第13話 オリエンテーション一日目

一行は島の内部を歩きつつ、拠点を作れそうな場所を探す。

水音を頼りに数分ほど歩くと、小川の近くに出た。

沢のようなその場所の近くは魔物や危険そうな動物の気配もなく、小鳥の鳴き声だけが微かに響いている。

「わあ、綺麗な場所ね!」

「だな。川もあるし、ここら辺でいいんじゃないか?まあ、飲める水かどうかはわかんねぇけど」

オルフェンがそう言うと、マヤは川に近付き、すっと手のひらを水につけた。

「? なにしてんだ?」

「…微かに、ですが、魔力を感じます…、たぶん、上流か何処かに、学園が設置した、浄水装置が、あるの、かも、です…」

「…魔力を?」

マヤの発言に困惑するオルフェンとアルベルトを見つつ、レベッカは腕を組んで自慢げな顔で解説する。

「マヤの一家は代々ウォル村で神子みこをやってるのよ。だから魔力に敏感ってわけ!」

「そ、そんな…私、まだまだ修行中の身で…!」

顔を真っ赤にし、両手を横にぶんぶん振りながら否定するマヤ。

レインはそんな彼女の側に寄ると「すごいすごい」と言いながらマヤの頭を撫でた。

それを見ながらオルフェンはレベッカに聞く。

「レベッカとマヤは元から知り合いなのか?」

「そうよ。お父様のウォル村視察に着いていった時に一緒に遊ぶ仲で、いわゆる幼馴染みってやつ」

「へえ」

「まあとにかく。水質に問題はないみたいだし、この辺りに拠点を構えよう。で、提案なんだけど」

アルベルトは一同を見回す。

「島は広いから、一人が拠点作りをして、残りは二人一組に別れて島内を探索するっていう形を取りたいんだけど、どうかな?」

「拠点、一人で作るの、大変じゃない?」

レインの問いにアルベルトは笑顔を返す。

「拠点作りっていっても、そんなに複雑なことはしなくて良いよ。最悪寝床があればいいわけだし」

「了解。…じゃあ、戦闘に自信がある俺とレインは探索係がいいか?」

「あたしも探索係がいいわ。寝床とか作るの難しそうだし。マヤは?」

「わ、私…あの…えっと…」

レインは相変わらずマヤの頭をぐりぐりと撫でながら言う。

「マヤ、拠点係になったら、ひとりぼっち。魔物とかくるかも。大丈夫?」

「え、ええ!?ぴ、ぴえぇ…っ!…た、探索係がいいですぅぅ…!!」

アルベルトは苦笑いしながら「わかったよ。僕が拠点を作る」と返した。

「じゃあチーム分けだけど、戦力を均等にしたいから、オルフェンとレインは別チームの方がいいと思う。…問題は、レベッカとマヤがどっちと組むかだけど…」

言いつつ、全員の視線はマヤに注がれる。

マヤはきょどきょどと視線をあちこちに巡らせた。

「わ、わた、わた私、お、おと、男の子と、お話し、した、こと…なくって……!!」

あわあわと慌てるマヤを、レインがぎゅっと抱き締め、あやすようにぽんぽんと背中を叩く。

「大丈夫。わたしと組もう」

「は、はい…!よ、よろしく、お願いします…!」

オルフェンとレベッカはため息を吐いて、互いを見る。

「…決まりみたいね」

「だな。よろしく」


そうして、オリエンテーションの一日目が始まったのであった。





数時間後。


オルフェンとレベッカは森の中を歩いていた。

時折現れる雑魚敵を処理しつつ、二人は会話しながら辺りを探索する。


「…オルフェン、あんたとレインってどういう関係なの?」

ゴブリンを倒した後、魔石ジェムを拾いつつレベッカはオルフェンに問うてみた。

オルフェンは少し考えてから口を開く。

「なんつーか、ちょっと複雑なんだけど…。俺は生まれてすぐに両親が死んだらしくて…んで、知り合いの知り合い?の家に引き取られて、俺が8歳の時にレインも引き取られて~…みたいな…」

