Episode6.冬城燈華は止まらない『その弐』イジワルな再会

※この話しから冒頭に誰の視点かを入れていきます。

※冬城燈華の視点で話しが進みます。


 死を覚悟していた燈華の目の前まで迫った自動人形オートマタ跡形あとかたも無く消し去る三本の光。

 急に変わる周りの風景。

 そしてそれを成したであろう男性が目の前に降って来た。

 燈華は自分を助けた男性をまじまじと見つめる。


「まだまだ甘いな。甘いけど、及第点かな」

「確かに甘いムシャ」


 男性は燈華に対してと思われる評価を口にした。そのふてぶてしい態度に燈華は我にかえった。

 そして、男性の肩に乗っている玩具ガラクタがどうにも苛立たしい。


「いきなり失礼な人ね。あなたは誰なの?」


 貫かれた肩の痛みに耐えながら上半身を起こす。

 男性は燈華の言葉に少し驚いたのか、唖然とした表情をした。その後に苦笑すると目の前にしゃがみ込んだ。


「女の子が地べたにいつまで座っているつもりだ?」


 男性は燈華の貫かれた肩に遠慮するそぶりもなく触れてくる。

 傷口に触れられ、激痛と目の前の男の行為に理解できず、睨みつける。

 男は顔を燈華に向けることなく、傷口だけを見ている。


「すぐに治してやるからじっとして居ろよ。

 いやしの風よ、痛みと傷を忘却に」


 男性の唱えた呪文により燈華の負った傷は治癒なおされた。

 おそらく癒しの魔術の一種だろう。

 残ると思っていた肩の酷い傷跡すら消え、先程までのがたい痛みも消えた。

 まるで、時間でも巻き戻したかのような。そうでなければ説明がつかないほどに、魔術というにはバカバカしいほどに、奇跡というのはこういうことを指すのだろうと燈華は思った。


 たった二小節の言葉だけで、これだけの重傷を簡単になおした男の人の実力に驚く。

 傷をいやしてくれた男は立ち上がると手を差し伸べてきた。

 燈華は少し躊躇ちゅうちょしたが、その手を掴んで立ち上がった。


 立ち上がった後もその手を離さずそのまま睨み続けた。

 何者か分からないが、“決して逃がさない”という強い思いと共に握る手に力が入る。


「いい加減離してあげれば燈華トウカ。それに逃げたりしないわよ。ね、―――さん」


 つむぎが手を離すように言うので、燈華は手を離した。

 最後に男性の名前を口にしたと思うが、上手く聞き取れなかった。

 男性は少し燈華と距離を取ると紡を見つめ、笑いだした。


「まさかと思ったけど、やはりつむぎか。会うのは二年振りか? 

 こんな所で会うとは思ってなかった」

『よう、ツムギン。元気だったムシャ?』

「元気よ、チビ。まだ壊れてなかったのね」


 紡と男性、そして一体のおもちゃが会話を始めてから五分くらいが経つ。

 どうやら二人は知り合いのようだ。

 燈華は一人蚊帳かやの外で不満を懐いたが、珍しく饒舌じょうぜつな紡の姿にしばらく黙っていることにした。

 聞えてくる二人の話しは、軽い挨拶から魔法に関しての話しに変わっていき、燈華は話しの内容が理解できず、つまらないけれど二人と一体をただ見つめることしかできなかった。


「ごめんなさい燈華。あなたを無視していたわけではないのよ。

 そんな『つまらない』って顔をしないの。いずれあなたにも理解できる時がくるわ」


 燈華の視線に気付き、紡は男性との話しを切り上げた。

 燈華の表情がそれはそれは面白いらしく紡は笑っている。


「そろそろいいか。初めまして……は、おかしいな。久しぶり、燈華とうか

「何を言っているの。私はあなたとは初対面よ」


 れしく話しかけてくるこの男の存在が燈華の記憶にはない。

 どこか懐かしいような気もするが、魔術師の知り合いは生憎あいにくといない。

 宇深之輪の周辺ここらへんでは割と名前を知られている身としては、一方的に燈華のことを知っているなんて人は数えきれないくらいにいる。

 大方、この男性も祖父母の名前を一方的に知っているという口だろう。

 あの二人は裏の世界でも有名らしい。


「トウカン、主のこと覚えていないみたいムシャ」

「チビ、お前は少し静かにしていろ。これは命令だ。

 燈華、こうして顔を合わせるのは二度目だ《かみしろりゅうや》よ。まあ、覚えていないならそれでいい。

 では、仕切り直して。

 初めまして、魔術師見習いのお嬢さん。オレの名は神代流哉。

 魔術師にとっての畏怖の対象。“魔法使い”です。以後、お見知りおきを」

「そしてムシャが主の守護者ムシャ」


 男性の名乗りはふざけていて、だけどその声がどこか懐かしくて。

 そしてこの鎧武者の憎たらしいけど、どこか憎めない感じも懐かしくて。

 燈華は記憶を遡り始める。


神代かみしろ流哉りゅうや

 流哉、流哉……あ、思い出した。

 十年くらい前に御爺様と御婆様に会いに着たわよね?

