《読み切り》怨霊は幽霊どもを倒したい!

あばら🦴

《読み切り》 ミライの強い恨み

 ある六月頃の深夜。畠山ミライという男子高校生は、自室のベッドに仰向けとなってスヤスヤ眠っていた。

 すると、部屋のドアがキィィ……とひとりでに開く。入ってきたのはワンピース姿の少女であった。彼女の腰まである長い黒髪がゆらめく。顔を覆い隠す前髪によって、表情は外から窺い知れないが、静かに口角を上げていた。

 彼女はドアノブを掴んでいない。普通なら地に着いているはずの足もない。彼女の身体は脚の途中から徐々に透けて、膝下から先は見えなくなっていた。しかしそれでも彼女は脚があるままの高度で


 少女は人ならざるもの、幽霊である。

 幽霊が今、仰向けで寝るミライの足元のすぐ上に佇んだ。幽霊は腰を曲げて顔をずいっとミライの顔に近づける。

 ミライは違和感に苛まれて目を覚ました。


 目を開けてすぐミライが見たものは、殺気と快楽に満ちたどす黒い瞳だった。普通の高校生であるミライには殺気を感じることが出来ないはずだが、それでも自分を無事には済まさないであろうことを思わせる力があった。

 同い年くらいの見知らぬ少女の顔がすぐ前にあって、少女の長い髪が自身の顔や肩にかかっていて、そして少女は笑みを浮かべている。

 ミライは叫んだ───


「あ……っ、あぁ…………っ!」


 ───つもりだったが、一切声が出ない。さらに手足を動かそうとしても全く動かせない。

 金縛り、という単語が彼の脳裏に浮かんだ。

 ミライの恐怖が表情に滲み出るのと並行して、幽霊もまた快楽の表情を色濃くしていく。その狂気じみた顔にミライは身震いする。だがミライは恐怖に屈せず、明確な敵意を持って幽霊を睨んだ。

 しかし睨まれても幽霊は動じない。


「あははは……! そうでなくちゃね。だから君を狙ってたんだ……。君は、殺し甲斐がある」


 女幽霊は耳を塞ぐように、顔の両脇に両手を添えた。ミライの頭を挟む形となる。

 そこからミライの表情は恐怖から一転、苦痛に喘ぐ様相となった。目をガッと見開き、顔はこわばり、声が出ないことをわかっていながら叫ぶつもりで口を開ける。それはおよそ五分続いたが、ミライの体感では永遠に感じられた。

 その苦痛の五分間は、ミライの全身が跳ね上がるようにビクンと揺れたことを皮切りに終わりを告げる。

 ……そしてミライの心臓の動きは止まった。焦点の合わなくなった瞳は、どこか虚空に向けられたまま、閉じられることはなかった。


 事が終わってもしばらく体勢を変えなかった女幽霊だが、満足したようでふと身体を起こした。前髪が長いせいで外からは分からないが、恍惚とした表情を浮かべ、目はうっとりと三日月のように歪んでいる。

 女幽霊は快楽の余韻もそのままに、部屋に背を向けドアへと歩く……いや、足が途中から無いので『歩く』という表現はおかしいかもしれない。女幽霊は太ももを、まるで足があるかのように前後に動かしながら浮遊していく。

 そんな彼女を呼び止める声が発せられた。


「おい! 待てよテメェ!」


 声の主は他でもない、畠山ミライだった。短く跳ね上がった薄い茶髪の髪と、威圧感のある悪い目付きが特徴的だ。普段の目付きは普通なのだが、女幽霊を睨む時の目つきは鋭い。

 女幽霊は驚きはしたものの、態度や仕草に現れることは無い程度の小さなもので、さも日常で呼び止められた時のように、少しだけ身体を傾けて首だけ振り返る。

 部屋の中にはベッドから降りて立ち上がるミライの姿と、もう一つ、ベッドの上で仰向けで死んでいるミライの姿があった。


「はぁ……。なるほど。初めて見る……」


 女幽霊はボソッと呟いた。彼女はミライに何が起きたのか気づいたのだ。

 ミライは元々、やられたことは意地でもやり返さないと気が済まない性分であった。嬉しいことをされたら相手から断られても必ず恩を返すし、嫌なことをされたら必ずやり返す。そういう欲求は誰しもが持っているが、ことミライに関しては人一倍強かった。

 こうして、幽霊に殺された恨みで怨霊と化するほどに!!

