とあるマンションの玄関前で
近年の犯罪は、インターネットを介した手口が横行している。
2021年にデジタル庁が、遅ればせながら創設された。
しかし所管省庁は、経済産業省や防衛省に置かれなかった。
本来であれば、ブラックハッカーの取り締まりや、安全なインターネット環境の整備から始めるべきだが、危険性を放置したままにマイナンバー制度など使い易い道具を世に普及させている。
順番が逆なのだ。
近年増加傾向にある、狂暴・凶悪化する強盗事件には、秘匿性の高いSNSアプリが利用されている。
長年放置してきたツケが多方面で顕在化しつつあり、それも氷山の一角に過ぎないのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わたしはネット犯罪の取材を進めていた。
例えば闇バイトなどは、連日報道を賑わせている。
そうした分野は他社に任せて、現在顕在化している犯罪の現状を追っていたのだ。
取材を進める内に、とある犯罪プロセスが確立されている事に気が付いた。
昔から存在する詐欺の手法に、『原野商法』という物が有る。
嘗ての様に成金社長相手ならば、商談を装って近づくことも容易であった。
しかし昨今のターゲットは高齢の資産家であるため、従来なら接点すら無かった筈なのだ。
そこでネットが犯罪の道具として、利用されるようになった。
先ずはSNSで信頼関係を巧みに醸成させた上で、「貴方だけに」と持ち掛けるのである。
更に最近の傾向では、この先がワンセットで用意されているのだ。
次の罠が『不動産投資詐欺』だ。
最初の詐欺で多額の損失を抱えた高齢者に対して、善意の第三者を装って、別の業者が儲かる投資案件を持ち込む。
例えば、老朽化の進んだマンションを紹介する。
内装リフォーム代などは数十万円で、見栄えだけなら綺麗に見せられる。
更にはマンションの入居率や家賃設定を見せて、いかに利回りが良いかを説明する。
そして「二十年後には、『原野商法』で出した損失を埋められますよ」とこれが決め台詞となる。
そうした不動産仲介業者の免許番号の末尾は…(1)だ。
つまり免許更新の実績のない、作られたばかりの詐欺専用の法人なのだ。
近年はそうした裏情報を、アプリのアカウントごと取引されるのだ。
しかも取引から決済まで、全てが秘匿性の高いネット上で取引されて、真の黒幕は常に闇の中の存在だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カタ、カタ、カタ…。
パソコンで原稿を書き上げると、背をひと延びさせた。
昔から正義心を持って、取材に当たって来たものだ。
しかしネット犯罪を追っても悪人は雲を掴む様な存在で、尻尾を辿ることでさえ至難の業だ。
明確な悪の存在が暴かれない限り、読者の受けも悪い。
そんな折に、久々に嫌な空気感から頭痛を覚えた。
今いる小さなマンションは、一定期間の長期取材用に会社が借りたものだ。
二間続きで、内装も程良く綺麗に整えられている。
(まるで先程記事にしていた、不動産投資詐欺物件だな)
そんな風に思って、背後を見遣ると擦りガラス越しに高齢の男性の老人が、こちらを恨めしそうに見詰めると、フッと前に滑る様に歩み進むのを見た。
わたしは咄嗟に強盗の類だと思い、バットを握りしめると摺りガラスの引き戸を思い切り開いた。
バットを振り翳した先…そこには誰も居なかった。
わたしは当たり前のことに気が付いた。
その老人が進んだ先は、キッチンが有るだけで何処にも進む余地など無いのだから。
わたしは護身用の読経に加えて、お弔い用の経文も口にした。
やがて辺りに渦巻く“独特の”空気も正常に戻り、嫌な頭痛も軽減されていった。
翌日は朝一で会社の総務課に連絡を取って、このアパートの賃貸情報を送ってもらった。
その金額は、周囲の相場から比べると遥かに安い価格で契約されていた。
直ぐに契約先の不動産会社にアポイントを取ると、仕事道具一式を携えて外出した。
この小さなマンションは、中央を階段で仕切られて左右に一部屋づつ設えられている。
わたしは三階の南の部屋を取材期間中に使っていた。
毎日、中央階段を降りて外出する。
ただ本日に限って、真下の部屋の玄関前に盛り塩された桝が置かれていた。
長く滞在していたが、こんな光景は初めてだった。
(いづれ不動産業者で、何か分かるに違いない)
やがて不動産会社に到着した。
直ぐに免許番号を確認したが、まともな業者の様であった。
不動産会社の受付でアポイントの旨を伝えると、担当者が相談ブースに案内した。
昨夜の出来事は伏せて、あの物件の経緯を借り主の立場で聞いたが、どうも歯切れが悪い。
法人で契約しているので、身分を明かして取材に移ると、担当者は慌てたように席を立ち、社長室に入って行った。
やがて担当者が戻って来ると、直接社長が取材を受けるとの話であった。
社長室に入ると、応接用のソファーの席を勧められた。
そして取材が始まった。
簡潔にまとめると、あのマンションは詐欺の被害者から、専属物件として委託を受けたものらしい。
被害者のお年寄り、仮にA氏としておこう。
A氏はネットで高齢者用の無料講習セミナーを受けた後に、親しくなった投資アドバイザーから『原野商法』の詐欺に遭い老後の貯蓄を失った。
更に仲介の不動産業者に、例のマンションを投資物件として進められたそうである。
契約時には満室だった物件は、半年も経たない内に解約が続いて、賃貸契約者は誰も居なくなったのだと言う。
つまり住んで居たのは、全てサクラの住人だったのだ。
しかし、固定資産税などの支払いは容赦なくかかってくる。
止むを得ず自宅を売却し、自らあのマンションに引っ越したそうだ。
そこで初めて、マンションを地元の不動産業者に専属物件として委託したそうである。
当然家賃も相場の賃料に合わせて大幅に下げたが、直ぐに入居者が集まる訳も無いため、更に安い賃料で設定したのだと言う。
それでは利回りどころか、赤字が積み上がっていくのは目に見えていた。
ある日、A氏は頸を括った。
そこは、階下の『盛り塩』された部屋であった。
昨日は三回忌との事で、あの『盛り塩』を住人が置いたのだろうと言っていた。
事故物件は、その部屋に限って知らされるのが通例だ。
また
会社に戻ると総務課には経緯を報告して、契約解除をするように忠告した。
恐らく、契約解除費用を請求されることは無いだろう。
『とある記者の取材先で』短編集 (カクヨムコンテスト10【短編】※あとがき削除ver.) そうじ職人 @souji-syokunin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます