第2話 新聞部のエース

「君は新聞部のエースなのだから、できるわよね?」


「はい!」


 私は新聞部エース、上野文。何事にも興味を持ち、誰よりもいい記事を書く女。私の記事はいつも生徒の目を奪える。職員の方々にも私の記事は好評だ。


 そんな私は今、重要な任務を与えられた。

 それは、海見高等学校の英語教師、高橋美波先生のプライベートを記事にすること。

 先生は人望が厚く、非常に人気のある先生だ。そんな先生のプライベートなんて誰もが気になるだろう。


 先生自信は、プライベートをあまり話さないので記事が完成した暁には、私の新聞以外で満足できなくなるだろう。


 記事を書く下準備のため、複数人に先生の気になるところを取材してみた。

 多かったのは『健康的な肌を保つには』『彼氏はいるのか』『普段着がみたい』の3つだった。

 これを記事にすれば・・・考えるだけで脳汁が出てしまう。


 さっそく動く。

 まず最初に先生に許可を得ることにした。


「いいぜ」


「返事はやっ! そんなあっさりで大丈夫ですか? プライベートですよ」


「新聞部のエースなんだろう? やれるもんならやってみろ」


 今までこんな派手な記事に挑戦したことがなかったせいか、少々怖気づいてしまった。しかし、チャンスを見逃さないのがこの私、新聞部のエースだ。


 金土日の2泊3日、私は先生の家に泊まらせてもらうことになった。その間に記事の材料を採掘しないといけない。


 何事も見逃さない。これをモットーに取材を始めることにした。



 ―朝―


 6時、先生宅に到着。

 二階建てのアパート、左側一番端の部屋。


 インターホンを鳴らす。出ない。

 また鳴らす。出ない。

 連打すると、やっと出てきた。


 出てきたのは、だらしない格好で慌てて出てきた高橋先生だ。


「ごめんな、起きたばかりなんだ。休日だから夜更かししちゃってね」


 スマホを確認する、6時05分起床。


「入れ」


「お邪魔します」


 アパートの中はイメージ通りだ。綺麗に整理整頓されている。そして何より、いい匂いがする。あまりくどくないラベンダーの匂いだ。


「朝ごはん食べてきたか?」


「はい」


「ならいいか」


 そう言うと、冷蔵庫から何かを取り出した。

 缶ビールだ。

 カーテンを開いて、日光を浴びる。


 ゴクゴクと缶ビールを飲む。


「ぷはー! 最高・・・。映画みよ」


 テレビをつけて、ソファに座っていた私の隣で映画を見始めた。


 ―昼―


「・・・」


 映画2本目を見終わった。

 昼食を作るのが面倒くさかったのか、卵焼きで済ませた。私も一緒に召し上がった。とても美味しかった。


 ―夜―


「・・・面白かったな、これ」


 映画6本目を見終わった。


「酒飲も・・・ぷはー! うめぇ~」


 ―――


 私は録音機とメモをテーブルに置いた。


「先生!」


「うおっ?! なんだ」


「これが先生の休日なんですか」


「おん、そうだが。期待外れだったか?」


 正直に言う。期待外れだ。

 こんな堕落した生活を見るために私はここに来たわけではない。ものすごくつまらなかった。こんなことを記事にはできない。


 まだだ。


 まだ一日残っている。



 ―朝―


 同じ。


 ―昼―


 同じ。


 ―夜―


 同じ


 ―――


「せんせええええええええええッ!! これが先生なんですか?」


「はい、そうですが」


「もういいです」


 これは失敗だ。ここは大人しく引こう。明日で最後だし。


「じゃあ風呂入るから、好きなの観てていいぜ」


「はぁ・・・」


 ここはもういっそ、先生の身体の情報を記事にすればいい。

 例えば、ほくろの数とか。どこから洗うとか。主にスケベな変態にしかウケない記事だが、目標を達成できるだろう。


 さっそく、お風呂をのぞいて―――パンツだけを履いた先生が風呂場から出てきた。


「よいしょ」


 ソファに座っていた私の隣で映画を見始めた。


「風呂入んないのか?」


 健康的な肌、健康的な身体。あんな生活をしているのにどうして、こんなに綺麗ななのだろうか。

 私は、魅惑的な身体に目を奪われてしまった。


「先生、なんで裸のまんまなんですか?」


「え・・・あ」


 先生は顔を紅潮させながら、こちらを見て「記事にするなよ」と言った。


「我慢していたが、まさかこんな感じで恥を晒すとは」


 翌日、部長に完成し記事『海見高等学校の英語教師、高橋美波先生は夜になると裸族になる』を見せた。


「流石エースだ。さっそく印刷しよう」


 先生の写真が撮れなかったため、記憶次第で絵を描いた。下手くそだが、なかなか完成度が高いと思う。二度と描けないだろう。


「ちょっと待てええええええ!」


 勢いよく扉を開けたのは、高橋先生。


「先生!?」


「おらあああああああああああ!!」


 先生は、完成した記事をビリビリに破いた。


「せんせええええええええええ!!」


 私の努力は紙と共に儚く散っていった。




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