「ふぅん…」

指先で魔石ジェムを弄びつつ、レベッカは相槌をうつ。


刹那。


「っ、危ない!」

「きゃっ!?」

オルフェンはいきなりレベッカに飛び付いて、彼女を地面に押し倒す。

二人の顔が、鼻先が触れそうなほど近づく。

「ちょ!?いきなり何…」

レベッカが顔を真っ赤にして文句を言おうとした瞬間、彼女の背後にあった木の幹にバチンッと電気の弾が被弾した。

そこまでの威力はなさそうだったが、木の表皮が焦げ、プスプスと煙が昇る。

…直撃していたら、丁度レベッカの頭の辺りに当たっていただろう。

「え、え!?なに…?」


「…あーあ、惜しかったな」

そんな声とともに、茂みの奥から誰かが出てきた。

柄の悪そうな男子生徒だ。手には黄色の魔石ジェムが嵌め込まれたライフル銃を持っている。

「…お前が撃ってきたのか」

オルフェンが立ち上がりつつ男子生徒を睨むと、彼はニヤニヤ笑いを浮かべたまま「ご名答~、まさか避けられるとは」と返答した。

一瞬動揺したレベッカも、すぐに強気な態度に戻り、上体を起こしながら男子生徒に吠える。

「あんた、なんのつもり!?あたしを魔物と間違えたわけでもなさそうだし…!何が狙いなのよ!!」

「けっけっけ…、狙いなんてひとつに決まってんだろ?」

ライフルの銃口で、彼は押し倒されたときの衝撃で地面に散らばった魔石ジェム達を指す。


「お前らが集めた魔石ジェム、全部寄越しな」

「なっ…!!」

「…自分で集めたらいいだろ」

「けけけっ、そんなん効率悪いだろ?お前らカスどもはちまちま魔石ジェムを集めて、俺みたいな上流階級はそいつらから搾取する。これぞまさしく社会ってわけよ」

「カス…!?っ、絶対許さない!!」

レベッカは立ち上がり、怒りで顔を真っ赤にし武器に手をかける。

が、オルフェンは左手で彼女の肩を軽く叩き制止する。

「待て。むやみに動くと危険だ。…どうせ、お前ひとりじゃないんだろ」

「え?どういうこと?」

「あいつの武器はライフル。遠距離系だ。それに、何度も撃ってこない所を見るに連射はできないみたいだな。なのに俺ら二人の前にのこのこ出てきたってことは、よっぽど体術に自信があるか、もしくは…」

言いながら、オルフェンは小石を拾い、男子生徒の横の茂みに向かって投げた。

「いてっ!!」

「…やっぱり。お前らみたいな卑怯者のやりそうなことだ」

読み通り、茂みからおでこを抑えた男子生徒がこちらを睨みながら顔を出した。

彼は小型のナイフを握っている。

ライフルを持った男子生徒はちっ、と舌打ちしつつも「関係ねえ!やっちまえ!」と賊のような指示を出し、ナイフを持った生徒と、茂みからもう一人、サーベルを持った男子生徒が飛び出し、襲い掛かってきた。

「はあっ!」

オルフェンは剣を抜き、襲い掛かってきたサーベルを持った生徒と鍔迫つばぜり合う。

「ぐっ…」

力押しでは敵わぬと悟った相手は一歩引き、オルフェンの足元を薙ぐように剣を横に振る。

オルフェンは後ろに飛びのいてそれを避け、追撃をしてきた相手の剣先を自身の剣先で受け止め、すかさず右足を振り上げて相手の手元に蹴りをかました。

「うぉっ!?」

予想外の攻撃に、男子生徒はサーベルを取り落とす。

オルフェンはその一瞬の隙に、相手のみぞおちに膝蹴りを叩き込む。

「がはっ…!」


一方、レベッカはナイフを持った生徒と戦っていた。

「うりゃあ!!」

「うっ…!」

男子生徒はナイフを振り上げ、レベッカに果敢に切りかかる。

ハンマーを片手に握ったレベッカは、攻撃を避けつつ反撃の機会を伺っているが相手の動きに隙を見出せずにいた。

相手の振るったナイフが彼女の髪の先に当たり、切れた赤髪が数本、宙に舞う。

瞬間、ライフルを持った生徒がレベッカに向けて銃口を向け、電撃を放った。

冷や汗をかきつつ、レベッカはそれを紙一重で避ける。

「きゃっ!!」

しかし、避け方が悪かったのか足を滑らせ、レベッカは尻もちをつく。

「ぎゃはははは!」

男子生徒はその一瞬を見逃さず、ナイフを振り上げる。

「…っ!」

切られることを覚悟し、レベッカはぎゅっと目を閉じる。

…が、いつまでも痛みは襲ってこない。


疑問符を浮かべながらゆっくりと目を開く。

「…オルフェン!」

「レベッカ、大丈夫か!?」

振り上げられたナイフを、二人の間に割って入ったオルフェンが剣で受け止めていた。

レベッカは頷き、ハンマーを握り直すと、男子生徒の膝を思いっきりぶん殴った。

「いっってぇっ!!」

「ふんっ!」

男子生徒が怯んでナイフを落とした瞬間、オルフェンは剣を下げ素手で顔面をぶん殴る。

そのまま、相手は白目をむいて気を失い、その場に倒れた。

「…くそ!なんだこいつ…!?」

ライフルを携えた男子生徒は冷や汗をかきつつ、二人に背を向け逃げようとする。

「逃げるな!!」

だが、レベッカはそれを許さず、男子生徒を追いかけハンマーで後頭部を殴る。

「ぐあっ!?」

殴らせた生徒は大の字で倒れる。オルフェンは倒れた生徒に近寄り、「…死んではないみたいだ」とレベッカに告げる。

「それより、見ろよレベッカ」

オルフェンは男子生徒の持っていた麻袋を持ち上げる。

結構重そうなその袋は振るたびにじゃらじゃらと音がする。

「こいつらが集めた魔石ジェムだ。結構あるみたいだけど持ってくか?」

「いらないわよ!それ持ってっちゃったら、あたしたちもこいつらと同じになっちゃうじゃない」

「だな」

レベッカの返答を気に入ったのか、袋を置きながらオルフェンはニコニコと笑う。

「…それじゃ、また襲ってきたら大変だから、こうしておきましょ」

レベッカはにっこりと笑い返し、ナイフを持っていた男子生徒のブレスレットを外す。



三人分のブレスレットを外し、元から持っていた魔石ジェムを拾い集めた後、二人は一度拠点に戻ろうと歩き始める。

「…そうだ、レベッカ。さっきこけてたけど大丈夫か?」

「え?え、ええ…。あれくらいで怪我するわけないじゃない」

ぷいっと視線を逸らしつつレベッカはそう返す。

「…待て、レベッカ」

「何よ?」

呼び止められて足を止めると、オルフェンはすっと手を伸ばし、レベッカの右頬を指で拭う。

「泥ついてたぞ」

「……!!」

レベッカは赤面し、「きっ…、気安く触らないでよね!」と叫んで速足で歩きだした。

「あ、悪い…」

謝罪するオルフェンを振り返らず、レベッカはすたすたと歩く。

が、不意に立ち止まり、ぼそっと呟くように言った。

「…ありがと」

彼女の表情は見えないが、その耳は真っ赤に染まっている。

「え?」

「何でもないわよ!早く行きましょ!!」



一方その頃。


「あ、待ってください、レイン…!」

レインがマヤの声に足を止め振り返ると、マヤは背伸びして木の実を採取していた。

「マヤ。さっきも木の実とってた」

「な、何度もすみません…!でも、この木の実は糖度が高くて、とっても甘くて、煮込むとお砂糖なしでジャムになるんです…!」

探索を始めてすぐ、マヤはこの島の山菜や木の実にとても強い興味を示し、すでにマヤの両手は様々な食材でいっぱいになっている。

