5 蛇には気をつけろ

 ぶらーん


「そんなこと……」


 ぶらーん


「言われてもさぁ……」


 ぶらーん


「こっちもさぁ……」


 ぶらーん


「仕事なんだよねぇねぇねぇねぇ……」


 黒い布で拘束され、木に吊るされている少女がいた。

 簀巻き状態で右に左に振り子のように揺れながら、最後は自前のエコーまで利かせて話す少女がいた。

 もちろんルコである。

 吊るされたルコの正面には謎の着物の少女とひょっとこ男、それと6匹の蟻たち。いずれもあきれ気味のジト目で彼女を見ていた。


「小娘……お前、ずいぶんと余裕じゃのう」


 切れ長の細い目をさらに細めて、少女はため息をついた。

 少女の着物の右手の袖口からは黒い布が伸びていて、それがルコを拘束し、木に吊るしていた。


『コ、ココハ、危ナイ』


 ひょっとこ男はパキパキと音を鳴らしながら腕を組む。

 振り子運動をやめ、ミノムシ形態に移行したルコがそのひょっとこ男と少女に向かって勝気な目を光らせる。


「てかさ、危なくしてんのって、あんたたちだと思うわけよ」


『ソ、ソレハ違ウ……オデ、危ナクナイ』


「いやいや、それはないでしょ? いたいけな少女を木に吊るしてさ……違うって言うならさ、解放してよ」


『カ、解放シタラ、ヤ、山オリルカ?』


「うん、下山するする」


 お面越しにひょっとこ男が安堵するのがわかり、心の中でほくそ笑む。


「騙されるなよぬし殿。それは嘘つきの目じゃ」


 尼そぎおかっぱの少女は目を細めたまま断言する。

 ルコは眉間に深い皺を刻んで少女を睨んで吐き捨てるように舌打ちした。


『ナ、ナンダ……ウ、嘘カ……ワ、ワルイ娘ダ』


「そうじゃな、簀巻きのまま麓に捨てておけばよい」


 着物の少女はそう言って指を鳴らすと、ルコを吊るす黒布が途中で千切れ、簀巻きのまま落下したルコは「痛っ」と声を漏らす。


「うう、ちょっと! 痛いんですけどー、これ解けっての!!」


 ルコが不満を漏らす間に蟻たちはルコをよいしょと担ぎ上げ、ひょっとこ男と着物の少女の前に移動する。


ぬし殿が言うとおり、今、この山はお前にとって危険なんじゃよ」


(“お前にとって”危険? あたし以外は平気ってこと?)


 ルコの怪訝な顔を見て察した着物の少女が言葉を続けようと口を開こうとしたと同時に、辺りに携帯の着信音が鳴り響いた。

 全員の視線が、ルコが吊るされていた木の根元に転がるリュックに注がれる。

 ルコはとあるホラー映画のテーマソングを奏でる着信音から、相手を察し、「とおっ!」と掛け声とともに黒布の拘束を引きちぎり、呆気にとられる少女たちを尻目に「はい、はい、すんませんね~」とリュックからスマホを取り出し電話に出た。


「うい、なんすか?」


――――ようやくつながったか……そろそろ札の貼り替えは済んだころか?


 それは、電話越しでも不愛想さが伝わる中年男性の声音、佐久間探偵事務所のボス、佐久間からだった。


「いやぁ……それが悪霊? 妖怪? ……に囲まれててさぁ」


――――妖怪? フッ……そいつは大変だな。


「おい、お前、信じてねーだろ?」


――――お化けだ、幽霊だならまだしも、妖怪ときたか。まあいい、札を無くしたわけじゃないだろうな?


「ちゃんと持ってるよ!!」


 下着に挟み込んでおいた札を取り出し、それを振りながら答える。

 しわくちゃになった札を少女たちは驚きの顔で凝視していた。


「なんか、妖怪みたいな連中がさ、危ない危ないうるさくて、邪魔してくんだよー」


――――フッ……妖怪が言うなら仕方ないか。だが、その山で危ないのは、せいぜいサルかヘビくらいだ。特に危険というならヘビに噛まれないようにするくらいだな。あと、俺は妖怪だ幽霊だと言うものをはなから信じちゃいない。つまりはさっさと貼り替えろと言っている。割りの良い仕事だ、ご褒美で麓の温泉宿をとってある。下山したら連絡しろ。以上だ。


「おい、佐久間、おい……ちっ、切りやがった」


 折り返そうにも、アンテナは圏外になっていたため、ルコは腹立ちまぎれにひらひらさせていた札を上着のポケットにぐしゃっと押し込んだ。


「お前、その札をどうして持っておる? というか、なんちゅうところに仕舞とったんじゃ!! 罰当たりが!!」


 着物の少女に怒られた。

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かおるあやし 粒安堂菜津 @TsubuAndonatsu

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