どうか気にしないでくれ。
牛戸見しよ蔵
本当に、ただそれだけのことだから
君、さっきからずっと僕の方を見ているだろう?
なんとなく分かるよ。
僕の手元を見ているだろう?
講義を聞きながらずっとノートを書き殴って一体何やってんだ、なんて思ってる。違うかい?
そりゃあ分かるよ。僕にも自覚があるんだから。
傍から見たら変だよね。さっきからずっと、教授のいる方に頭を向けながらノートに一度も目を落とさずペンを動かし続けているって。
多分これは人に見せられないなぁ。僕だって何を書いているか分からないからね。
けど、何でこんな事をやっているかなら分かるんだ。
この際、もし良かったら聞いてくれないか?
ああ、君の脳内に直接語りかけているよ。どこのゲームかは知らないけどね。
凡人と天才がいるよね?
急な話になるかもしれないがとにかく聞いてほしい。
僕は、人間は凡人と天才に分かれると思うんだ。
ここで言う天才は、「人生でたった一本の道しか見えていない人」ってこと。
凡人は逆に「複数の選択できる道が広がっている人」ってこと。
例えば真面目な性格にも天才と凡人がいて、「資格取得のために毎日◯時間同じペースで勉強できる人」が天才、「途中でダレる」のが凡人。
国語だったら「ほんの数行の言葉に幾千もの感情と背景を見出せる」のが天才、「言葉遣いと文の構成が気になってそれどころじゃない」のが凡人。
こう例えたら、凡人を悪く捉えるかもしれないけれど凡人は凡人で色んな道が見えてるから、天才と違って決まった一つの道に進まなくてもいいんだ。時には、いつもいる道をそれて別の道の天才になる可能性だってある。
そう、凡人だって何かの天才になることはあるんだ。
なら僕は「真面目な凡人」で「逃避の天才」かな?
……あはは。冗談だよ。こんなこと考えてる時点で僕が凡人だってことは明らかだろう?
そうだね。きっと僕は恐いものから目を逸らすためにノートを書き殴っているんだ。
自分が凡人で、周りが「何かの凡人でありながら天才」だって気づいたとき、「焦り」が湧いてくるんだ。来週発表があるだとか課題の締め切りが今日だとか、そういうのじゃない。
人間としての焦り。
「真面目な凡人」だから、他に何か斗出するするものもなく、かといって社会のルールから外れることもできない。
自分の殻を破りたいと思いながら、殻の中にいることを安堵しているんだ。独りで外に出るのが不安で不安で嫌で仕方ないから。
それが「焦り」になって見えてくる。
だから僕は今もこうやってノートを塗り潰しているんだ。
こうしてないと、何かで気を紛らわさないとどうにかなりそうでやってるんだ。
これで理解してくれたろうか? まあ別に理解したくてもいいだろうがね。
だから気にしないでくれ。
ペンはもうとっくに折れて血肉がノートを汚していたとしても。
君には痛々しく思うかもしれないがどうか気にしないでくれ。
そうせずにはいられないのだから。
さっき僕は「斗出」と言ったけど正しくは「突出」なんだ。
そうだとしても、ね。
まぁ、僕が脳に直接語りかけても君は聞こうともしないだろうね。何せ赤の他人だもの。
本当に、ただそれだけのことだから。
どうか気にしないでくれ。 牛戸見しよ蔵 @ox32
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