第2話 彼らの正体は?
重く冷たい音が響き、牢の扉が閉まった。容疑者を仮に入れておくための牢は、簡易的で狭い。窓はなく扉の上部につけられた小窓からでは、外の様子はわからない。
シュンは寄りかかるように座り、コンコンと壁を叩く。
ヴォルフから、コンコンコンと返事があった。ヴォルフが落ち着いているなら、それで良し。シュンは、そのまま目を閉じた。
どれくらい眠っていたのだろうか。ガシャン!! と金属音が響き、扉が開く。
うたた寝から引き戻され、寝ぼけ眼で開いていく扉を見つめていた。
「おい。無駄に名演技だったらしいな。船長さんよぉ」
腕を組んで扉の枠に寄りかかるように立つコルボは、不機嫌そうだった。
「あぁ、コルボ。なんか進展あった?」
「あぁ? 寝てたんか。その間に、俺がどれ程苦労したか」
「ん~? ごめん、ごめん。どういうこと?」
「これだから、ボンボンは……」
「あはは。コルボだってお坊っちゃんだろ」
お互いの経歴は、全て頭の中に入っている。それがお互いの身を守るために必要なことだからだ。
「まったく……。無駄な演技力を発揮してくれたお陰で、いくら警察だって説明しても、全然信じて貰えなかったんだからな!!」
そういいながら、隣の鍵も開ける。シュンが牢からでると、そこにはまだ半信半疑といった様子のヒト族の検査員がいた。
『ホワイト案件』など、中身は真っ黒いに決まっている。敵味方が判断できるまでは動けなかった。だからこそのシュンの演技だったのだが、コルボはお気に召さなかったようだ。
怒鳴り声が聞こえてしまい、項垂れた耳のヴォルフがでてくると、「お前は気にするな」とコルボが声をかけた。
外套の男との通信が始まってからは、シュンしか話をしていない。もう一人仲間がいることを、わざわざ教えて警戒される必要もないからだ。
控えめに振られているヴォルフの尻尾を満足そうに確認すると、コルボはお互いを紹介した。
「こちら、検査員のマイクさん。こっちがシュンで、宇宙警察特殊任務部隊ライラプス号船長。こっちが操舵手のヴォルフ。俺は、整備を担当している」
コルボに預けてあった物を返してもらう。マイクは顔写真つきの宇宙警察の身分証を、穴が空くほど凝視していた。
「コルボがきたってことは、荷物は?」
「さっき動いたんだが、今は止まってる」
アタッシュケースに、宇宙警察特性の発信機を仕込んでおいた。
コルボは、荷物が動き始めてすぐに隠し部屋を出て、最初に見つけたのがマイクだ。シュン達を牢に入れたものの、何か府に落ちず、もう一度宇宙船を見ようと向かっているところだった。
「おそらく、押収物の倉庫から、荷物倉庫に移されたんだと思います」
飛行場の中を熟知したマイクだからこそ、移動した方向と大体の距離から推測したらしい。
「荷物の行方を追いたいので、都合がよさそうなところに一部屋用意してくれませんか?」
入り口近くの部屋を貸してもらうと、マイクには業務に戻ってもらった。長い時間いなくなることで警戒されては、おとり捜査がうまくいかない。
発信機の位置を示す画面は、しばらく少しの変化もなかった。
「動かないな」
「俺たちが連行されてから、どれくらいで動いたの?」
「連行されてからはわからねぇよ。星に着いてすぐに隠し部屋に入っただろ? それから1時間くらいだな」
隠し部屋は、中の音が外に聞こえないが、外の音も中には聞こえない。だから、シュンがどんな演技をしたのかは知らないのだが、警察だと信じてもらえなかったことから、名演技だとからかったのだ。
「1時間?? 早くないか? 下手したら、俺らが牢に入れられた頃だぞ」
「早いってなぁ、俺は狭いところが苦手なんだよ!! どれだけ、長く感じたか! わかるかぁ?」
狭い場所は、コルボに過去を思い出させるらしい。
「わかってるよ。ありがとうって。それでも、コルボがやるんだろ?」
「まぁ、そりゃぁな」
さっきまでの威勢はどこへやら。頭をかいて形相を崩す。
体の大きなヴォルフには隠し部屋は狭すぎるし、女性の部屋があるのにアイニがいないと怪しすぎる。
