見る者、見られる者、堕ちる者
大将
煌びやかな街
高いビルの屋上。大きな満月が登る肌寒い夜に俺は下に広がる明るい街を眺めていた。
そこは絶対に俺が来る事ができない場所。
「……いや、絶対ではないな。でも今じゃない」
その街は眩し過ぎる程に煌びやかで沢山の楽しげな声が聞こえてくる。
誰もが憧れその街に行きたいと願い奮闘する。だが大半は光の裏にある影に呑まれ、跡形もなく消えていく。
そして命の灯火が消える間際に皆口をそろえて言うんだ。
こんなはずじゃなかった――と。
俺はそんな街を今日もビルの上から眺める。そして俺だけじゃない。街に建っている全てのビルで、見知らぬ人がその街を見下ろしているのだ。
「あなたは最近見始めた方ですかな?」
突然、背後から声を掛けられる。振り向くと四十代前半と言ったところか。少し中年太りでお腹が出てきた男がにこやかに手を振りながら俺の隣に立った。
「……そうですね」
「初めて~って感じが出てますよ。あ! 悪い意味とかではないですからね!」
気を使ってくれたのか、慌てた様子の男。だがそんな事など気にしていない。街の方があまりにも綺麗だからだ。
「ところで……あなたは誰が好みですか?」
チラリと男の方を見ると、まるで在り来りな物語に出てくる商売人のようなに両手を擦り合わせながら笑顔を向けてくる。
俺は視線を戻すと、ずっと眺めていた場所を指す。
数十名の男女が、広い空間に集まり各々好きな事をしている。
「ほほ~あそこを見ていたんですか!実は僕もあそこを見るのが好きでしてね。 ここは見やすいんですよね~!」
そう言いながら男は半身を手摺りより乗り出し、その空間を見下ろし始めた。
「ところで、あなたは誰が好みとかありますかな? 僕はあの子が好きでね」
「いや、俺はまだそう言うのが無くて……。それに誰かを見たいって言うよりかはあそこ――」
俺が言い切る前に男が急に声を荒らげる。何かを見つけたのか、背伸びをして今にも落ちそうな程に身を乗り出す。
「何で……あの子がアイツと一緒にいるんだ! あれ程組んではダメだと……!」
「いや、あれは一緒ってよりは他の人とも組んで――」
「うるさい黙れ!!」
怒号にも似た声で俺の声を遮る。男の方を見るとさっきまでの優しい顔は消えて、まるで鬼のように顔を赤くして睨んでいた。
「悪かったよ……」
「もういい。あの子が私の言う事を聞けないのならこれでさよならだ!」
男はそう言うと、おもむろにポケットから財布を取りだし一番高価な紙幣を一枚、彼女へ向けて飛ばす。
だが彼女はそれを二本の指で捉えると、投げてきた男に向かって投げキッスを放った。
彼女は腕を組んでいた男と距離をとると、再び煌びやかな空間へと戻っていく。
「これでいい。僕だけ見て僕の言う事だけ聞いてれば良いんだ! だが悪い事をしたのは事実。この疑惑は皆に伝えねばなるまい!」
「落ちたら危ないですよ?」
俺の忠告など耳に入っていなかったのか、男は手すりから勢いよく飛び降り、煌びやかな街へと落ちて行く。
その姿を見て俺は思わず口元が緩む。
「あーあ、優しそうな人だったのに……堕ちたんだね」
男の体は煌びやかな街へ落下する事はなかった。体が街や彼女達が楽しむ空間をすり抜け、更に下へと堕ちていく。
真っ暗な中で、薄暗く光る眼がいくつも漂うように見える。
まさに――深淵。
「そこに堕ちると大変なのに。その場所に溶けるか、気付いて無理にでも這い上がるかしか道がないよ」
男は真っ暗な空間に適応するかのように、特徴的だった体は影のように暗くなり底へと沈んでいく。 そして他の影と同じように、煌びやかな空間へと手を伸ばす。
助けを求めるように。同じ場所へ引きずり込もうとしているように。
「まぁ俺が見てるのは彼女達もだけど、そんなあんたらも見てるんだよ」
俺は沈んで見分けがつかなくなった男が居るであろう場所に小さく微笑みながら手を振った 。そして手すりから離れると自分の居場所へ帰るために屋内に入る。
「いつかあそこに……辿り着けるか、もっと下に堕ちるか」
ビルの螺旋階段を降りながら自分の未来を想像する。煌びやかな街を歩く姿と、堕ちて男のように影となって手を伸ばし続ける姿。
少なくとも、今のどっちも見下ろし続けるだけよりはマシだと心の底から思った。
見る者、見られる者、堕ちる者 大将 @suruku
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