Episode5.神代流哉は魔法を晒す

 大学構内で英語を担当する外国人の教授に立ち話という名の足止めをくらい、流哉は走って自らが指定した場所である廃病院跡地に向かっていた。


 大学構内において海外で生活していたと公言している日本人は流也だけであり、その暮らしていた国がたまたま母国であったという繋がりなのか、英語を担当する教授はなにかと話しかけてくる。

 今のロンドンという街のことを知りたいのだろうというのは教授の様子から察することができるが、残念なことに流哉が街中に出かけたことは数える程度だった。

 ベイカーストリートには行ったかとか、ウィンブルドンでテニスを見たのかという話しに対し全てノーと返さねばならないのはなかなかに辛いものがある。

 唯一、ウェストミンスター宮殿の北端にある時計台ビッグ・ベンと地下鉄に関してだけはノーと言わずに済んだが、そろそろ観光をしていなかったと気づいてほしいものだ。


 急いでいる時に限って、不運というものは重なるようだ。

一つ一つは些細な筈が、時間だけは等しく浪費してくれる。

 気がつけば日は落ち、月が昇りきってしまった。

 こんな運命を巡らせた神様とやらを呪いたい気分にもなる。


 急いだ……が、現実というのは無情なものだ。

 到着は当然遅くなり、既に指定した場所には二人の少女の姿が見える。


「このまま入るのはバツが悪いし、格好がつかないな。呼び出しておいて遅れるとか、何を言われることか。

 ここは様子見に徹してタイミングを計るのがベストだな」


 階段を上がる様に空へ駆け上がる。

 大気に自身の魔力を溶かすことで干渉できるようにし、ブロックのように固め、一歩一歩の足場とする。


 最低限、神秘に関わっている者という前提ではあるが、何も事情を知らない人ならば、

『魔法使いであるならば、空を飛べるのだから、そんな回りくどい事をしなくてもいいのでは?』

 と、思うかも知れない。

 しかし、人という生き物は飛行機やパラグライダーといった道具も使わずに空を飛べるのだろうか。

 答えは否定。

 人の身である以上、鳥のように自由に大空を飛ぶなんて事は魔法使いでも出来ない。

 空を自由に飛ぶ事がその魔法使いの魔法でないならば、そんなことは出来ない。

 絵本に登場する魔女のように、箒にまたがって飛ぶなんてことも出来ない。

 結論、空を飛ぶ魔法使いでない流哉は空を自由に飛べない。


 一定の高さに達すると、流哉は空中に腰掛ける。

 光の反射を利用し、姿を隠すのは忘れずに。

 飛行機もこんな地上スレスレを飛ぶなんて馬鹿な事はしない。


「一人で来るなんて無謀な事をするバカではないと思っていたが、まさか連れにつむぎを選ぶとは……あいつにかかれば直ぐに見つかってしまうし、余計に出て行き難くなった」


 どうしたものかと考えていると、コートの内側で何かが動きだす。

 内側でガタガタとうるさく動く小箱を取り出す。

 手のひらの上で小箱が展開し、人型へと変わる。

 変形が完了するとそこには小さな鎧武者の玩具オモチャが現れた。


「なんだ、付いてきていたのか?」

「当たり前ムシャ。流哉りゅうやはムシャがいないとすぐ暴走するムシャ」

「まったく。現金な奴だよ、チビは」

「ムシャをチビと呼ぶなムシャ」


 小さな鎧武者の玩具は、亡き祖母の月夜が流也に残した形見の一つだ。

 自身の事を『ムシャ』と呼び、語尾にも『ムシャ』をつける。本来の役目は主の身を守る為の守護者ゴーレムなのだが、流哉は使い魔として契約し、ペットと同じ扱いをしている。