そういえば、個室を見ていた検査員は、女性の部屋があることに触れなかった。シュンかヴォルフに、女装の趣味でもあると思われたのだろうか。
「まったく……。そんな話は、どうでもいいんだよ。管制塔で働く誰かが、噛んでるって言いたいんだろ」
シュンの顔が一段と険しくなる。
「荷物が押収されたことを、どうやって知ったんだ? アンプルが見つかったことを依頼主の男が聞いていて、届け先に伝えたとしても動きが早すぎる」
「まぁ、そうだな。ということは、その誰かさんの仕事が終わってから、持ち帰るってのが自然か。・・・・おっ!! 動いたぞ!!」
すぐにマイクに連絡する。関係者がいたほうがいいと思い、お願いしておいたのだ。
「ちょうど仕事が終わったところです」
シュン達と合流したマイクは、思い詰めた顔をしていた。
「思い当たる人がいるんですか?」
「いや……。終業時間をむかえた職員はたくさんいるんです。そのうちの誰かなのかと思ったら……」
違法物を取り締まるはずの飛行場職員が、違法物の持ち込みに関わっているなんて。
実際のところ、マイクがいてくれて助かった。
GPSがあればわかりやすいのだが、千を越えるすべての星のGPSを、手に入れておくことは不可能だ。そこで、発信機に頼らざるを得ないのだが、方向と距離がわかるだけで、構造物などがわからない。
その点、マイクは、方向と距離だけである程度の場所が特定できて、最短で向かうことが出来た。
「駅に向かっていますね」
「ここまで送ってもらえれば十分ですよ」
マイクを帰そうと思うと、「私も連れていってください」と懇願された。
「電車に乗るかもしれません。顔を隠してもらうことになりますが……」
「ちょうど終業時間ですし、私が電車にのっていてもおかしくないはずです。それよりも、同僚が絡んでいると思ったら気になってしまって」
「わかりました。でも、気を付けてくださいね」
同じ電車の、隣の車両に乗り込むことが出来た。
荷物が動き始めたのは、高級住宅街の最寄りの駅だった。
たくさんの人が電車から降りる。この中の誰かが、アンプル入りのアタッシュケースをもっているはずだ。
届け先を知るためには、尾行に気づかれるわけにはいかない。距離を置いてつけていく。
発信機の印が左に曲がる。急いで追いかけたが姿はない。
「ここって……」
マイクが建物を見上げて呟く。
「知っているんですか?」
「あぁ、私たち業界とは関係が深いので。宇宙船の中古販売と修理をしているスペースマックス社CEOのガドン氏のお宅です」
シュンの顔が引き締まる。
「話を聞こう」
「そのまえに地元警察に応援を頼むぞ」
コルボが連絡していると玄関が開いて、誰かが出てきた。その人物はシュン達の姿を見ると、困惑の表情を浮かべて動きを止めた後、庭の方へ走り出した。
「ジルデ……。なぜ……」
マイクの声が掠れている。
シュンが助走をつけて塀を乗り越えると、逃げようとする男の服を掴み、引き倒して押さえつける。男を睨み付けるシュンの瞳には、鋭利な光が宿っていた。
「宇宙警察だ! なぜ、逃げる!?」
「なんでお前ら、ここにいるんだ!!」
ジルデは、三角の耳を忙しなく動かしている。ライラプス号に乗り込んできた有尾族の検査員だ。
「宇宙警察の特殊任務部隊だ。船から押収したはずのアタッシュケースが、ここに持ち込まれたようだが、おまえの仕業か?」
「な、なんのことだよ!?」
「嘘をつくと、不利になるぞ」
「何のことだよ!! お前ら、何でいるんだよ!!」
「おい、シュン!! そいつはいい。アンプルを回収するぞ」
たまたま通りかかった地元警察にジルデを任せて、インターフォンを押した。
「・・・・はい」
しばらく間が空いてから聞こえてきたのは、低く落ち着いた男性の声。
「宇宙警察ですが、違法薬の行方を追っていまして、お宅の中を調査させてください」
「・・・・。鍵を開けますので、入ってきてください」
長い沈黙の後の声は、震えていた。
機械音と共に解錠される。
集まってきていた地元警察に周りを固めてもらい、シュンが玄関を開ける。
パァン!!
発砲音が響いた。
顔を見合わせると、小銃を構えながらガドン氏宅に踏み入れた。
リビングの扉に耳をつける。気配はない。
扉を開け、銃を構える。明るく広いリビングの、家具やカーテンの裏まで見て回るが、誰もいない。
ありとあらゆる扉を開け放ちながら、奥へ進む。
ふと見ると、ヴォルフが階段前で怖い顔をしていた。1階には人がいないことを確認すると、それぞれ目配せして、シュンを先頭に階段を上っていく。見える範囲に扉は5つ。一つは開けられていた。
まずは、一番近い扉を慎重に開ける。
ベッドが二台置いてあるだけの、生活感のない部屋だった。
次は、ドアが開けられている部屋。近づくと、苦しげな呼吸が聞こえる。若い女性が寝ていた。顔色は青白く、細い腕には点滴の針が刺さっている。
「要救護者、発見」
コルボに無線で連絡すると、シュンは部屋を出た。
発砲音の出所を確かめねばならない。
次の部屋に入ると、目の前には頭から血を流した初老の男性が。駆け寄り脈を取るが、既に停止していた。
ガドン氏宅には他に人はおらず、続々と増えていた地元警察に実況見分を任せた。
「マイクさん。アンプルの中身は何だったんですか?」
「βーナンナガオです。難病の特効薬ですが、残念ながらエサルテカ星には持ち込むことができません」
「やっぱり……」
ベッドに寝かされた女性を見たときから、もしかしたらと思っていた。βーナンナガオは、宇宙連合非加盟国のマナスヤイオ星で作られている。
水が豊かなマナスヤイオ星は、植物の種類も豊富である。その植物を使い薬の開発をする、薬学の進んだ星だ。
しかし、宇宙開発が始まった頃、星から星へと移動できるほどの技術はなかった。宇宙船技術で劣るマナスヤイオ星を征服するために攻め込んだのが、エサルテカ星である。自然を壊し、宇宙船工場を作り上げた。
木を斬り倒し、海を埋め立てて、水と空気を汚した。燻っていた不満は大きな渦となり、ついにエサルテカの人々を追い出した。支配から逃れた後も大きな凝りを残し、未だに交易は行われていない。
「彼女は、どうなるのでしょうか?」
マイクが彼女が寝かされている方向を見た。持ち込みが禁止されているから取り締まっているだけで、命を救うはずの特効薬まで取り締まらなければならないことには、思うことがあるのだろう。
「もうすぐ、宇宙警察の医療部隊が到着します。彼らに頼みましょう。ありがたいことに、特効薬はあるのですから」
シュンにも、やるせなさが漂っていた。
マナスヤイオ星と宇宙警察とは、良い関係が築かれている。医療部隊が保護すれば、押収したものを使い、治療を施すはずだ。
宇宙船に女性が運び込まれるところまで見守ってから、ライラプス号はバスカリナ星に向け飛び立った。
飛行場に着陸すると、すでにアイニが待っていた。
「あら、遅かったじゃない?」
「大丈夫だったか?」
「そりゃあねぇ。舐めてもらっちゃ困るわ。あいつ、小物よ。私たちの家族を一生懸命調べていたみたいね。まったく見つけられなかったようだけど」
外套の男にみせた身分証明書は、一般市民に擬装するための仕事道具である。
アイニはその生い立ちから、体にチップが埋まっていて、ライラプス号から離れると、宇宙警察に情報が送られる。近くにいた部隊が踏み込んで、ハッキングの罪で外套の男を捕えた。
「βーナンナガオのアンプルだったのよね」
「あぁ。俺らが囮として騙しているつもりだったけど、利用されたんじゃないかって思っているよ」
娘を助けたくても、正規の方法では特効薬を手に入れられない。マナスヤイオ星に娘を連れていき治療を受けるにも、エサルテカ星で宇宙船販売を行っているガドンの娘をマナスヤイオ星が受け入れたとは思えない。
飛行場の目を盗んでβーナンナガオを手に入れられれば治療ができるし、もし宇宙警察に見つかっても、そのときに自分が死ねば、娘は保護してもらえる。
むしろ、宇宙警察に保護された方が、娘が治る可能性が高い。自分の命を捨てる覚悟の、賭けだったのだろう。
『ホワイト案件』などと、わかりやすい誘い文句で、おとり捜査を利用された。
「さて、行きましょ。大きな組織の小さな部隊も、居心地がいいものよ」
宇宙警察以上に大きな組織など、数えるほどしかないと思うが。
宇宙船に戻ると、情報端末に通知があった。画面には、無機質な文字列が並ぶ。
『レッドウェイルの
急いでメールを削除した。
父親のようになりたくなくて、レッドウェイルを飛び出したのに、結局シュンは宇宙警察に所属している。
お腹の減る匂いに釣られて振り返れば、暖められた宇宙食の上に、薄~くスライスしたトリュフが二枚のせられていた。
世界を股に掛けて活躍する、宇宙○○!!~『ホワイト案件』の仕事を受けたら……?~ 翠雨 @suiu11
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