第16話 ドキドキ! 昔馴染みと初めまして

 出会いは爆発的な衝動だった。

 

 死を待つばかりだった自殺志願者、モモモ生命体。身体の色は無色に近く、姿はスライムのように流動的だ。だが今にも崩壊してしまいそう。


 つまり、状態にあるということ。タコワサがそうであったように——。


 僕は彼女を目撃した。脳内のイマジナリーが湧き立ち、透き通るモモモに変身を促した。


 メタモルフォーゼ。急速に人型へ——。


 背丈は僕より高く、四肢はしなやか。

 凹凸の少ないスレンダーな身体の露出は少なく、ローブを纏っている。


 相貌は絵画にも描き表せない垂涎の可憐さを引き連れ、だが容易く他者に愛嬌を振りまかない。


 特徴的なキツい眼差しに僕は釘付けになった。


 うなじほどしかない短めの髪は白銀に透けていて。だがすぐにカッと赤く染まった。


「グググ」


 声帯を獲得し、声を発っすることができるようになったとはいえ、言語を解している訳でない。

 だからこそ、うめきに混じる怒気が本物だと伺える。


 彼女は怒っている、僕を射殺さんばかりに。なぜか——。


「き、君は!?」


 僕に、と同じ姿にされてしまったからだ。


 幼少の頃から憧れていた、寸分違わず彼女は僕の恋だった。


『強く想い続けていれば、何かいいことがあるかもしれない』


 タコワサの言葉が脳裏に反響する。

 すごい、すごいや。


「こんな素敵があっていいのかい!?」


【これほどの怒りがあろうものか!】


 彼女の意思が脳へ直に伝わってくる。

 怒髪天を衝く。仰ぎ見るほどの。惑星クラスの。


「ぐるる」

【今の一瞬で、貴様のたった一度の一瞥で!! 私の数百万年が無にきした!!】


 モモモ生命体が自殺するためには、他者との関係の一切を断ち切り、モモモが無色透明になるのを待つしかない。


 だと言うのに彼女のモモモは、僕の想像力のせいで真紅に濃く染め上げられてしまったのだ。


 死にたいなんて思ったことがないから、その気持ちを汲んでやることはできない。

 だが、死に目にズケズケと踏み入り、首根っこを掴んで棺桶から引きずりだす蛮行を思えば、怒り様にも頷ける。


「ご、ごめん」

「ガァァア」

【謝って済む問題か!!】


 たしかに。

 とはいえ出逢ってしまったものはしょうがない。


 もう彼女から、かた時も目が離せないでいる。

 なにせ外見が、あまりにも僕のタイプだったから。


 ひとりぼっちだった僕にずっと寄り添ってくれていた君は、理想の体現者なんだ。


 なんで今なんだよ。なんでタコワサをなくして、傷心していた今、やってくるんだ。


 うれしくて。やるせなくて。心が壊れそうだ。


「えーん」

【あぁ悲劇だ。ようやく終わりにできると思っていたのに】


 赤みがかった髪はみるみる色褪せ深い青にかわった。

 理解する。彼女の髪はモモモ色なのだ。感情に応じて色彩が変色する。今は悲しみを表す群青だ。


「えーん」

【無責任に機会を台無しにされた】


 下手くそな泣き面だ。涙が落ちる。惑星クジラの重力では、地面に弾けるまでが遅い。


「えーん」

【私はただ、死なせて欲しかっただけなのに】


「生きていたいって言いながら死んでしまう奴もいるんだ。そんなこと、気安くいうなよ」


 なんて、ありきたりなことを言ってしまう。

 彼女のことなど何一つわかっていないくせに。

 身勝手な義憤だ。けれどタコワサを思えば言わざるを得なかった。


「うぐ」

【気安い? この感情が?】


 そんなだから、地雷を踏む。

 髪はみるみる黒く濁った。


 闇夜に同化するその色は——、殺意だ。


「うぐ」

【数百万年の孤独も。数千万年続くであろう退屈も。貴様にとっては『気安い』ものか?】


 この状況で悪いやつは僕だ。

 一方的に彼女の願いを踏み躙り、愚弄した。


 手前勝手な思惑で接触し、『素敵』とさえ形容した。今だって胸の高鳴りを抑えきれない。


「ギャァ!!」

【ならば受けてみろ。私が抱いてきた、幾星霜のを】


 周囲に浮かぶモモモが激しく震える。

 内包された莫大なエネルギーが一点に集中していく。


 その熱量はに迫った——。


「まずい!!」


 咄嗟に避ける。

 発射された光線、直撃を免れたとしても余波で簡単に焼き切れる。すぐさま防護壁を想像し、どうにか窮地を掻い潜った。


「キキ」

【貴様、今避けたな?】


 ゾクリ。身の毛がよだつ。

 彼女の眼光が、怒りのソレから獲物を狩る強者のまなじりに変わったからだ。


【クジラ星人ならあの程度の光線など避けるまでもない。なにせ事実上の不死だからな】


 肉体が損失したとしても、ここは彼らのテリトリー、すぐさま色付きモモモで回復できる。


【つまり貴様はクジラ星人でない。今の攻撃を受けた程度で、脆弱な種族だ】


 人間は殺せる。


「キキ」

【よかったじゃないか、命の使い道ができて。では、私の溜飲を下げるとしよう】


 戦闘が始まる。

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さらわれたモモモ 海の字 @Umino777

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