょうか?」


「それは良い質問だ。ローズ。実はこの能力に気がついた経緯というのが、僕の乳母やお付きの侍女もその能力に抗えなかったという事実だ。仕事として傍に居た彼女たちは幼い僕に対する異常な執着を見せたが、三日ほど距離をおけば自分を取り戻した。よって、僕の世話係は常に男性しか居ない」


 アレックス殿下は幼い頃より、女性に好かれ過ぎることについて、悩んでいたということ? それは気の毒かもしれない。


「そのようなお話は、私は聞いたことがありませんでした」


 アレックス殿下の噂は美しい女性と見れば声を掛けて、飽きたら捨ててしまうということだけ。


 その流れはそうなのだろうけれど、まさか、こんな理由であるとは。


「仕事上で知った王族の私的な生活内容を、広げるような命知らずも居まい」


 確かに、それは彼の言った通りだ。


 誘われて断られるという一連の流れは、当の貴族令嬢でなくとも、彼女たちの身の回りの者も知るところだけど、アレックス殿下に変な能力があるらしいと流すことは不敬に値するだろう。


「……私は遠目でしか殿下を見たこともなく、手紙でお断りしただけです。なのに、何故ここにいらっしゃったのですか?」


 そうだ。一度会ったのならば、私に耐性があるとわかっただろうけれど、会いもしていないのに、アレックス殿下はこうして会いに来た。


「確かに異常な執着を向けられることは、時を傍近くで過ごすしかないが、遠目に見たとしても、僕に対して好意を自然と持つはずなんだ。現に誘いを断られたことは一度もない。だから、君なのかもしれないと思いここに来て、話をしてそれは確信に変わった」


「それは……」


 アレックス殿下の言葉に、私は目が泳いでしまった。彼に好意を持っているかと言われれば違う。色々事情がおありになって大変だったのねと思うし気の毒だと思う。


 けれど、婚約したい結婚したいと思うかと言われれば、別の話だ。


「締め切った部屋で長く話しているローズが、もし耐性を持っていない女性ならば、今頃僕に愛の言葉を連ねているはずだ」


 ……自分に好意を持った貴族令嬢たちを『これは駄目だ。違う』と、話自体を切って帰らせていればあの話も理解出来るわ。


「……あの、それで、アレックス殿下。私はどうすれば」


 アレックス殿下の能力に、私は耐性があるとは理解出来た。出来たけれど……。


「いや、ローズは何もしなくても良い。僕が君に好かれるために努力を重ねるので、何もしなくても良いんだ。これからがすごく楽しみだ。これまで、肉親以外でそんな女性は居なかったんだから」


「そそそそそ、それはですね」


 満面の笑みを浮かべた美形の王子様の好かれに行く宣言に、私はひどく動揺してしまった。


「君には好きな人が居るという話も、とても気に入った。恋敵(ライバル)が居れば燃えるというだろう? どういう気持ちか想像するしかなかったんだが、これから僕も味わえるんだな」


 それって、嘘も方便な架空の人物なんですけどね……などと、今更言える空気でもなかった。


 だって、アレックス殿下はこれから好きな男性が居るという私をどうやって落としてやろうかと、私本人の前でやる気満々なのだから。


 ……え。待って。これって、私……もしかして、アレックス殿下と婚約して結婚するしかない感じではない?


 だって、私が好きな人居るって言っても、逆に喜んでいるものね。もしかして、嘘をついたのも、結果彼を燃え上がらせるだけの結果になってしまったの?


 これまでの悪行だって、顔が好みの方から試していたと言えば、説明はつくわよね。誰しも好みの顔立ちがあるはずたもの。


 近くに居る女性を惑わせてしまうという他の男性が聞けば、とんでもなく羨ましがられる能力をお持ちの王子様アレックス殿下はその後、好かれるために努力が必要な初めての女性である私を、簡単に諦めるはずなんて……なかった。



Fin

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