 

 そんなミライの性格から女幽霊は殺す対象に選んだのだが、彼女にとってもそれほどとは想定していなかったし、殺した対象が怨霊になるケースも初めての体験だった。

 だからこそ、女幽霊は笑った。


「ふっ。あはははは……」

「テメェ! 何笑ってやがる! 俺に何しやがった!?」

「もう一回殺されてくれるのかな? 嬉しいね……」


 そう言って女幽霊は、曖昧に傾けるのではなくミライと正面になるように振り返った。


「こんの野郎……! ふざけてんじゃねえ!」


 ミライがそう吠えた時、部屋のあらゆる小物が風に煽られるように動き、タンスや机などもガタガタと揺れたが、彼はそれを気にしなかった。

 なぜなら意識が目の前の女にしか向いておらず、こいつをぶん殴ってやろうという気持ちしかなかったためだ!

 ミライは女幽霊に駆け寄って右の拳を振り上げた。


 ……が、女幽霊は身体を全く動かさずにその拳を受け止めてしまった。

 女幽霊の顔に近づいた拳がある地点で動かなくなってしまったのだ。邪魔をするなにかあるわけでもなく、女幽霊に掴まれているのでもなく、まるで空気が力を持っている感覚をミライは感じ取った。

 さらに、彼女は身体こそ動かしていないが、一部だけ動く部位があった。彼女の髪が重力に反してふわふわとなびいている。

 ミライは腕を力に任せてぶんぶん振るうものの、しかし彼の腕は微動だにしない。

 やけくそになった彼は左の拳で殴りかかるがそれも止められ、その次に右の足を蹴り上げたがそれも止められ、ミライは身動きが取れなくなった。

 嘲笑うように女はミライに一歩近づく。


「君じゃ私には届かない。何をしたって……」

「おいっ! どういうつもりだよ! 離しやがれ!」

「いいね。いいね。まだ威勢がいいなんて……。君のような人を殺す瞬間が、一番楽しい……」


 次の瞬間、ミライの身体はに押しつぶされていった。そのはミライの目には見えないが、確実にミライを押しつぶすがあった。

 戸惑いながら強い悔しさに悶えるミライ。女幽霊は前髪を少しだけ指で動かし、ミライはさっきまで隠れていた彼女の右目のみをはっきりと見た。

 女幽霊の愉悦に浸るかのような瞳からミライは察した。じっくりと、苦しむミライを見るために、右目だけ髪をどかしたのだと。


「ぎっ! ぐあっ! てっ、てめっ……!」

「あははは……! 君に目を付けてよかったよ……。君の悔しがり方は面白い。殺し甲斐がある……」

「ぐっ……! くそ……っ!」

「いくら悔しがっても、君は何もできない! 必死な人間を、力で押しつぶすのっ、あぁ、最高……! あぁはははは───」


 女幽霊が笑っている途中にミライの意識は途絶えた。



 ──────








「───ライ! ミライ! 起きて! ねぇミライ!」


 意識を取り戻したミライが最初に聞いたのは、母が自分を呼ぶ声だった。


(なんだよ母さん……。もうちょっと寝かしてよ……。今日はなんかだるいんだよ……)


 と目を瞑るミライだったが、次第にあの女幽霊との記憶を思い出す。


(変な夢だったな……。というかここ、床なのか? ベッドから転げ落ちたのかな。だからあんな夢を……)


「ミライ! ミライ! 聞こえる!? 起きてよ!」


(母さん、なんでそんなに必死なんだろう。いい加減起きるか……)


