そしてふたたびの祭り《戊》
祭りにもらった金魚はどんどん大きくなり、浴槽はおろか、庭に作った池からもはみ出すようになった。いつの間にか頭上に空いた穴から噴水のように水を吹きだすようになったので、病気になったのではないかと思い、獣医を呼ぶことにした。
「これは金魚ではなくて、クジラです」
クジラだったらしい。祭りがクジラすくいをやっていたとは知らなかった。よくもまぁ淡水の中で育ったものである。
クジラならば、しかるべき場所に戻してやらねばなるまい。私は友人と共に金魚改めクジラをトラックに積み込み、北へと向かった。旅立つ私を、掌犬とハエトリグモが見送ってくれた。
艱難辛苦の末、私たちはようやく氷の海へとたどり着いた。沖の方では野生のクジラがその巨体を躍らせ、潮を噴き上げている。
「ここがお前のほんとうの家だよ」
私はトラックからクジラを降ろし、海へと移してやった。クジラは最初こそ戸惑いを見せたものの、すぐに水を得た魚のように泳ぎ出し、ぐいぐい沖へと遠ざかっていった。私と友人はクジラに手を振り、別れを惜しんだ。
「じゃあ、帰ろうか」
二人でトラックに乗り込み、海辺を後にした。海を横目に走っていると、しゅうしゅうという不思議な音が聞こえた。
「クジラたちが潮を吹いているんだ」
友人が言った。音は重なりあい、和音を奏で始め、自然の音楽となって辺りを覆った。それはトラックの窓から海が見えなくなるまで続いた。
ようやく街に戻ってくると、耳鳴りが始まった。頭を抱える私に、友人が言った。
「祭りが足りてないね」
その通りだ。あのクジラがいなくなってしまったのだから。
友人は近隣の祭りの予定を探し、カーナビに住所を打ち込む。トラックはどんぐり公園を目指して走り始めた。
かの街暮らし《甲乙丙丁戊》 尾八原ジュージ @zi-yon
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