第4話 女柏宮と一条家の菊姫
織姫に押し負ける形で女房がおろおろと
「織姫さま、さすがに強引すぎます」
「分かっているわ。お叱りは後からいくらでも。でも、こういう堅苦しい場所はいつだって前例がないってだけで通じないもの。だったら多少強引でも前例を作るまでよ」
ややして先を行く女房が足を止めた。
女房が畏まりつつ部屋の奥に告げる。
「
「おや、騒がしいと思うたら。織姫、入りや」
おっとりした声が
織衣は顔を上げ、あらためて場を確認する。
上座中央に、白地に蝶の紋様が浮き出た
そして左側には、若紫に菊紋様の小袿を着た目鼻立ちのはっきりとした女性がいる。まさに大輪の菊の花を思わせるのは──
織衣の姿を見るなり、千菊は冷ややかな表情を浮かべた。
「誰が強引に入って来たのかと思えば、織姫さまですか。今は私が宮さまにご挨拶申し上げております。近衛大将は武に秀で
「そうでしょうか? 割って入られたは、私の方でございます」
「はい?」
千菊がぴくりと片眉を上げる。織衣はしたり顔で頷いた。
「私の
「そのような
「まさか。しかし、それを言うなら、」
織衣は片ひざを立ててずいっと前に出た。
「宮さまと同じく、菊姫さまは
「……言うたな、五つ」
「そこまでじゃ。菊姫、
咲子の声が二人の会話をすくい取る。そして彼女は、あれこれ思案した後、静かに口を開いた。
「私の前で見苦しい言い争いはやめよ。菊姫、確かにそなたは織姫の言う通り、次乃舎で待たねばならぬ身。真っ先に私に会いに来てくれたことは嬉しいが、これでは下々の者が戸惑うのも分かる」
千菊が、気まずい顔で目をそらす。自分の立場を諭されて、思うところはあるらしい。が、それを素直に認めるのは彼女の
「それでは、私は今からでも次乃舎で待ちましょう」
「ならぬ。まあ座れ」
咲子がおっとりした声でありながらぴしゃりと言って千菊を見据える。その有無を言わせぬ強い口調に、千菊がはっと顔を強ばらせ、唇を噛みしめながら座り直した。
それを確認してから、咲子は今度は織衣に鋭い目を向けた。
「織姫、」
「はい」
「その立て膝を収めよ。およそ妃候補の姫君とは思えない」
背後で遠野が「姫、」と織衣をたしなめた。思い余ってのこととは言え、こちらも非礼が過ぎた。
織衣はさっと座り直すと、再び二人に向かって頭を下げた。
「失礼いたしました」
「うむ。歯に
「はい。理不尽な挨拶の序列に無駄を感じましたゆえ一言申し上げましたが、決して喧嘩を売りに来た訳ではありません。あらためてご挨拶申し上げたいと思います」
「ならば、もう少し待とう」
「?」
「失礼いたします。
「頼む」
女房がするすると下がる。確かに、
(女柏宮さまは、これを待っていたのか)
織衣が感心しきりに笑顔をこぼすと、咲子は満足げに頷いた。
しばらくして、三乃舎の姫と四乃舎の姫が現れる。三乃舎の姫は紅梅柄の小袿、四乃舎の姫は山吹の小袿だ。織衣は二人に場所を譲り、自分は末席に座った。
咲子が集まった姫君たちをゆるりと見回し、鷹揚な笑みを見せた。
「うまい具合に全員の姫が集まった。ちょうど良い機会じゃ。あらためて皆のことを教えておくれ。織姫、まずはそなたから」
「はい」
話を振られ、織衣は両手を床につく。
他の姫君たちが見守る中、織衣はゆっくりと口を開いた。
東宮さまは、決して妃を選ばない。~巻き込まれ宮廷恋愛絵巻~ すなさと @eri-sunasato
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