今日も無礼な姪の息子

ハナビシトモエ

老後の楽しみ

「おじさん、今幸せ?」

 私の自宅で遊びに来た姪の息子、博之が私に話しかけた。失礼なと言いかえそうにも最初に「率直に失礼承知で聞くけど」と言われて、了承した手前なんとも怒りづらい。


 麻雀をしている板はあいぱっどというやつで姪と博之が工面してくれた。たまに映らないテレビは水戸黄門と鬼平犯科帳と暴れん坊将軍を毎日流してくれる。コロンボが入る時はいつもより運転が早くなる。


「どうしてそんなことを聞いたんや」

 これくらいはいいだろう。


「今よりもきれいなテレビはいくらでもあるし、麻雀だってゲーム機を買えばテレビで出来るよ。水戸黄門も鬼平犯科帳も契約したらたくさん見ることが出来る。それにケーブルテレビを持ってきたら、サンテレビを見ることが出来ます」


 サンテレビはこの三十年難題だった。

 サンテレビとは神戸を中心に阪神タイガースの野球中継をしてくれるローカルテレビ局で、福本さんが解説をしているらしい。三十年前にこの家に来た時に工務店が一万円でサンテレビがつくと言ってくれたのに「一万円なんて大層な」と言って断ってしまったのだ。


 サンテレビが映れば今よりも幸せかもしれない。

 だが、私は寡黙な男。真面目実直で生きてきた。


「今更そんなこと言っても仕方ない。それよりも百万円の見通しはついたのか」

 博之は趣味で小説を書いている。当たれば百万円をもう二年言っている。元々本人もそう期待はしていないが、こうも言われてはこれくらいの反撃は許されるだろう。


「新人賞に三作出した。多分、当たらないと思うけど、今も作品作ってる」

 新人賞が何なのか博之に先日聞いたら、作家の登竜門と言われた。

 当たったら百万やで、一時所得払っても高級旅館で個室露天風呂やなどと最初は言っていたのに、最近はすんと大人しくなった。

「当たったら五十万」


 新聞を取っていないし、テレビは時代劇か野球なのでその他の情報がない。なので、博之が賞を取るかは博之が買ってくる雑誌でしか分からない。

 普段は寡黙なので、どんと構えているが、実は発表前になると気が気でない。


「おっちゃん取ったでー、おばちゃんも生き返ったでー」

 そう声を掛けられ、そんなアホな! と、思ったら布団の中だった。


「アホなことあるかいな」

 時計を見ると十二時少し前だった。玄関が開いた音がした。


「おっちゃん、あかんかったわ。一からまた頑張る」

 眠い目をこすりながら、寝室から顔を出した。

「まぁええ塩梅に頼んます」

「おっちゃん、パン食べに行こ。あの女の人がコーヒーいれてるとこ」

「わっふるか、そうしよか」

「おっちゃん、運動した方がええで。死ぬときにスッと死ねる」

 何を失礼なとは思う。体重が九十の男性に言われたくない。

 

 家で死ぬ大往生。

 これこそ最後の楽しみ。


「そう言えばさ、心臓や脳があかんやもう死ぬやなったらどうするよ」

「それはその時になってみな分からん」

「延命措置はする?」

「そりゃもちろん」

「退院出来ないかもよ」


 最大の楽しみが場合によっては叶わないらしい。


「まずは十分のウォーキング。老後の恋愛をさせてくれる。ええ女、デイサービスにおらんの?」

「うちは男性ばっかりや」

 博之は今日もやっぱり失礼だ。

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今日も無礼な姪の息子 ハナビシトモエ @sikasann

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