第5話 影
バイト帰りの夜。信号が点滅して、街中の街灯が地面を照らしている時間帯。ここはあまり街灯がないので、スマホのライトで照らさない限り前が見えない。
俺はそんな暗くて
しかし、通り魔に遭遇したとしても空手を習っていたものですぐに撃退できるだろうし、ひったくりに遭ったとしても必要最低限のものしかなくて、財布には十円玉がほとんど。
言ってしまえば、怖いものなしだ。
暗い道で唯一頼りになるのは、車の明かりだ。たまに犬の糞を踏みそうになったことがある。明かりがなかったら危ないところだった。
車が通る。
前を向かずにずっと下を見ていた甲斐があった。またもや犬の糞を踏みそうになったのだ。しかし、視界に映ったのはそれだけではなかった。後ろの人の影を、後ろでブレイクダンスをしている人の影を確かに見たのだ。
気のせいだ。
そのまま歩くと今度は救急車が通る。足元には、まだ開封されていないバーガーが落ちていた。
どこの誰かは知らないが、非常にもったいないことをしたものだ。拾って食べようとしたが、流石に落ちているものに抵抗があった。またもや別のものも視界に映っていた。後ろの人がジャグリングをしていたのだ。
気のせいだと思いたい。
警察車が通る。
今日はやたらとこの道を車が通っている。思い当たる行事はないし、救急車が来てからの警察なので何か事件があったのだろう。
靴から嫌な感触がした。足元には犬の糞があった。踏んでしまったのだ。それよりも驚くことがあった。後ろの人が包丁のようなものを持って、俺を襲う影が地面に映っていた。
急いで後ろを振り向く。
「久しぶり、だいすけ」
「えっと」
そこには、どこかの学校の制服を来た男が立っていた。そいつの手からは、何も鋭利な物がなかった。
「小学校の時、一緒だっただろ?」
顔をじっと見つめると、思い出した。小学校の時、ずっと同じクラスでものすごく人を笑わすのが上手かったきよしだ。
「きよしか! びっくりしたよ」
「俺の影絵、どうだった?」
「包丁がすごかった」
「あれはな、こうするんだ。ちょっと照らしてくれないか?」
スマホのライトで照らすと、壁に映っていたのはまんま包丁だった。
「すげえ!! どうやって・・・」
「俺のオリジナル技だから、教えられないぜ」
見ない間にスゴ技なんて習得しよって。凄いとしか口が言えなかった。
「ところで、どうだ? 高校生活は」
「まぁ、楽しく送ってるよ」
「彼女とかはいんのか?」
「先日別れちゃってね。悪口しか言えない男は嫌いだってさ」
「お前、昔から口悪いもんな」
ぐうの音も出ない。
確かに悪かった。嫌いな人の愚痴をよく言っていた。みんなも共感してくれるから話してる途中で楽しくなっちゃって、つい過激なことを言ってしまう。
いわば口癖のようになっている。
「そうだな」
「というか、臭くないか? お前まさか漏らしたとか―――」
「そんなことは絶対ありえない。犬の糞を踏んでしまっただけだ」
そう言うときよしは、近所迷惑になるくらいの声で笑った。腹を抱えるくらい面白かったらしい。
「そんなに面白いか」
「ぎゃははははじゃじゃじゃじゃひゃひゃひゃわわわわだだだだだ!!」
「どんな笑い方だよ」
顔が赤くなり、呼吸困難を起こすくらい面白かった出来事を一瞬で忘れたかのように真顔になった。
「お前、俺のこといじめてたよな」
「あ・・・えっと・・・」
「許さねえぞ」
ピーポー、ピーポー、ピーポー。
なにやら騒がしい。
「何かがあったんだ。行こうぜ、きよし」
そう言って騒がしい場所に行くと、大量の警察と救急車が横転した車の周りにいた。
交通事故のようだ。
一人の警官が無線で報告をする。
「飲酒運転をしていた男が信号を渡ろうとした男子高生に衝突した」
続けて言う。
「男子高生は死亡した。名前は島野きよし、高校1年生だ」
隣を見ても、後ろを見ても、きよしの姿はどこにもなかった。
―――
「それで、主人公はきよしに呪われて死ぬってストーリーなんだけど、どう?」
漫画研究会で新入生のために作る漫画を描いている。そのネームを今、部長のきよしに確認してもらっている。
「うん、だめ」
そう言って、きよしはネームをビリビリに破いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます