世界を股に掛けて活躍する、宇宙○○!!~『ホワイト案件』の仕事を受けたら……?~

翠雨

第1話 荷物の中身は?

「えっと、『宇宙船乗り大募集・簡単なお仕事で高収入・ホワイト案件』……待ち合わせは、確か、この辺の……オーロラとかいう飲み屋で……」

 シュンは両手で持った情報端末の画面を、読み上げた。


「あら、素敵な名前ね」

 隣から情報端末を覗き込んできたアイニの長い髪が、シュンの腕をくすぐる。垂れぎみの大きな瞳と、ぷっくりとした柔らかそうな唇。横長のとんがった耳も、美人が多いと言われる長命族の特徴。

 先程からすれ違う男が、鼻の下を伸ばしてねばつく視線を送っているものの、どこ吹く風と気に止める様子はない。


「いけ好かない野郎なんだろうよ」

 指定されたのがお洒落な店だったことに腹を立て、怒りをぶつけるように歩いているのはコルボだ。シュンの腹ほどのところに頭があるが、十ニも歳上。身長は低いが、これでも小人族の中では体格の良い方らしい。


「二人も探してくれ」

 たくさんの建物が、身を寄せ合うようにひしめき合っている。看板の文字を追っていると、真っ赤なポスターが視界に入った。目が痛いほど赤い背景の前で、見目麗しい男女が微笑んでいる。

「うわ。ここにもある」

 思わず嫌そうな声が漏れた。

「あぁ?? レッドウェイルか。こんな星にまで来るとは、ご苦労なこった」


 宇宙警察の広報部隊──通称レッドウェイル。真っ赤に塗装した大型の宇宙船で星を巡り、犯罪抑止のための活動をしている。


「ここって、宇宙連合加盟星だったはずだろ?」


 住み良い場所を奪い合うように乱立した建物群。そのビル群を出てしまえば、広大な砂漠地帯が広がっている。今も吹き付ける風が、チリチリと頬を焦がしているかのようだ。

 宇宙連合に加盟するほどの大きな集落ではない。もし仮に、連合加盟を打診されても、この星は拒むはずだ。


 連合や宇宙警察から、身を隠す者達が集う集落。


 宇宙連合ができてから約200年。宇宙開発の過程で対立した星もあり、宇宙連合加盟というのは珍しくない。


「あら、そんな細かいこと、気にしなければいいのに。お子ちゃまねぇ~。それより、思っていた店と違うみたい」


 シュンと見た目年齢は同じくらいのアイニだが、長命種の彼女は、優に百を越えているらしい。数えていないから正確な年齢はわからないと本人は公言しているが、教えたくないのだろうし、女性に年齢の質問をしないくらいの分別はある。


「はは。こうきたか。アイニは外で待ってるか?」


 ピンクと紫色の看板には、ハートマークが散りばめられ、キラキラと輝いている。酸いも甘いも噛み分けたアイニは、如何わしい店でも気にせずに入るようだが、何だかんだとコルボは紳士だ。


 躊躇することなく入っていってしまったアイニを追いかける。「いらっしゃいませ」と出迎えた店員に、「砂糖たっぷりのカフェオレを」と告げた。


 男女の会話が漏れ聞こえる廊下を通過し、個室に案内された。

 しばらくすると、本当にカフェオレが運ばれてきた。頼んだ通り、砂糖たっぷりなのだろうか。テーブルの真ん中にポツンと置かれた紙コップが、女性が接待するような店には似合わなすぎて、合言葉が間違っていたのではないかと不安になる。


 湯気を立てていたカフェオレが、じわじわと冷めていく。


 これくらいで不安に思っては、仕事ができないと思われる。シュンは気丈に降るまい、情報端末の画面を指でなぞった。

「星についたことは依頼主に伝わっているはずだ。たしか、荷物を運ぶ仕事らしいんだけど……」


「あぁ。荷物は持ってきた」

 くぐもった声が聞こえた。外套を目深にかぶり、顔を窺うことは出来ない。

 カフェオレをフードの中に引き寄せて、「冷めてしまったな」と不機嫌そうだ。


 店員から提供されたあと、口をつけなくてよかったと胸を撫で下ろした。


「荷物には大切なものが入っている。持ち逃げなどしないだろうな」

 テーブルに肘をつき、外套の下からこちらを窺っている。

「報酬は受取人が支払うから、届けなければ報酬はない。バカなことはしないだろうが、身分の確かな者にしか頼まないことにしているんだ」


「身分証明書ならありますけど、これでいいですか?」


 ポケットから取り出した身分証を開いて見せる。


「あぁ、他のヤツもだ」

 外套で隠された手元が、キラリと光った気がした。


 コルボとアイニも身分証を見せ、やっと本題に入ると思ったのだが、外套を少し持ち上げてアイニを見た。


「お前、いい女だな。俺のところで働かないか?」

「あら? 大きな組織なら大歓迎よ」

「アイニ……!」

 シュンが窘めるように名前を呼ぶが、アイニは期待に満ちた瞳で外套の男を見つめている。

「小僧など、比べ物にならんぞ」

 アイニが値踏みするような視線を向けた。

「本当に、そうかしら?」

 男は、もう一度外套を持ち上げてアイニの姿を確認する。今日は、シャツにパンツ姿とかなりラフである。

「お前ほどのいい女なら、ボスに紹介してやってもいいぞ。ドレスや宝石も貰い放題だ」

「あら? 本当に? それなら、仲良くしたいわ。あなたと働いてもいいわよ」

 アイニの細長い耳が、細かく前後に動く。


 男は満足そうに頷くと、空気がピリッとしたものに変わった。

「決まりだな。お前ら、余計なことはするなよ。こっちには、お前らの家族の居場所だってわかるんだ」

 袖から小型カメラを取り出した。身分証明書を撮影されたらしい。


「で、でも!! 実家の住所なんて、わからないはず……」

 シュンの声が上ずる。


「はぁあ?? そんなの、宇宙連合のデータベースをハッキングすれば、すぐにわかるんだよ。俺の仲間は、宇宙中に散らばっているからな。余計なことでもしてみろ。報復してやる。今後、まともな生活なんか出来ないぞ。家族まで道連れにしたくなかったら、俺の言うことを聞くんだな」