 その時に一ヶ月ほど遊んで貰った記憶があるわ」


 確かに会っていた。

 まだ小学校にすら上がっていない幼い頃に。

 流哉りゅうやの祖母と自分の祖父母が話している間、ずっと遊んでくれた少し年上の男の人。

 幼い頃の特別な思い出。

 ただ、その懐かしい記憶の中と今に小さな齟齬そごを感じる。


「でも、それはおかしいじゃないの。

 神代家って言えば最強とうたわれた『月の魔法』の一族だったはず。

 今さっきの光の槍が『月の魔法』じゃない事ぐらい私にだってわかるわ」


 燈華は『偽者では?』と距離を取り、警戒を更に強め、腕に魔力を帯び、魔法陣を即座に展開する。

 流哉は再び苦笑しているが、燈華が警戒を緩めることはない。


「いくら偽者でも神秘に関る者として、神代流哉カミシロリュウヤの名前を語ることは絶対にないわよ、燈華」


 紡が見かねて、溜息混じりに助け舟を出す。

 燈華は展開しきった魔法陣を叩き壊して破棄する。


「紡がそう言うなら信じるわ。

 でも、ちゃんと説明はしてもらわなきゃ、本人の口から。

 私が知っているリュウちゃんは、『月の魔法』の修得に必死だったんだから」


 幼い頃を思い出したからなのか、燈華は昔の呼び方で呼んでしまった。

 紡が助け舟を出すほどの人で、昔の記憶と少し異なる点はあるものの、概ね思い出にある人だろうと言える。


 それでも完全に気を許すことはできない。

 流哉が敵なのか、味方なのか、はたまたそのどちらでもないのか。

 それが分かるまでは気を抜くことはできない。


「ずいぶんと古い事を覚えているな、名前を言うまで思い出せなかったくせに。

 結論から言うと、祖母さんの『月の魔法』という称号を、オレでは受け継ぐ事が出来なかったって話しだ。

 祖母さんの、神代の魔法じゃなく、『世界を造る』って事がオレの中にある幻想だった。

 ただそれだけの話しだよ。

 さっき見せたのは『世界を造る魔法』。

 故に『世界を造る魔法使い』になった。

 本当にそれだけの話しなんだよ。

 それから、昔の呼び方で呼ぶのを止めなさい」


 流哉から聞く話しは驚くことばかりだ。

 それだけと本人は言うが、新しい魔法に目覚めるというのはそうあることじゃない。

 魔法の多くは代々受け継がれるモノだと祖父母から聞いているし、紡からもそう教わった。


 近年、魔法は消えていくモノとなり、現に徐々に消えているというのが燈華たちの常識だ。

 新しい魔法というのはそれだけで驚きに値するべきモノなのだ。


「なんだか納得いかない」


 それでも。

 あれだけ祖母の魔法を受け継ぐと言っていた昔の流哉の姿を思い出すと、納得はできない。

 それを、何でもなかったかのように言う姿を認めたくなかった。


 新しい魔法に目覚めた偉業は感心することだし、燈華では想像できないほどに厳しく、難しいことだったはずだ。だけど、受け継げなかったなんて言葉は聞きたくなかった。

 夢を諦めないで欲しかった。

 だから、納得はしない。


「主が『リュウちゃん』なんて呼ばれるの、何年振りムシャ?

