翔ぶ鳥たちの番外編             〜もうひとつの物語〜

北前 憂

飛べない鳥も鳥のうち🐧


      

           1


バイクが好きだ。

シートに跨り、アクセルをひねる。

2つのタイヤが大地を翔ける瞬間(とき)、私は風になる。

 

今日は砂浜に父のバイクでやってきた。

私はバイクを持ってない。

貸してって何度頼んでも「お前は絶対キズつけるからダメ」とケチ臭いこと言う。だから勝手に乗ってきた。キーを差したまま出掛けてったのを私は見逃さなかった。

ちょっと借りるだけだ。ガソリンも使った分をきっちり入れとこう。

こういう時、私は抜け目がない。


翔子はしてやったり顔で乗ってきたバイクを振り返った。


 倒れてる…。


「ええーっ!?」

立てていたスタンドが少しずつ砂に埋まって限界を超えたようだ。

 なんてこった…。音もしなかった。

翔子は慌ててバイクに駆け寄ってそっと起こす。砂に足が埋もれて踏ん張りが効かなくて相当苦労したが、何とか立ち直らせた。


改めてバイクを確かめる。

砂浜だったのが救いだった。幸い大きな損傷は無い。多少の擦過痕はあるけどこの程度ならいつ付いたものか分からないだろう。

彼女はふぅっと汗を拭いて停める場所を変えた。

砂浜が傾斜になってたのが良くなかった。ここなら大丈夫、としっかりスタンドを立ててから元の場所に戻って続きからやり直す。


え~っとなんだったっけ、そうそう。

こうしてひとり潮風に吹かれていると、この小さな砂浜が自分だけの特別な場所の様に感じる。


翔子はその特別な時間を満喫していた。

そこへ。

「わぁ~い!」

威勢のいい声とともにどっかのガキども…いや、少年達がスイカと棒を手に砂浜に降りてきた。

そして開口一番「わっバイクだ」「すっげー」と翔子の…もとい、父の大事なバイクに興味を示す。

 んー、嫌な予感しかしない。

翔子は少年達をシッシッと追っ払った。

そしてもう帰ろうとヘルメットを付ける。

少年達は「ちぇ~っ」とつまらなそうに波打ち際の方へ下って行った。

 良かった。災難を回避出来た。少年たちよ、 

 君たちも自分のバイクが買えるようになっ 

 たら好きになさい。(お前が言うな)


翔子はバイクに跨り何となく彼らを眺めていた。どうやらスイカ割りをやるようだ。

ふふっ、無邪気だな。と少し懐かしい思いで彼らを見つめる。

砂浜にスイカを置いて、棒を持った子が2回、3回と回る。そうして周りの掛け声でスイカに向かって歩き始める…って、オイオイちょっと待って。目隠しはよ?

翔子はさすがに黙ってられず彼らに忠告をしに行った。

「ちょ、ちょっとキミたち。目隠しは?」

「え~っだってそんな事したらスイカ見えないじゃん」

うんうんだからそれがスイカ割りの醍醐味じゃないのと説明するがどうにも理解を得られない。

ダメだ。多様化する世の中は遂にそこまで行ったのか。もしかすると地域性?この辺りではそういうやり方なのか?それともこの子達がアホなの?


翔子はこれ以上ここにいても仕方がないと、自分の(父のだよ)バイクに戻った。

後ろで少年達が喜々としてスイカを割る音がする。しかも連続で、何度も。

君らそれちゃんと食えよなと思いながら翔子は砂浜をあとにした。




           2

 

「……ってな事があったのさ」

翔子は弥生たちに向かって言った。

今日は久しぶりに五人衆全員が揃っている。

翔子の言葉を聞いて、弥生たちはキョトンとしていた。

「ん?どうした?」

翔子は不思議そうに尋ねた。

「いや、『……って事があったのさ』って言われても、うちら今登場したばっかりだから一体何のことやら…」

困惑する彼女たちに、翔子は溜息をつく。

 はぁ…、マジか。そんな風に展開するのか。

翔子はこのシナリオの行く先に不安を覚えた。

「いやあのね、この場でさっきのくだりを全部話すと読んでる人は『えっ?なになにどうなってるの?さっきの1と同じ文面なんだけど。ミスプリ?コピー貼り付け間違えた?』ってなるでしょうよ。そこは察してストーリーを進めてよ。くだらない事で時間とページを無駄にしないで!」

翔子は語気を強めた。

「姉さん今日はよく喋りますね」

理沙がニヤついている。


 あんたらのせいだよ!💢


まぁここで押し問答してても先に進まない。

翔子は強引にストーリーを進める事にした。


「ところでさぁ、最近あいつらの動き、どうなってる?」

過激な武闘派集団、"梟(ふくろう)”達について、翔子は一番まともそうな葵に訊いた。

「あいつらの動きは常に監視してます。こっちに何かしら影響が出るような事があれば、すぐ連絡が入る様になってます」

さすが葵だ。今だけ彼女を副総長と呼びたいぐらいだ。

その葵のスマホが、突然着信を告げる。

「もしもし?……うん、そうか。現在地は?