 くぐもった声が低く響いた。シュンは項垂れながら頷づく。

「たしか、荷物を運ぶだけですよね」


「あぁ、よくわかっているじゃないか。この荷物を、エサルテカ星まで運べ。届け先は追って連絡する。わかったら、とっとと行け!!」


 高圧的な態度でアタッシュケースを押し付けられ、店を追い出されてしまった。


「アイニは大丈夫だろうか?」

 シュンが店を振り返ると、コルボが背中を小突く。

「あいつの決めたことだ。気にするな。それより、急ごう」


 小走りで戻り、飛行場に離陸の申請を通す。宇宙船の扉を空けた途端に、コルボが叫んだ。

「おい! ヴォルフはどこだ!!」

「買い出しに行くって、言ってなかったか?」

 コルボは宇宙船に駆け込んで、引き出しを開ける。

「共同の財布もない!! まさか、あいつが??」

「ヴォルフは、そんなヤツじゃないって」

「はぁ~?? これだからボンボンは!」

 能天気だと言いたいのだろうが、この際言い返しても仕方がない。

 コルボが不満そうに唸っていると、足音が聞こえた。宇宙船の入り口に、長身の影が見える。

「ほら、ヴォルフは買い出しだったろ?」


「ん? 宇宙食の買い出しに行ってきたんだ」

 頭から生えた三角の耳が、不安そうに忙しなく動いている。有尾族と呼ばれる種族の犬型だ。

「はぁ?? のんきなこったなぁ~。無駄遣いしてきたんじゃないだろうな?」

「コルボ。言いすぎ」

「ふん!」

 顎を上げて腕を組むコルボに、ヴォルフの耳が項垂れてしまった。

「宇宙食はいつもの値段だったぞ。それに、これ」

 ヴォルフは領収書とともに、黒くて丸いものをコルボに手渡した。


「…………卜、……トリュフ!? マジかぁ~!! くぅ~!!やっぱりヴォルフは、いいヤツだ!! さんきゅ~な!!」

 コルボの変わり身の早さにシュンは目を丸くするが、ヴォルフの方はふさふさの尻尾を、ワサワサと振っている。

 冷たく当たられても、ヴォルフは項垂れるだけ。嫌われないように、なにかとコルボには気を使っているらしい。


「ヴォルフ。目的地はエサルテカ星だ」

 宇宙連合創設星の一つだ。大きくはないものの、宇宙船技術が発達していて栄えている。

「アイニは?」

 うちの船の紅一点。居ないとなると、船内が寂しくなったように感じた。

「依頼主についていった」

 シュンの言葉にヴォルフは耳をピクリと動かす。

「あぁ~。じゃあ、急がないと」


 操舵手であるヴォルフは、さすがの早さでエサルテカ星の座標を打ち込む。事故の多いところは避けながら、飛行ルートを算出していった。


「離陸できれば、8時間ってところかな」

「おっ!! さんきゅう。ちょうど、離陸の許可が下りた。出発しよう」


 椅子に座り体をシートベルトで固定すると、ヴォルフが舵を握った。滑走路で速度を上げ、飛行を始めると機体を起こしてロケットエンジンに点火。砂漠の星バスカリナ星を後にした。


「尾行はない。そのままエサルテカ星に向かおう」


 船内はおおむね平和。食事の時間に、コルボがほんのちょっとだけトリュフを分けてくれて、ヴォルフと顔を見合わせて笑ってしまった。


 ピピッ、ピピッ、ピピッ


 通信の入った音に、慌てて情報端末を操作する。聞こえてきたのは、くぐもった声だった。

「お前ら、今はどの辺だ?」

「もうエサルテカ星が見えています。着陸まで30分ってところでしょうか」


「早いな……。船がいいのか!?」

「あっ……! 宇宙船はいいものをが、モットーでして」

「……そんなことは、どうでもいい。エサルテカ星の第三飛行場に下りろ。次の行き先は追って指示する。絶対に、通信は切るなよ」


 通信を聞いていたヴォルフは、すぐに宇宙船の進路を変更した。


 着陸の許可を申請するなど慌ただしい時間が過ぎ、エサルテカ星に着陸すると、荷物検査用の立派な車両が近づいてきた。宇宙船に乗り込んできた検査員は、黒髪のヒト族と猫型の有尾族、竜型の有鱗族の三人組だ。


 エサルテカ星は宇宙連合の主要国で、たくさんの物が持ち込まれる。その中には違法なものも混ざっていて、検査員が船ごとに見て回る。膨大な宇宙船が着陸しているので、船ごとの時間は限られる。積み荷の確認と、ざっと室内を見て回るだけなので、すぐに終わるはずだ。


 有尾族の検査員が、それぞれの個室などを調べている。ヒト族の検査員が、アタッシュケースに手をかけた。中身のチェックを想定しているため、プラスチックリングで止められているだけだ。

 

「開けるぞ」

 バチンと音を立てて、リングが切断された。

「書類か?」

 チラリと見えた限りでは、何らかの契約書のようだ。

「ケースが大きすぎないか?」

 確かに、契約書数枚に比べてケースが厚い。書類を挟んでいる隙間など数ミリで十分。

 有尾族と有鱗族の検査員も集まってきた。

「べ、別に、な、なにも、隠してないですよぉ!」

 声を上ずらせるシュンに、ヒト族の検査員が鋭い視線を送る。

「中は空洞だろ?」

 ケースを小突いて、音を確かめている。

「そろそろいいですよね? 僕たち、仕事の途中で」

「お前ら、運び屋なんだろ。・・ちょっと見ろ!! 外せそうだ」

 ケースの底部分を取り外し始めた。お客さんのものだというのに容赦がない。

「あぁ~ぁ~!!」

 シュンの情けない声など、検査員には聞こえていないようだ。

「やっぱり!! なにか隠されてるぞ!! アンプルだ。なんの薬か調べてくれ」


 有尾族の検査員がアンプルを掴み、飛行場の管制塔に向かっていった。

「そんな!! 怪しいものではないですよ!!」

 シュンの頬に汗がつたう。

「この中身を知っているのか!? ラベルも剥がされているし、持ち込み禁止の薬品かもしれない。この類いのものは、知らなかったでは済まされないんだ。大人しくしていろよ」


 管制塔から戻ってきた検査官は、たくさんの警官をつれている。

「持ち込み禁止の薬だ。捕らえろ!!」

「でも、それは、頼まれて!!」

「では、依頼主に連絡が取れるのか?」


「あの、すみません!!これって、どこに届けるんですか??」

「・・・・・・」

 情報端末に呼び掛けても、すでに通信が切れた後だった。

「ほら見ろ!! 閉じ込めておけ!!」


 いくら声を張り上げても聞いてもらえず、管制塔の牢屋に入れられてしまった。

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