第6話 インフルエンサーの奇跡
「アイスでも買って帰るか」
俺は平凡で普通で平凡な男子高校生だ。彼女もいなければ、友達と言える奴もいない。
他の奴らはリアルを充実をしているのに、なぜ俺だけなんだ、リアルを充実できていないのは。
理不尽じゃないか。不公平じゃないか。
俺にも彼女を作らせろ! シュタバ(超おしゃれなカフェ)に友達と行かせろ! そもそも友達いねえじゃねえか。
それはさておき、どのアイスを買おうか。カップのアイスかコーンに入っているアイスの二択で迷っている。このことに時間をかけたくないので、とりあえず、2つに分れるアイスバーをレジに持っていく。
結構並ぶな・・・。
今日はいつにもまして客が多い。何か限定品的なのが売られているのか。しかし、皆共々メモ帳やら色紙を持っている。
「だれ・・・?」
レジの方に目を向けると、そこにはサイン会を開いている見たことのない有名人らしき人がいた。
それより、サイン会なんかするんじゃねぇよ。レジここしかないんだから。
並んでいるのは、どうやら若い年齢層の人たちみたいだ。ということは、ヨートーバーとかそういう類の有名人なのか。
どうにか商品をレジに持っていけた。アイスが生暖かい。
「どうも、来てくれてありがとうなーなな」
「いや、俺そういうのじゃなくて普通にアイスを―――」
「はい」
『キセキ』と書いてあるサイン入りアイスバーを手元に置かれた。
「いらねえよ!」
「え?」
「ですから、別にサインをもらえに来たわけじゃなくて」
「そうなのかーかか」
アイスバーをどうにか買うことができ、キセキとやらのサイン会から抜け出せた。
なんだったんだ、あいつは。普通コンビニでサイン会なんてしないだろ。しかもレジ一つしかないところで。まったく・・・。
ここで俺はふと思った。俺も有名人になりたいと。
普通でつまらない人生をこのまま生きていくのが退屈だ。何かすげぇこと、起こらないかな。
「あーあ、誰か車に轢かれねぇかな~」
いつも物語の主人公みたいにモノローグを脳内で再生していると、横からコンビニでサイン会をしていた有名人が通り過ぎた。
そいつは赤信号にも関わらず、渡った。遠くからとてつもないスピードで走っていた車が彼を跳ねた。
「ぎゃあああああ!」
情けなくて痛そうな悲鳴を上げて地面に身体を打ち付けられた。
俺はとっさに声を上げた。
「誰か救急車を呼んでくれ!」
あいにくスマホを家に忘れてしまい、通報することができない。周りの誰かが呼んでくれるはずだ。
酷く流血していて、見るだけで自分もなぜか痛みを感じてしまう。そんな状態で彼は痛みに耐えながら俺に話しかけた。
「頼みが・・・ある」
「なんですか、なんでもやります」
「トックトックを撮ってくれ」
聞き間違いか。
「すみません。もう一度お願いします」
「だから・・・トックトックを撮ってくれ・・・頼む」
聞き間違いじゃないみたいだ。
「めっちゃ血流してるのにそんなの撮ってる場合じゃないだろ!」
正気か、こいつ。事故に遭ってるのにも関わらず、トックトックを撮るだなんて馬鹿にも程があるだろ。流石のインフルエンサーたちもこんな状況では冷静に救急車を待つと思うんだが。
「早く・・・してくれ。ほれ、僕のスマホだ」
ものすごい勢いで車に衝突していたのに、スマホに傷一つない。
「えっと、こうすればいいのか?」
スマホ(ロックがかかっていない)を開くとすでにトックトックの画面が表示された。スタートボタンを押すと曲が流れる始めた。
「・・・」
先ほど大怪我を負っていた人が目の前で、何もなかったかのように元気な姿でダンスを踊り始めた。
「ぐはっ!」
インフルエンサーの口から大量の血が流れた。
「安静にしてろ! こんなことしてる場合じゃないって」
「いやいや・・・ほんとに―――ぐはっ!」
その後、無事救急車が到着したが、大量のファンが彼を囲っていたせいできちんと治療ができなかった。
―――
うるさいな。
今日は家族旅行で東京に来ている。ホテルでゆっくり過ごそうとしたが、何やらベランダが騒がしい。外に出てみると、隣のベランダで踊り狂っている男がいた。
先日車に跳ねられたインフルエンサーのキセキだった。
しかし、撮影するなら別にスピーカーで流さなくてもいいだろ。十分聞こえるはずだ。
「あの、うるさいんで音抑えてもらってもいいですか?」
「あー、すみません。こうでないと良いのが撮れなくて」
どうでもいいわ!
「かなり迷惑ですから、抑えてください」
「だから―――あ、やばい!? スピーカーの振動でベランダが崩れちゃう」
「そんなことあるわけねぇだろ」
彼が言っていた通り、ベランダが崩れた。
「そんなことあった!?」
「ぎゃあああああ」
下を見下ろすと、救急隊員らしき人たちが大きな網を広げていた。
見事に網に落ちると、彼は無傷で助かった。しかし、彼のスマホが落ちた衝撃で高く跳ねてしまった。
これはもう駄目だ。スマホはもう助からないな。
すると、スマホに足が生えて綺麗に地面に着地し、インフルエンサーのキセキが控えのスマホを手に持って撮影をし始めた。
そして、インフルエンサーのキセキのように踊り狂った。
風の吹くままに 千才生人 @sanmojiijyou
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