……分かった。すぐ総長に伝える」

葵が緊迫した表情で翔子に報告した。

「梟の連中、今こっちに向かってるそうです。割と近くまで来てるって」

 いきなり?!

急展開すぎる状況にも、総長である翔子は動じない。……フリをする。

「そうかい。いつかの仕返しをお見舞いしようって訳だ。ところで誰からの情報だい?」

優秀なメンバーに今度ご褒美をあげよう、と翔子は思った。

「あ、梟の副総長からです」

……はいっ?!なんで?何で敵の副総長から葵に連絡が入るの?しかも、今から行きます、的な感じで。

バカなの?あいつらバカなのか?それとも葵がスパイ?スパイ家族?いやもう訳分かんないけど。


とりあえず翔子は全メンバーに警戒宣言を発出した。

「みんなよく聞きな!たった今から黒羽は、最高レベルの戦闘態勢に入る。全員武装し、襲撃に備えて警戒せよ!」


いい。実にいい。やっと物語らしくなってきた。

やっぱり「翔ぶ鳥…」は、こうでなくっちゃ。


翔子の発令で、各自戦いに備えて準備する。

鉄パイプで武装する者、鍋を被って防御効率を高める者。

いや、頭に鍋って…。藤◯不二◯の、パーマ◯に出てくるカバ男か?って誰も知らないよな。

それかロールプレイングゲームの勇者の最初の装備。……いや、まぁいいか。

ていうかその鉄パイプ、30cmくらいしか無いけど、大丈夫?かなりの接近戦になるよ。凄い覚悟だな。

 

翔子はメンバー達のおたおたした動きに底しれない不安を感じながらも、敵の襲来に備えて警戒心を高めた。




           3

 

相当数のバイクが、唸りを上げてグラウンドへと近づいて来る。その数およそ黒羽の倍ぐらいは居そうだ。

「梟の奴ら、総動員で来やがったな」

腕組みした弥生が、冷や汗をかきながらもニヤッとした顔を見せる。

まるで闘い慣れした "オラわくわくすっゾ”って言うアイツみたいだな、と翔子は思ったが黙っていた。

誰も知らなかったらこの上なく寂しいと思ったからだ。


梟の軍勢はグラウンドへと侵入した。

「人んちの庭、土足で入り込みやがって!」

弥生が舌打ちしたが、彼らはなぜか裸足でバイクに跨っていて決して土足ではないのを見た葵は黙っていた。

 

黒羽と向き合って、彼らはバイクのエンジンを止める。先頭のバイクに跨がっていた梟の総長は、ゆっくりとした足取りで翔子の座る階段下へと赴いて来た。

 いやいやここに来るまでに誰か止めろよ。

と心の中で翔子は思った。


「久しぶりだなぁ。黒羽の総長さんよぉ」

鋭い目つきで、梟の総長は翔子に言葉を掛けた。

灰色に彩られた特攻服の背中には、「ふくろう」と書かれた刺繍が施されている。

なぜ、漢字じゃない?…ダサ。

小学生か。難しかったのか、梟の字が。

特攻服の袖には、フクロウのマスコットまで刺繍されている。

可愛い♡

翔子のハートが危うくときめくところだった。

「久しぶり、だって?知らないね。あんたの事なんか」

翔子は冷たくしらばっくれる。

「テメェとぼけんじゃねえぞ!梟のアタマ張ってるこの俺が、本編でどんだけ格好悪いとこ晒したと思ってんだ!」 

「……あー。それか。それを根に持ってわざわざ軍勢引き連れてノコノコやって来たって訳だ」

逆恨みもいいとこだな、と翔子は思った。

あれ考えたの、あたしじゃないし。出番あっただけ良かったじゃん。

「今日はテメェにたっぷり礼がしたくてよ。他にも黒羽に会いたがってる奴等を呼んでんだよ。覚悟しな」

梟のアタマはグラウンドの入口に向かって合図した。というか、メガホンマイクで呼び掛けた。

スイッチを入れると「キーッ!カォ〜ン!」と不快な音がする。

翔子はこの音が苦手だ。運動会の時とかも側でこの音を鳴らされるとビックリと同時にムカッとする。音量の調節くらい先にしとけと思う。

「それではみなさん、どうぞお入りください!」

わざと嫌味を込めてるのか、ギャグなのか翔子には窺い知れないが、その一声でグラウンドの外で待機していたバイクの集団が一斉にエンジンをかけた。意外とわきまえてる。


現れたのはこの街でも梟に次いで危険とされる、「軍鶏(しゃも)」と呼ばれるグループだった。


闘鶏に用いられる軍鶏は、時に相手の息の根が止まるまで、その鋭い爪とクチバシで執拗に攻撃を仕掛ける。気性の荒い習性をもつ鶏だ。

軍鶏達は梟の後方に全メンバーでバイクを乗り付けた。


でもね、ちょっと待って。このグラウンドそんなに広くないから。いっぺんに入って来たらつっかえちゃって…あぁホラ、言わんこっちゃない。

後ろの方の人達、入り切れずに門の外で止まってんじゃん。


このままじゃ埒(らち)があかないと察してか、梟の副総長が「すいません、黒羽の皆さん。少しだけバイクの移動をお願い出来ますか」と頼んできた。

本当に、世話の焼ける。

黒羽のメンバーは仕方なく全員でバイクをグラウンドの中央へ移動した。ようやく落ち着いたのは30分以上経ってからだった。


梟の総長が声高らかに宣言する。

「よーし、待たせたな。それじゃあ本題といこか!」

「悪いけどだいぶページ使ったから、次の場面でやってくんない」

少々不機嫌そうな翔子に「はい…」と従って彼らは次の章へとコマを進めた。




          4

 

街で最も獰猛と言われるグループ「梟」。

それに次いで危険とされる「軍鶏(しゃも)」。

黒羽を含めた3つのチームが、このグラウンドに対峙している。その数、およそ100台。

黒羽はともかくとして、向こうの集団はひしめきあっていてもう何処がどれだか分からない。


“軍鶏(しゃも)”は本編には出て来ておらず、そのせいかみんなワクワクして目をキラキラさせている。

可愛い♡

危うく翔子のハートが持ってかれそうになった。


梟の総長が前に出てきて、翔子に詰め寄った。

「なぁ黒羽の総長さんよ、どうするよ?これだけの数前にして、さすがのあんたもビビってんじゃねえのか?今なら土下座して詫び入れりゃ、袋叩きだけで勘弁してやるよ」

その言葉に弥生が反応し、腕組みをほどいて拳を握り締めた。

スッと立ち上がった翔子が、片手でそれを制してゆっくりと階段を下りる。

梟の総長の目の前に立ち、ドスの効いた声で言葉を発した。

「おい、おまえ」

番外編なのに本編さながらの迫力に。梟のアタマは少したじろいだ。

「数揃えりゃうちらに敵(かな)うとでも思ってんのか?てめぇらだけじゃ勝てないからって、よそのチームまで声掛けてよ。

だからてめーはダセーってんだよ!」

「………。」

梟のアタマは黙っている。


これ、番外編ですよね?どっちかって言うと面白おかしく力抜いたコミカルな感じですよね?何か本編さながらな展開なんですけど。と、心の中で思っていた。

「袋叩きだ?上等じゃねーか!いっとくけど、テメェらごときにどんだけ袋にされたってなぁ……

クマンバチに刺された程度でしかねぇんだよっ!」


………全員、静かになった。


後ろの方で弥生たちがコソコソ話す。

「クマンバチって、結構ヤバいよな」

「ヤバいっす。下手すりゃ死んじゃいます」

「あそこはフツー、『蚊に刺された程でもねぇんだよ』が正しいと思う」

「そこっ!うるさい!」

「はいっ、ごめんなさい」

翔子に怒られてみんなシュンとした。

ところで、冒頭からずっと存在感を出してない咲楽に翔子は声を掛ける。

「ちょっと咲楽。あんたずっとスマホいじってないで、少しは参加しなよ。今の今までみんな、『あぁ、咲楽いたの?』って感じになってるよ」

咲楽は自分を指さして、 あたし? みたいな反応を見せた。

「そぉだよあんただよ。まぁいいから、あんたからもアイツらにひとこと言ってやんな!ズバッと、ビシッと」

咲楽はどっこいしょとブロックを飛び降りて、軍勢の前に立った。

敵集団のあちこちから

「可愛い…」「足細っそ!」 

などと好意的な声が上がる。

咲楽の口元が少し緩んでるのを見て、翔子は何だかちょっと面白くない。

「まぁ要するに、あんたらごときがどんなに束んなってかかっても、うちら黒羽の敵じゃないって事よ」

 よく言った、さすが咲楽。存在感消してても

 キメるとこはビシッとキメる。

翔子は心の中で拍手を送った。

「敵じゃない、だと?」

梟の副総長が前に出てきた。ガタイのいい男、身長も2メートル近くありそうだ。

たが咲楽は怯むことなく大男を見上げる。

「あぁ敵じゃないね。そう言ったよ」

凍りつくような目だ。こんな咲楽見たことない。本編でさえ見せなかった表情だ。

「じゃあよ、それじゃ……仲間にしてくれる、って事か?」

……。思わぬ返しに、咲楽も「はにゃ?」という顔になった。あ、この表現は現代の若い世代には通用しない。

つまり、理解を超えてて「え、何?」という様な表情だ。

予想外の展開に、さすがの咲楽も言葉に詰まる。

「ん…いや別に、そういう訳じゃ無いけど…。

仲間になりたいの?」

咲楽が大男に問いかけた。

「え…いや別に、そういう訳じゃ無いけど…」

「んじゃあ黙ってな!」

咲楽がキレた。

梟のアタマは自分の仲間にがっかりする。

「おい、しっかりしろよ。なに下手(したて)に出てんだよ。びっくりしたわ」

「んーごめん。てか、可愛くて…。なんかこう、優しさが俺の中からにじみ出ちゃう、みたいな」

「みたいなって言うな!もうちょっと格好つけろや、男だろ!」

副総長は目をパチクリさせて総長に言い返す。

「そういうあんたはなぜさっきからずっと俺の後ろに居るんだい?壁か?俺は。ヌリカベか?」

「だ、だってよ。あの翔子って女、見てみろよ。あの髪振り乱した風貌、ドスの利いた声。

昔さ、婆ちゃんにヤマンバの話してもらった事があるんだけど、その時のイメージにそっくりなんだよな。俺トラウマなんだよ…」


どーでもいい話に、そしてヤマンバ呼ばわりされた事に、翔子の爆薬に火がついた。

「もーいい!テメェら全員まとめて帰りやがれ!!」

うがらぁ〜っと暴れる翔子を黒羽のメンバー全員で抑えてるうちに梟・軍鶏の軍勢は一目散に去って行く。

途中で梟のアタマが「覚えてやがれ!…いや、忘れて!」と捨てゼリフを吐いた。

ムカついた翔子が投げた小石がアタマの頭に見事に命中した。


「結局、軍鶏は一体何しに来たんだろな…」

弥生の呟きがごもっともでもあり、切なかった。




           5

 

理沙が本を読んでいる。

字ばっかりの本だ。珍しい。

いつもマンガか、レディース・チャンプとかいう "そっち”系の本しか読まないのに。

弥生は興味が湧いて、何読んでるんだろうとそれとなくこっそりと近づいて、本のタイトルを確かめた。


「翔ぶ鳥たちに 風は吹く  北前 憂」


…………。

食い入るように読んでいる。

弥生はお邪魔にならない様、あるいは都合の悪い事を尋ねられないよう、そっと気配を消しながら遠ざかろうとした。

「あのさあ」

本を膝の上に置いて理沙が急に話しかける。

「は、はい…何でしょう?」

 しまった、逃げ遅れた。

「この物語読んでて、すっごい気になる事があるんだけど」

「えっ?…き、気になる事って?💦」

「うん。…何回も読み返してるんだけど、無いんだよね」

「な、何がでしょうか?」

弥生はもう冷や汗ダラダラだ。

「あたしのエピソード」

………来たか。ついに気づいてしまったか。


ちょうどその時、全くもって都合のいい話だが偶然にも翔子たちが近くを歩いていた。

“黒羽五人衆”の三人が、まるで学校がえりの女子高生よろしくきゃぴきゃぴしながら歩いてる。


弥生は自分だけでは対応出来ないと悟り、大声で彼女たちを呼んだ。

「なぁに〜?うちら今から駅前のファミレスにパフェ食べに行くんだけど〜」

「そうそうバケツパフェ〜」

 なんだよその喋り方は。しかもバケツパフェ

 って…。いや、今はそれどころではない。

弥生は理沙から言われた事を三人にも伝えた。

――彼女たちの表情から笑顔が消える――。

リーダー翔子が必死に取り繕った。

「そ、そんなことないよぉー。ちゃんと理沙の成長したエピソードが語られてるじゃんっっ」

「それってエンディングでしょ?あたしが言ってるのは、物語の中で語られる話。翔子さんは昔あった事がきっかけで悪の道に走り……、とかってあるじゃん」

(えぇっ。別に悪の道とは書かれてないですけど…)

「弥生さんも小学生の時から書いてあるし、葵さんだって "片羽の悪魔”って呼ばれる様になった梟事件が描かれてる。しかも“木戸モータース”なんていう伏線までついて 」

こりゃ、どうも。と葵が顎を突き出して会釈する。

「咲楽に至ってはもう準・主役じゃん?黒羽の外の事も色々描かれてるし、家族の事まで語られてるよね」

(はい。可哀想な役だけどすっかり気に入られてます。えへっ♡)

「…で、あたしのは?"理沙は昔これこれで”とか、"プライベートでは何々で”とか、全然無いじゃん!1個も!酷くない?あたしのは?あたしの人生って、そんなに薄っぺらいものだったの??」

誰も何も言えず、黙って下を向いている。

もう既にパフェどころではなくなった。

弥生が気休めのようにアイディアを出す。

「じゃあさ、こうしたら?この番外編で、理沙の事をいっぱい書いてもらう。

“理沙の黒歴史”、とか“彼女が悪女になった理由(わけ)”とかさ」

「ヤダそんなの!わざわざ感まる出しだし、あたしが書いて欲しいストーリーと全然違うっ!」

「じゃあさ、自分で書いてみたら?」

葵が斬新なアイディアを出す。

「じ、自分で?」

「そうさ。理沙の語りたい想い、理沙の見てほしい一面を、自分の思ったように書くのさ。自分自身を、想いを、そのエンピツにのせて…!超大作で!」

「自分の思いを、か…」

葵の熱い語りで、ようやく事が収まりそうだ。

…と、思っていた矢先。

「でもさ、それで誰にも読んでもらえなかったら、すごく寂しいね」

 さくらー!余計な事いうんじゃない!あん

 たは良くも悪くも無垢で正直すぎ!

「そ、そんな…誰にも読んでもらえないなんて

哀しすぎるよ…。大作かく前にベソかくわ」

全員「うまい!!理沙、サイコー!パチパチパチ…」

「嬉しくなぁーい!」

理沙は憤ってバイクに跨った。

「ど、どこ行くの?」

「もういい。こうなったら書いた人に会って直接文句言ってくる!」

 えええ!!

「理沙、ちょっと待ちなって理沙!落ち着いて…」

みんなの止める声も聞かず、彼女は一人、どこに居るかも分からない原作者の元へ向かった。

「理沙……」

一体どうなってしまうのか、誰にも分からなかった。



 

 

           6

 

 私は、北前 憂。

「翔ぶ鳥たちに風は吹く」の作者である。

かの物語はようやく人様のお目にかかれる様になってホッと一段落しているが、まだまだあの登場人物達について他にも書きたい事があるにはある。

今日は忙しい合間を縫って、彼女達の違った魅力を番外編として書いてみようかなと思って「ピンポーン」

…て誰か来た。せっかくアイディアが浮かびそうだったのに…。

集金だったらうちにはテレビはありませんと追い帰そう。


ガチャ。

「こんちにちわ」

おぉー誰かと思ったら理沙じゃないか。よく知ってるけど会うのは初めてだ。

「北前さんですね。ちょっとお伺いしたいことがあります」

おおぅ…。まるで「署まで同行を」と続きそうな台詞…。

「どうした急に。まぁ、上がって」

私は理沙を家へ招き入れた。


「きったない部屋!」

あ、言わんでもいい事を。誰にも見えないのに。

「そんな事より何だね、訊きたい事って」

「あの、翔ぶ鳥のシナリオについてなんですけど。なんであたしのエピソードだけ無いんですか?みんなそれぞれ人物像が描かれてるのに、あたしだけ放っとくなんて、酷いじゃないですか!」

ふむふむ。そうかその話か。

私は二人分のコーヒーを煎れて2つとも彼女の前に置いた。

特に意味はない。私はコーヒーが苦手なだけだ。

理沙ならおかわりするだろう。

さて、時間を取らせるのもなんだから(私も忙しいし)、率直に話してあげよう。

「"雄弁は銀、沈黙は金”という言葉を知っているかね?」

「??…いいえ。なんすかそれ?」

「ふむ。あれこれ余計な事を喋るより、黙っておいた方が伝わる事もある、という意味だ。」

「???」

うん、理沙の思考能力を考えてもっと具体的に話そう。

「確かに私は、ストーリーの中で君のエピソードを入れなかった。だがこれは意地悪じゃない。

君についてはあれこれ語らず、読み手に想像して欲しいと思ったからだよ」

「読み手に、想像…?」

「そう。理沙がどんな過去を持っているか。黒羽に入る前はどんな人物だったのか。また、プライベートの彼女はどうか。これらを書き入れない事で、読み手は色々と想像を巡らすことが出来る。自分のイメージで、"理沙”という一人の人間と、その人生が無限に創られるんだ」

「つまり…、読む人たちに色んな理沙を考えてもらえるように、敢えてその空間を創った…?」

「その通り。ストーリーや台詞の端々に、理沙を思い浮かべるような言葉はある。だが具体的には描かれていない。彼女がどんな人生を送って来たかはさておき、エンディングでは素晴らしい成長を見せた。

君が大人になり、『看護師』という道を志したというのは、書いている方もグッとくるものがあったよ」

理沙は自分も感動してきた様だ。

「どんな人生を歩んで来たにしろ、最終的に君は人の命を救う、という道を選んだ。それはとても素晴らしい事だと、私は思うよ」

「だから敢えての“空白の理沙像”だった…?

すみません、あたし何か勘違いしてたみたいです。先生がそんなに深く理沙の事を思って書いてくれてたなんて、全然知らなかった」

「いいんだよ。物語には描かれていない部分もたくさんあるから、誤解が生じるのも仕方ない事さ。だけど今日君がこうして来てくれたおかげで、私も本人と直に話し合えて良かった」

「ありがとうございます!沢山の人が、理沙に興味を持ってもらえたらなって思います。突然お邪魔してすみません、ありがとうございました!」

彼女はホクホクしながら帰って行った。

 


…ごめん、理沙。

 

私も全部書き終えて読み返してる時に「あっ!」て思ったけど、ここからわざと入れ込むのは、それこそ虚飾だと思ったんだ(当時はノートに手書きだったからしんどかったし…)。

理沙のストーリーに、幸あれ!


私は少し苦い思いで、彼女が飲まなかった方のコーヒーに口をつけた。

「ん〜、やっぱし苦い」

ものが物だけに“苦手”な味だなと、改めて思った。

……おあとがよろしいようで。



 

 

           7

 

 僕は田所 正志。

自分で言うのも何だけど、多分日本一ツイてない男だ。



電車に乗ってる時、すぐそばで痴漢を目撃した。

怖かったけど、あまりにしつこくて被害者の女性も嫌がってたので、勇気を出して犯人の手を掴んだ。

いや、正確には掴もうとした。

ところがまさかのタイミングで犯人が手を引っ込めたんだ。

被害者のお尻に、僕の手が当たった。

腹に据えかねたのだろう、相手の女性は手を掴んで「この人痴漢です!」と大声で叫んだ。

周りの人達が軽蔑した目で僕を見る。

いや違うんだと。手が当たったんだと何度説明しても聞き入れてもらえない。そのまま駅交番に連れて行かれて厳しい聴取を受ける事になった。

でもどう訊かれても、そのままの状況を伝える事しか出来ない。

お巡りさん達は「嘘つけ!そんな言い訳が通用するか!」と僕を責めた。

次の週に痴漢常習犯が捕まり、余罪を突き止められて供述したおかげで、僕の件の疑いは晴れた。

僕を疑った被害女性に真犯人逮捕の知らせを告げた時、「だってやりそうな顔してたから」と謝罪の言葉も無かったそうだ。

お巡りさん、わざわざそれを僕に教えてくれなくてもいいのに。

しかも、お巡りさんもちょっとニヤついて苦笑いしてた。



歩道橋でおばあさんが重そうな荷物を抱えて登ろうとしてたので、「お荷物、持ちましょうか?」と声をかけたら「ひっ!いいです大丈夫です!」と僕の顔を見るなりダッシュで上がって行った。

そんなに逃げなくてもいいのに。

でもそれだけの脚力があれば確かに手伝いは要らなかったかも。



中学の時いじめられてたせいで僕は男子が苦手だ。だから会社の同僚達の輪にもなかなか入って行けない。「あいつ付き合い悪い」というレッテルを貼られ、今では避けられてる感さえある。

淋しくて給湯室の女性社員達に「僕も仲間に入れてくれないか」と声をかけたら変人扱いされた。

 僕は孤独だ。



「庶務課の金井さん、結婚するんだって!」

そんな話をしているのを僕は耳にした。

庶務課の金井さんといえば40代なかばで、唯一、僕と同じ様な境遇の人だと(勝手に)思っていた。

そんな彼女も…結婚か。

感慨深いものがあるが、淋しくもある。

だがここは同じ仲間として(勝手に)、心から祝福しよう。

数日後。偶然廊下で金井さんに会った。

声を掛けよう。精一杯の祝福の言葉を。

「金井さん、ご結婚おめでとうございます!」

「……は?嫌味なの?」

金井さんは憮然として去って行った。

後で分かった事だが、結婚するのは“庶務課の金井さん”ではなく、“総務課の河井さん”らしかった。

何となく聞いた話をそのまま鵜呑みにしてしまったが、似たような名前と部署、せめて分けて配置して欲しい。(←ただの思い違い)

でもなんだか、ちょっと安心してしまう。金井さんには申し訳ないけど、これからも僕らは孤独な道のりを戦友として歩いて行こう!


でもそれ以来、金井さんには明らかにシカトされている。



僕は生きてるだけで人を不幸に、不快にさせる天性の持ち主なのかも知れない。


そんなだから薄暗い小道を歩いている女子高生の後ろをついて歩くと、妙に警戒されて距離が離れていく。僕の帰り道もこっちなだけなのに。

その女子高生に「お姉ちゃん、ちょっとお茶しない?」と、昭和のナンパみたいに二人組が声をかけてる。

知り合いでもなさそうだ。女子高生は嫌がってる。

僕はまた余計な事をするまいと思いながら、駆け足でそこへ向かった。

助けようと思った訳じゃない。どうせ関わってもロクな事にならないから、ただ急いでその場を走り抜けようとしただけだ。

でも、困ってる人を目の前にしてそんな事が出来るかな、なんてことを考えながらボヤッと走ってたらつまづいて盛大に転んだ。

手を付き損ねてシャツは破け、頬に傷まで負ってしまった。おまけに口の中に砂が入って苦しい。

ゴホゴホ繰り返すうちに何とか息は出来るようになったけど声が変だ。ガラガラなダミ声な上に、お腹から声を出さないと聞こえない。

……ドジ。

やっぱりツイてない。

僕は女子高生のそばを通る時、どうしても気になって「あの…」と声を掛けようとした。

でも砂のせいで喉がかすれて自分でも聞こえなかったから、今度はお腹から声を出した。

「あ"の"ぉ〜!」

自分でもびっくりするぐらい野太い声だ。

これじゃまるでチンピラだ。

「あ?」

二人組が僕の方に関心を移した。しまった。

「何か言ったかおい」

僕はなるべく、温和な言葉を選んだ。

「こ"の"子に"何か!よ"う"ですかぁ!?」

ん〜。ものすごく相手を威圧する声が出てしまった…。

まずい。

「…………」

二人組が黙ってる。警戒する様な目で僕を見てる。また変人だと思われてるのだろうか。

「…オイ、ヤベェよ。ほっぺに傷もあるし、ヤバい奴なんじゃね?服もズタズタで、たった今誰かをヤッて来たって感じだぞ…。しかもテンションがおかしい。何かキマってね?」

二人組がコソコソ話しをしているけどよく聞こえない。僕は聞き返そうとして「はいっ?」と言おうとした。でも喉と声がおかしくなっててつい、

「はあ"ぃっ!?」っと言ってしまった。

これじゃケンカを売ってるのかと思われてしまう。

ところが相手は「いえ、何でもないです。すみませんこの子、人違いでした。ゴメンネ!💦」

と言って走り去って行った。

よく分からないけど、彼女も僕も無事で良かった…。



「あの…」

女子高生が後ろから声を掛けてきた。

「助けて頂いてありがとうございました。あの、良ければお名前を…」

僕は田所正志だ。だけどこんなボロボロでガラガラで汚れ散らかした顔を見せたくない。

「…ただの、通りすがりの脇役です。ゴホッ。」

僕は振り返らず立ち去った。



―――田所はツイてない。

でも本当にツイてないのは、このとき後ろの方で美織が心ときめかせている事に気付かなかった事かも知れない。


美織は立ち去って行く見知らぬ男性の背中に、いつまでも深々とお辞儀をしていた。



 

           8

 

 黒羽のバイクが盗まれた。

理沙が可愛がっている後輩のバイクだ。

こともあろうに、この黒羽様のものに手を出すとは、相応の天誅を下してやらねばなるまい。メンバー全員が同じ思いだった。


 でも総長には内緒。

“盗られました”なんて言ったら激おこするだろうから、くれぐれも内密で早急な対応が求められる。

理沙とメンバー達は街中を血眼で探した。


「スーパーの立体駐車場で発見」との連絡が入り、総員でアドレナリンばんばん放出しながらホッとして現場に向かう。


現場には先着したメンバーが居た。

理沙はエンジンを思くそ空ぶかしして、まずは犯人達をビビらせてやった。でもやり過ぎて自分の耳がキーンと鳴る。



盗んだバイクで走り出すなど、行く先もわからぬままの15歳に違いないと思っていたが、居たのはいい歳したヲッサン達だった。こういう大人にはなりたくないとみんな思った。


理沙はバイクの横でしゃがんで目印を確認する。

間違いない、黒羽のものだ。

「おたくら、よくも黒羽(うち)のモンに手ぇ出してくれたね」

理沙が血走った目で相手を威圧する。

ゆうべ遅くまでゲームしててほとんど寝てないから、朝からずっとこの目のままだ。

「ええっ!そんな。黒羽さんの物なんて、どこにそんな証拠が…。」

うろたえる犯人に、理沙はタイヤの部分を指さした。

「ここ」

犯人も言われた所を見るが、どこにも見つからない。

「どこです?」

降参して答えを訊く。

「はぁ?目ぇ腐ってんじゃねぇのか?ここだよ、こぉこ!」

理沙はもう一度タイヤの一部分、空気を入れる所のキャップを指で指し示した。

そのキャップの頂点に、ちょこんとカラスの絵が描いてある。

ちょっとかわいい感じの下手くそな絵だ。

アヒルにも見える。

「ええーっこんなとこ?!そんなズルいですよ!全然気付きませんて!しかもアヒルじゃないですか!」

この言葉は理沙のダイナマイトに火をつけた。

「あ"ぁ?!誰がアヒルだぁ?!これはあたしが描いた黒羽のマークだよ!文句あんのか!!」

理沙はさらにバイクのシートを外してバッテリーをずらして見せた。その奥に、アヒル…もとい、黒羽のカラスがマジックで描かれている。

理沙はエッヘン!という感じで

「ちなみにここにもある!」と教えた。

「いやだからズルいですって!見ないですよそんなとこ!」

「なぁにがズルいだ!それが嫌なら人の単車なんか盗むんじゃねぇ!」

バシッと言葉の喝を入れてやった。


ヲッサン達はとにかくこのグループに、いや特にこの理沙という女には二度と関わらない方がいいと分かった。

それ以来、アヒルの絵もカラスの絵も彼らにとってはトラウマになってしまった。



           9

 

 咲楽はなつきの部屋にいた。

おいしいお菓子があるからというのでお呼ばれして来たのだ。

会話の途中、飼っていたネコの話になった。

その子が亡くなってちょうど1年経つらしい。

何となく、その弔いを一緒にしてもらおうと呼ばれたんだなと、遅まきながら咲楽は気付いた。

 しまった。

ちょっと面倒いなと感じていた。

なつきは色んな写真を取り出しては、あの時この時の思い出話を、時折グスッとさせながら延々と続ける。

 しまった。ウマいものに釣られてマズいとこ

 に来てしまった。

咲楽は話題を変えようと色々手を尽くすが、巡り巡ってまたネコの話になる。

ただ、お菓子とお茶は無制限だから、せめて食べるだけ食べて帰ろうと思っていた。


何杯目かのお茶(かなり上質)を飲んでいた時、なつきが

「彼を失ってから、もう好きになれる相手が居なくて。ずっと彼の影を追いかけてるの。だって初恋の相手だったから…」と呟いた。

咲楽は思わず「ブホッ!」と盛大に吹いてむせた。飲んでいたお茶が変なとこに入ったらしい。

ようやく呼吸をはぁはぁ整え、涙ボロボロの咲楽に「泣いてくれてるの?ありがとう」となつきが言い放った。

いや違うがな。急にとんでもない事言い出したからむせたんやがな。


初恋?恋?猫に?そんな事あるの?…いや、でもペットが家族って人達もいるし動物との間に友情が芽生えたって話も前にテレビで観た気がするし…。ありか?ありなのか?

まぁいいか。私の知らない世界の事でとやかく言う事はない。多様化する現代はもう行くところまで突き進むしかないらしい。

咲楽は自分を無理矢理納得させようとウンウン頷いた。

それを自分に向けられたと勘違いしたなつきは

「あぁ…、分かってもらえて嬉しい!咲楽さんに話して良かった…!」とまた涙を拭いた。

うん、まぁ、良かったなら良かった…。

この子意外と、―――だな。


帰り道、今度はのどかも連れてきて巻き込み、話し相手は彼女に任せて自分はお菓子とお茶を味わおう、と咲楽は心に誓った。




           10

 

 浅間が資料を手に平八の所へやって来た。珍しく浮かない表情だ。

「室長、ちょっといいっスか?」

相変わらずくだけた話し方だ。

自分もたまにはちょっとだけ真似してみようかと思って

「おれ?オレ今チョーくっそ忙しぃんだけど?」ってな感じで言ってみた。

浅間が「やめていただけますか、それ」

と真顔で言うので、「ああ、ごめん」としか言えなかった。

 …あんな坊っちゃん、初めて見たよ。何もそんな、真顔で言わなくても…。

「室長、僕からもお願いします。信じられない事ですが、彼の資料に驚くべき事が書かれてます」

須栗の表情にも驚きと落胆した気持ちが見て取れる。


いやいや信じられないのも驚くのも二人が一緒にいる事だよ。ええっ?どうなってるの?

何、全員集合なの?8時なの?

どうせ若い奴らに言っても知らないか、と平八は寂しそうに渡された資料に目を通した。

「……なんだ、これは?」

そこにはまさに驚くべき事が書かれていた。

いや正確には“書かれていなかった” 、のだ。

「信じられん…。なぜこんな事が」

「われわれ二人も同じ気持ちです」

 なんてこった…。本編であんなに頑張ったの

 に。

 ちょいちょい場面の間に入って存在感出して

 たのに。


俺たちの番外編が、「ない」 なんて…。


「これは決定なのか?覆らんのか?」

平八は悪あがきするように二人に問いかける。

「残念ながら…」

「事実、のようです…」

二人ともがっくりと肩を落としている。

無理もない。須栗はともかく、浅間なんて最初から俺にケチつけられて、ずっとヨゴレ役をやってたのに…。

平八はあまりに可哀想で浅間の顔を真っ直ぐ見れなかった。


「……やってやろうか」

平八が鋭い眼光で呟く。

「室長…まさか」

「あぁその“まさか”だ。本編も設定も関係ねぇ。イメージが壊れようが何しようがそんなもん知ったこっちゃねえ。

出てやるのさ、無理矢理。

この際なんでもいいからとにかくねじ込んで、俺たちの存在ってもんを、知らしめてやろうじゃねぇか!」

およそ警察の人間とは思えない言動に、そしてその昔 誰もがおそれたと言われる「鬼の平八」の形相に二人はおののいた。

「こんなとこでそのツノと金棒を出すなんて…」

「あぁ。さすが鬼と畏れられたお人だ。自分の事しか考えてない。しかも何しでかすか分からないぞ…」

黙ってその背中を見つめる二人に、平八は肩を震わせて笑っていた。

 フッフッフ。既成事実だ。もうこうして出て

 きているのだ。ネタもシナリオも考えずとに

 かく出てしまいさえすれば、何とかなるもん

 さ。

「はーっハッハッハ!見たかこの平八様の執念を!

誰も呼んでなくても誰にも求められなくても、

俺は出ちゃうもんねーっ!イーヒッヒッヒ!」


鬼というか何と言うか。人の壊れる瞬間とその哀れな姿を二人は目の当たりにした。


そしてどうせ出るならもう少しマシなストーリーが良かったなと、二人で肩を抱き合って泣いた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

翔ぶ鳥たちの番外編             〜もうひとつの物語〜 北前 憂 @yu-the-eye

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