 本体は絡繰り人形なのだが、構成する部品のほとんどが長い年月を経過し力を持ったモノを使用している。

 部品の中には国宝に値するモノすらある。

 本来はこのようなモノには使わず、このような使い方をしたと本職の錬金術師が聞いたら卒倒すること間違いなしの逸品いっぴん

 月夜祖母が友人の力を借り、流哉の為に作り出したと、その友人から聞いた。

 使用された部品の力により、この鎧武者の玩具魔導器は『至高クラウン模造品アンティーク』と呼ばれるランク、およそ人の手によって作り出されるモノの最上位に位置する。

 祖母から贈られた大切な宝物の一つ。


 チビ武者を構っているうちに紡が人払いの結界を張りだしていた。

 結界の上に飛び降り、無造作に踏みつけ、二人を見下ろす。

 結界は歪まず、効果を発揮することはない。ただそのままであった。


「人払いとしては上々の出来だ。ほんの少しだけ、オレも手助けしてやろう」


 結界の上から少しずつ結界全体を包むように練り上げた魔力を流す。

 あとは己の魔法を発動するだけだ。


 魔法とはその魔法を使う者の中に存在する幻想そのもので、自身の魔力を用いて形を与え、その幻想を現実にする。


 世界を侵食する魔法を解き放つ。


「――理よ、我が声を聞け――」

「――異なる時間、場所、空間を結ぶ――」

「――導くは月が照らし、星が瞬く――」

「――全ての理から外れし世界、『星が瞬く月夜の流星』――」


 結界を包んでいた魔力は形を成す。

 囲まれた中と世界の境界線はより正確に、より曖昧なものへと変貌する。

 魔力はこの世界に解け、視認する範囲全てを『星の世界』が覆う。


「あいつらに何かあったらオレが困るからな」

「そうムシャね。何かあったら困るのは主ムシャ。でも魔法まで使う必要はあったムシャ?」

「念には念を入れただけだよ」


 チビに説明すると同時に結界内に侵入者、自動人形オートマタの軍勢が現れた。


「紡の結界に反応して姿を現したってとこか。

 配置された人形たちは、魔力に反応し時差で奇襲を仕掛けるよう命令式が組まれているみたいだな。

 オレ達が操るのとは違い、それだけに特化した神秘の担い手。人形師の仕業か。

 あれだけのオートマタの群れを操るとは……人形に仮初めの命を吹き込み自身の手足とすることに長けている人形師だとしても完成の域に達しようとしているな。

 やろうと思えば死体すら操れるだろうに、何故あんな玩具を使っているんだ?」


 自身とは異なる神秘の担い手を流也は称賛する。

 魔法使いでなくとも、自身より優れた担い手は称賛するし、その力を認める。

 傍若無人ぼうじゃくぶじんと言われることも多々あるが、他者を評価しないということはない。

 それ故に人形師の行動が気になる。

 考え事をしている隙に侵入者による死の大群が目下に広がっていた。

 流也は何もせず、行動を起こさず、ただ俯瞰ふかんする。


「あれは……経験の浅いお嬢様には荷が重いか?

 それにしても、いつ、誰が、何の目的で人形を仕掛けた。

 オレがこの場所を確かめた一月ひとつき前は何も無かったはずだが」

「主の心配は杞憂きゆうに終わるみたいムシャ。トウカンは強くなったムシャ」


 流哉の心配は鎧武者の言う通り、徒労に終わる。

 考え事をしている間に燈華とうかの魔弾の雨が自動人形を殲滅したからだ。

 チビ武者の言うとおり、燈華は二ヶ月前より更に成長していた。

 しかし、時に事は上手く運ばず思惑が外れることもある。

 今回は燈華の魔力残量が残りわずかで、燈華自身が自動人形を完全に破壊できていない事、そして考え事をしていて流哉の反応が少し遅れた事。


 僅かの時間に人形の内部に隠されていた人形のパーツが放出され、三体の新たな人形を作り、瓦解した人形のパーツを燈華へと投げつける。


 燈華に自動人形の破片が突き刺さる。

 徒労に終わるはずの心配は現実になってしまった。


「手助けは結界の補強程度に済ます予定だったが仕方ない。

 紡にはバレてるみたいだし、オレの不注意が招いたミスだ。

 魔法を無様に晒すのは、己の失敗への戒めだ」

「主は時に油断する悪癖が治っていないみたいムシャ。

 月夜つくよの残した言葉、『強者であるが故に油断してはいけない』を忘れたムシャ?

 それからツムギンは結構前から主のこと気付いていたみたいムシャ」

「祖母さんの遺言で小言をもらうのは胸が痛むよ」


 下から見上げるつむぎの視線は間違いなく流哉を捉えている。

 燈華には自動人形が迫り、燈華自身、死を受け入れ始めていた。


「おいおい、こんなところで諦めるのか?」


 宙を薙ぎ、三つの魔法陣を結界内の空に生成する。

 瞬時に魔法陣は魔力が満ち、命令を飛ばす。


「流れろ、『流星シューティングスター』」


 命令を受けた魔法陣は変化し、輝く光を放射する。

 光りは尾を引きながら自動人形を突き刺し人形を消し去る。

 突き刺さると同時に流哉は結界に沈み、二人の前に姿を現した。

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