4 ひょっとしてようかい?

 薮中を絶叫しながら駆け上がる少女がいる。

 もちろんルコである。


「あああぁぁぁーー、もぉぉぉーー!!」


 その速さは、彼女がまともに学校に通っていれば運動部が放っておかないもので、どのような競技のインターハイに出ても新記録が云々かんぬん。


――閑話休題


 器用に枝葉をかわしながら山の斜面を走るルコを6匹の蟻が追う。

 『お姉ちゃん、待って』、『危ないよお姉ちゃん』と言いながら跳躍し掴みかかってくる姿はホラー以外の何物でもなかった。


「うひぃ、マジで勘弁して」


 涙目になりながらもそれらを華麗にかわしていたルコは、藪を抜け拓けたところに転がり込むように飛び込んだ。

 抜け出した先は斜面が続く中、スポットのように、平らで木々も少なく休憩にはうってつけの場所だったが、今はじりじりと距離を詰める蟻たちによって、そのような雰囲気は微塵も感じない緊張感漂う現場になっていた。


『お姉ちゃん』、『お姉ちゃん』、『大人しくして、お姉ちゃん』


 緑色のジェルを滴らせながら、可愛らしい幼児の声を発して、触覚を動かしながら牙をガチンガチンと打ち鳴らす。


「ウソでしょ……もうゲロ吐きそう」


 そのうちの1匹がルコに覆い被さるように跳躍するが、素早い回し蹴りで弾き飛ばす。


『痛いよう』


 蹴り飛ばされた蟻は頭を振り、声を発しながら立ち上がった。


『ひどい』、『らんぼうだ』、『こわいね』


 蟻たちは騒ぎながら包囲してくる。

 ルコは、覚悟を決め、幽霊を絶対にぶっ飛ばすU・Z・B光をその身体にまとわせる。

 ちなみにどうやって「U・Z・B」を身体にまとわせるかはルコにもわからない。

 「すごい気合S・G・K」があれば何とかなる。

 S・G・KでU・Z・Bをまとったルコはガルルと周りを威嚇した。


 蟻たちはルコの気迫に押されたのか、それ以上に包囲を狭めることはしなかったが、隙あらば飛び掛からんとしているのは見て取れた。

 双方のじりじりとした攻防は続き、ルコが一歩前に出ると前方の蟻は下がるが、後方の蟻が詰めて来る。後方の蟻を対処しようとすれば、前方が詰めるといった具合だ。

 既に恐いとキモいの壁を越えつつあったルコは、いい加減めんどくさくなってきて、とりあえず手当たり次第にぶっ飛ばすことにした。


「と、いうわけで先ずは手前ぇからっ!!」


 前方の蟻たちにフェイントを入れ、即座に振り返り、後方の手近な蟻に拳をふるった。


『うわっ! 卑怯っ』


「卑怯なわけ、あるかぁ!!」


 驚いて後方に跳躍した蟻へ一歩踏み込み、その腹部へ高速のアッパーを叩きこむ。

 U・Z・Bをまとった全力高速アッパーだ、確実に先ずは1匹仕留めた、そう確信したルコの拳は不思議な手応えを感じた。


 ふわりと布に包まれたような……腹立ちまぎれに枕を殴ったときのような手応え。


 ルコと蟻の間に「黒い布」のような物が差し込まれていた。

 ルコは蟻ではなく、その布に拳を叩きこんでいた。


(いつの間にっ!?)


 素早く飛び退すさり、かつ華麗なターンで蟻たちの包囲を抜けながら黒い布の出所を探る。

 長く伸びた布の先は、藪の方へと続いていた。ルコが逃げてきた藪とは逆の。

 そこには、いつからいたのか黒い着物の少女がジッとルコを見ていた。

 長く伸びた黒い布がその少女の袖口にシュルシュルと音を立てて消えてゆく。

 可愛らしいというよりは美しいと感じさせる白い肌で尼そぎおかっぱの少女は、年のころは10歳前後だろうか。

 少女は切れ長で、細い目をさらに細めて口を開いた。


「あまりこの子たちに可哀想なことはしないでくれるかい?」


 どこか高貴なお姫様のような声音の少女は、ゆっくりと歩きながら近づいてくる。その後ろに蟻たちが控える。

 ルコは怪訝な顔をして少女と蟻を見て、


「え? なんで子供ガキがこんな山ん中にいんの? 危ないから帰んな」


「いや、この流れでその答えはおかしいじゃろ、お前!!」


 少女の切れ長で細い目が大きく見開かれた姿は美しいというよりは可愛らしかった。

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