 と目を開けて身体を起こすミライ。母の方を見た彼は、母は自分に対して声をかけていたのではないことを知った。

 母は床に座るミライに背を向け、ベッドの方を見てミライを呼んでいた。

 何がなんだか分からないミライは立ち上がる。そうして気づいた。母はベッドの上で、目を見開いて横たわるミライに対して声をかけていたのだ。


「ミライ! しっかりして! ミライ!」


 と、母はミライの肩を揺さぶった。肩を揺さぶられてない方のミライは戸惑いつつ母に声をかける。

 だが、いくら母を呼んでもミライの声は届かなかった。まるで自分は居ないものだった。

 ミライは徐々に自分がどうなったのかを察し始めていた。あの記憶が夢でないことも。しかし、もうすぐで18歳になる少年には受け入れ難い真実だった。


「ミライ! ミライ!」


「だ、だから俺はここだよ、母さん……」


 うわ言のように言うミライ。意味の無いことなのは言う前から分かっていたが、望みを捨てる方が嫌だった。

 すると下の階からミライの父がやってきた。彼もまた立ち尽くすミライの存在に気づかない。


「どっ、どうしたんだ? あまね」

「あなたっ、ミライが、ミライが……!」

「ちょっと見せてみろ!」


 とベッドの方に駆け足で向かう父。

 その過程でミライと父の身体はぶつかった。

 ……のだが、父の身体はミライの身体をすり抜けていった。



 ──────



 ミライが殺されて一週間後。昼頃のこと。

 使われていないとある廃ビルの一室に、あの女幽霊が向かっていた。白いワンピースは薄暗い廊下に違和感を与えている。

 そして彼女は目的の部屋に辿り着く。

 部屋には人ならざる者が四体集まっていた。


 椅子に座る、頬の皮が異様な長さに伸びて垂れ下がっている、背の低い老婆。


 椅子に座る、肌が色素を感じないほど白く、ボロボロな服を着た、左目が肥大化している少年。


 壁に寄りかかる、両腕と首が普通のニ倍ほど長く、腕の関節も多く、両手に鉈を持った男性。


 あてもなく立つ、馬の前足と馬の首に、頭は人間の生首を取り付けただけのような見た目で、鼻は無く、口が長く横に裂けて鋭い牙が並んだ、異形の化け物。


 そしてもう一人。椅子に座る、どこにでもいるような服装をした、薄く笑みを浮かべる人間の女性。


 女幽霊も合わせて今この部屋には、五体の怪異と一人の人間が集合していた。女幽霊が言う。


「遅くなった……」

「全然大丈夫だよぉ」


 老婆がにこやかに言う。女幽霊を咎める声は出なかった。それを見て女幽霊が続ける。


「じゃあ発表会しようか……。みんな……この一ヶ月で何人殺した?」


 老婆が「アタシは8人だよ」と言う。


 少年は8つの指を上げる。


 男性が「オレは1人出来上がった」と言う。


 化け物が「なな……」と呟く。


 女性が「9人です」と言う。


 最後に女幽霊の番になった。


「私は15人……。みんな、おつかれ……。ふふふ……、あははは……っ、あっはははははは! あははははは───」


 女幽霊の笑い声が廃ビルの全体にこだまする。前髪に隠れた歪んだ笑顔で笑い続ける。


「あっははははははっ! あぁ、人を殺すのって、楽しい! 幽霊になれてよかった!!」


「あら……15人も大丈夫なのですか?」と女性が問う。「に目を付けられてしまうのでは?」

「大丈夫……。飛び回って色んなところの人間を殺したから……」

「お前こそ大丈夫なのかよ?」と今度は女性が、男性に問いかけられた。「ただの人間が一週間で9人もなんて」

「えぇ……。のわがままにも困ったものです。しかし私は上手くやっているつもりですよ」

「ならいいんだがなぁ」


 と、男性が言い終えると女幽霊は話を始めた。


「私たちはみんな、人を殺したい気持ちを持った、同志……。特怪トクカイの情報は共有しよう……。そして、ヤツらにバレないように殺そう! 平和に殺そう!」


 その後また廃ビルに女幽霊の声が響いた。


「たくさん殺そう! いっぱい殺そう! 楽しく殺そう!」



 ──────



 日を同じくして、特別怪異対策部のメンバーである二人の男女が、ミライの住む街にやってきた。

 歩いてしばらくして男性の方がとある異常に気づく。


「なぁ分かるか、吉井よしい

「何がですか?」

「とんでもない恨みを持った……、怨霊がいる気がする」

「うーーん……?」と吉井と呼ばれた女性は首を捻る。


 彼女はまだ歴が浅く、幽霊を見ることは出来るが、霊的な感覚を充分に研ぎ澄ませているとは言えないようだ。

 しかし男性の方は違った。


「例の幽霊の手がかりを探すつもりだったが……、対処しないといけないかもな」






 幽霊となって一週間。行く宛てもないミライは、自室でベッドに腰掛けながら、恨みを募らせていた。

 女幽霊はてっきりトドメを刺したものだと思っているし、本気で殺すつもりの出力だったのだが、予想を超えるミライの底なしの執念がギリギリのところで二度目の死を拒絶した。本気ではあったが全力ではなかった、女幽霊の落ち度だ。

 ミライの頭の中はある考えでいっぱいだった。


(あの女幽霊、絶対に許さねえ……!!!)

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