第4話 早起きは三文の徳
俺の朝は早い。どのくらい早いかというと、俺の100メートル走のタイムより早い。ちなみにタイムは、17秒47だ。
まず朝早くすることは、カーテンを開けて眩しい太陽の光を浴びること。次に顔を洗い、テレビをつけて朝食を食べる。
今日の朝食は、昨日のカレーだ。食べてみると若干味は変わっているものの、昨日と変わらず美味しい。
朝食を食べた後、家を出る時間まで自由だ。テレビを見たり、スマホを触ったり、ゲームをしたり、なんでも自由だ。今日は予想外に早く起きてしまったので、昨日のゲームでやり残したクエストをやる。クエストの内容は、テストで0点を回避することだ。これがなかなか難しくて、そもそもテストの問題が難しい。仕方がないので帰ってから攻略サイトでも見ようとゲーム画面を閉じた。
家を出る時間だ。
「いってきます」
両親は共働きで、俺より先に家を出る。返事がないのは少し寂しいがこれも仕方がない。
家から数十メートル離れたところにいつも通る公園がある。そこで俺は誰もが驚愕するであろう場面に出くわした。
公園のど真ん中に100万円が落ちているではないか。
周りを見渡し、誰もいないことを確認してから分厚い札束をスクールバックに入れる。そのまま何食わぬ顔でいつもの通学路を歩く。
これ、大丈夫なのか? 窃盗の罪に問われるのでは? いやでも、そもそも公園に置いた奴が悪いんだ。俺は何も悪いことをしていない。早起きして、得しただけだ。
頭が今の状況に追いついていない。別に悪いことをしているわけでもないのに、まるでしたかのように冷や汗が滝のように流れている。
平常心を保つために前を向いて歩いていると、遠くからがに股で自転車を漕ぐ人が近づいてきている。「ものすごいがに股だな」なんて思って見ていると、どうにもその人の下半身がものすごく細く見える。上半身と明らかに合っていない。失礼に当たるかもしれないが、本当にそう見える。
俺は目が悪く、遠くのものを見ることが苦手だ。どうやったって視界がぼやけてしまうので眼鏡をかけた。
「かに・・・?! かに・・・また?!――がに股!?」
ものすごく細く見えた下半身が蟹の足だったのだ。先ほどまで不安に駆られていたが、それを一瞬で吹き飛ばすかのような出来事が目の前で起こっている。
その人は何食わぬ顔で俺の横を通り過ぎる。
・・・きっと寝ぼけているんだ。
そう思ったのも束の間、歩きスマホならぬ歩きパソコンをしている人が俺の横を通った。
パソコンの画面を覗くと、オンライン会議をしていた。
「そこはスマホにしろよ!」
意味のわからないツッコミをしたが、見向きもされなかった。
『勝治くん、頼んだ書類はできたかね』
「できました」
『もう一つ頼んだ今月の企画書はどうかね?』
「できました。先ほど、PDFファイルにして送りましたので、どうぞご覧ください」
会話内容を聞いて、どうやら有能な会社員らしい。どうにも、何食わぬ顔でながらパソコンなんてバカなことをしているが。
さっきから一体なんなんだ。いつも通りの朝かと思いきや、意表を突く出来事ばかりじゃないか。
しばらく歩いていると、俺をカップルが追い越した。こんな小さなことでイラッとしてしまったが、その感情は心の中に秘めた。
「あいつってバカじゃね?」
「わかる」
カップルが誰かの陰口を言っている。
陰口は、聞いててあまりいい気分にはなれないが、正直、現実味があって安心した。
「めちゃくちゃ簡単な教科って言われている魔法史でも赤点取ってんだぜ? バカじゃん」
「私、魔法史以外は赤点取ってるバカなのに、私以外バカなやつがいるんだって安心したわ」
「なんだよそれ」
一体いつからこの世界は魔法が使えるようになったんだろうか。17年という時を生きてきて、一度も魔法なんて使ったことがない。
某ファンタジー映画の敵役が使っていた死の呪文をカップルにかけてやった。
何も起きなかった。やはり、魔法が使えない。目の前にいるバカップル中二病だ。きっとそうだ。
そこから魔法がどうだ、魔法テストがどうだで意味のわからない話をしていたので、俺はカップルを追い越した。
『俺だよ、俺。俺だって』
「あんた、ひろふみかい? どうしたんだ、急に電話なんかして」
『そう、俺。ひろふみだよ』
電柱のそばで立っていたおばあちゃんが爆音で通話をしている。通話相手は明らかにオレオレ詐欺だ。これは今すぐに注意しないと。
『実はさ、ベッドが欲しくて。送ってきてくんない?』
おっと、風向きが変わったぞ。オレオレ詐欺はどうした。大金を請求するんじゃないのか?
「ベッドかい」
『あと、テレビも欲しくて。なるべく大きいのがいいかな。あとは、テーブル、マット、冷蔵庫・・・』と家具を請求していた。オレオレ詐欺の相手はどうやら一人暮らしをしたいらしい。
「あんた本当にひろふみかい? 声が違うように思えるけど」
『俺だって、ひろふみだって。孫の声を忘れるなんて、俺、悲しいよ』
家具を請求するなんて聞いたことない事例だ。オレオレ詐欺にしては、珍しすぎる。
「ひろふみなのね。分かったわ、送ってあげる」
『ありがとう、まじ助かる』
はたしてひろふみはこんなチャラい話し方をするのだろうか。真実を知るのはおばあちゃんのみ。
『あとさ、ネット代とか水道代とかを払うためのお金が欲しいんだよね』
「いくら欲しいんだい?」
『100万』
俺はとっさにおばあちゃんのところへ近づき、それはオレオレ詐欺であることを告げた。
すると、電話口から「電話を代わってくれ」と言われ、おばあちゃんが俺にスマホを渡す。
『お前は全部0点だ』
――
目を覚ました。どうやら全部夢だったらしい。拾った100万は残念だったが、罪悪感的なものはなくなって安心して一日を過ごせる。
学校へ行くと、校門で担任の先生が立っていたので挨拶をすると「職員室に来い」と言われ、連行された。
「お前、テスト全部0点だ。このままだと卒業が危うくなる」
「俺って天才なんじゃ・・・」
「なに寝ぼけたこと言ってんだ?」
全部夢だと思ったのに。
俺は天才じゃなかったのか。
風の吹くままに 千才生人 @sanmojiijyou
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