 だけど、ムシャの事は思い出してくれなかったみたいムシャ」


 流哉は肩で落ち込む小さな武者人形の頭をこづいている。

 燈華は不満の意思をこめて見つめていると、流哉と目が合う。

 暫く交わしたままの視線。

 根負けしたのか、流哉は『仕方ないな』の一言と共に手に魔力を集め、月が描かれた魔法陣を展開する。

 空に腕をかかげ、一発だけ魔力の塊を放ち、それが上空で弾ける。

 空中で弾けた魔力は霧散し、月夜に溶ける。

 月は魔力に呼応すると、一際強い月光を流哉に向けて注いだ。


「最強と謳われた神代の『月の魔法』。それのほんの入り口、月の魔力を増幅させる『月光』。

 月の魔法を使うのに『月光コレ』を扱えるのは最低限の条件だ。

 連盟からの称号を受け継げなかっただけであって、魔法そのものを使えないとは一言も言っていない。

 祖母の魔法を『月の魔法使い』とともに称号は受け継げなかったが、月の魔法そのものは継いでいる。

 これでもまだ納得できないか?」

「魔法を使って見せといて信じるなって方が無理よ。

 じゃあ、本当にリュウちゃんなのね」

「だから、幼い時のあだ名で呼ぶのを止めなさい」

「主、諦めるムシャ。魔法を二回も使うなんて主も甘いムシャ」


 あえて昔のあだ名で呼びかけ、流也に近寄る。

 流哉は照れてなのか顔を背けたが、燈華はその行動を見て、距離をさらに詰める。

 こんなに面白いものはない。

 恥ずかしがるあこがれの人の顔は燈華にとってそういうものだから。


「いい加減にしろ。そろそろ本題に入りたいがいいか?」

「そういえば何をしにきたの」


 数年ぶりに懐かしい人に再会した事で忘れていたが、燈華はまだ流哉が何故ここに居るのかを聞いていないのを思い出した。

 流哉が口を開くのを待つ。


「お前が魔法を得るに相応しいかを見てやってくれって冬城翁とうじょうのおきなに頼まれたんだよ」

「御爺様が……で、どうなの? 

 神代流哉、いや世界を司る魔法使い。

 私は魔法を得るに相応しいと判断して頂けたかしら?」


 流哉の真剣な表情に燈華も態度を直し、真剣に向き合う。

 紫電おじいさま雪乃おばあさまの二人が期待しているというのなら、それに応える。


 冬城燈華はこんな所で立ち止まる訳には行かない。


「結論から言うと半人前。良くて魔法を修得できる一歩手前ってところだな」

「言ってくれるわね。でも、可能性がないわけじゃないってことね」


 流哉が苦笑して『可能性は、な』とだけ告げ、二人に背を向け立ち去ろうとする。

 肩で騒がしくしていた玩具は小箱へと姿を戻し、流也の懐へと入り込む。


「待ってよ。まだ聞きたいことが」


 立ち去ろうとする流哉を呼び止めるべく燈華は腕を伸ばすが、その手は届くことなく空を切る。

 流也は、振り返り、燈華の呼びかけはさえぎられる。


「既に依頼の内容は完結し、冬城翁への義理はたてた。

 これ以上のことを知りたいのなら、燈華、お前が自分の力でオレを探し出してみろ。

 半人前だから誰かの手を借りてもいい。

 なんだったらそこにいる紡の手を借りたっていい。魔法使いの手を借りるのは卑怯だなんて野暮なことをオレは言わない。

 絶対の自信と共にお前の挑戦を受けよう。

 最後に、そこの自動人形の山の始末くらいはしといてやるよ」


 流哉の瞳に強大な魔力が集まり、彼の瞳は蒼く染まる。

 瞳に集いし魔力が、瞳の中で魔法陣となり展開する。

 流哉が視線を向けた瞬間、自動人形は蒼い炎を上げ、塵一つ残さず消え去った。


「何もかも焼き尽くす『煉獄の蒼炎』。流哉さん、私も聞きたいことがある」


 紡が手にした本を静かに開く。

 燈華は紡に視線を向ける、一瞬だけ視線を交わしてすぐさま逸らし、正面の流也を視界にしっかりと捉える。

 次に行動をした時に仕掛ける。

 二人の意思は一瞬で固まる。

 何がなんでも、ここで逃がすわけには行かない。

 

 しかし、思惑通りに事は進まない。

 問い掛けに答えず、行動を起こすことなく流哉の姿は星の結界に飲まれる。

 阻むべく燈華が行動する前に、『じゃあな』と声を残し、彼が作り出した『星の世界』は消え、いつもの景色に戻った。

 廃病院跡地に神代流也の姿はない。


「ねえ、紡。念の為貴女に聞きたいことがあるんだけど」

「何?」

「彼を、流ちゃんを追跡出来ていたりしない?」

「残念ながら無理よ。彼の結界は魔法、魔術じゃないわ。

 彼の結界は結界であって結界でない、彼の魔法は世界を造る魔法なの。

 彼の創り出した世界の中じゃ魔術はおろか、魔法ですら自由に使わせて貰えないの。

 故に神秘に関る者にとって、彼は死の象徴とされているわ。

 私が出していた本も護りに特化したモノだって直ぐにバレてしまったし―――」


 自分の知らない彼を知り、『そう』とだけ呟いて燈華は考え込む。

 紡の話しも最後の呟きまでは聞いてない。

 手にした本を握り締めている紡を見て気持ちはきっと同じだろうと思う。


「「必ず、必ず捕まえてみせる」」


 二人しか居ない廃病院跡の上空には星の輝きのみで、流哉が嘲笑っているようにしか見えず、絶対捕まえてやると心に誓った。

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魔法使いの世界~平穏を返して欲しい最強の魔法使いと魔法使いを目指す少女の日常~『最強の魔法使いのもとには面倒事が舞い込む』 三上堂司 @mikamido

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