「詳しいね」

「え、えへへ…、…私、食べることと、お料理が好きで……、あっ!すみません、聞かれてもないことを…!」

「ううん。マヤのお話好きだよ」

「すっ…!?あ、ありがとうございます…」

木の実の採取を終え、マヤは小走りでレインに駆け寄る。


並んで歩きながら、二人はぽつりぽつりと雑談をする。


「マヤ。魔力を感じられるって、レベッカが言ってた」

「え、ええ、はい…。まだ修行中で、集中してやっとできる、くらい、です…けど…」

「じゃあ、集中したら、魔物の気配もわかる?」

マヤはうーん、と少し思案しした後、静かに首を横に振った。

「気配、わからない?」

「…わからない、というか、…魔力を、感じはするんです、けど…」

ちらりとレインの方を見る。

「……レインから出てる、もっと強い魔力で搔き消えてる…って、いうか…」

「わたし?これのせいかな」

レインは魔石ジェム数個と自身の持っている剣をマヤに見せる。

しかし、マヤは複雑そうな顔をしてまた首を横に振った。

「ううん…、魔石ジェムっていうよりも…レイン自体から、強い…なんていうか、まるで……すごく、強いまも…」

言いかけた瞬間。


「うわああああ!!」

「ぴ、ぴえええ!?な、ななななんですかああ!?」

突然聞こえた叫び声に、マヤはレインに縋りつく。

レインはマヤの頭をよしよしと撫で、声の聞こえた方を見る。

「あっちから聞こえた。行ってみる」

「え、ま、待ってください…!」

止めるマヤにかまわず、レインは声の聞こえた森の中へずんずん進んでいく。

マヤも少し迷った後、半泣きで着いていくことに決めた。



少し歩くと、川のそばに少し高めの崖のようになっている場所があった。

レインは崖下を覗き込む。


「……ヴァレリー」

「なっ!なんだよお前ら!?笑いに来たのか!?」


崖下では、島に到着した直後にこちらを嘲笑っていた少年、ヴァレリーが尻もちをついた状態で半分川に浸かっていた。

「なにしてるの?入浴?」

「なわけねぇだろ!?…落ちたんだよ!クソッ!!」

ヴァレリーは持っていた両手剣を杖代わりに立ち上がろうとしているが、川底が滑って上手くいかないようだ。

レインはぴょんと崖から飛び降り、難なく着地するとヴァレリーの傍に寄った。

マヤも彼のことが心配なようで、怖がりながらも一旦荷物を置いて恐る恐る崖を降りる。


レインはヴァレリーに手を差し出すが、彼はむすっとして「手助けなんかいらねぇ!」と突っぱねる。

マヤもよたよたと歩み寄るが、水草で滑って「ぴえっ!?」と悲鳴を上げて顔面から水面に突っ込む。

レインはマヤを助け起こすためにしゃがみ、そこでふと気づく。

「…ヴァレリー、足、怪我してる」

「あっ、ほんと、ですね…!」

ヴァレリーの右足のくるぶし辺りに打撲のような腫れがあり、よく見ると彼の全身の至る所に小さな傷ができている。

「落ちた時に?」

「…いや、……襲われたんだよ、他の生徒に」

彼はバツの悪そうな顔をし、視線を逸らしながら言う。

「あいつら、ルールにないからって他人が集めた魔石ジェムを強奪して回ってんだ。…オレの集めた魔石ジェムもあいつらに盗られちまって…クソッ!」

バシャン、とヴァレリーは水面を強く叩き、マヤはビクッと肩をはねさせる。

「そ、そんな、酷い人が、い、いるんですか…?」

「ああ…。わかったならもうどっか行けよ」

マヤはその言葉にふるふると首を横に振る。

「い、いいえ!怪我してる人を…見捨てて、行くなんて…!!」

「そうだね。手当しなきゃ。ヴァレリー、一緒にわたしたちの、拠点に行こう」

「はあ!?誰がお前らなんかと…」

言い終わらないうちに、レインはひょいっとヴァレリーを担ぎ上げ、彼の両手剣を抱え、ジャンプで崖を上る。

「うわっ!?なんだお前!?降ろせ!降ろせよ!!」

「マヤ、自分の荷物持って、ついてきて」

レインはそれだけ言うと、暴れるヴァレリーに対して眉一つ動かさず歩き始めた。


「……す…すごい…」

マヤは息も絶え絶えに崖を上り終え、レインの背中を見ながら小さくそう呟いた。

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2024年12月24日 20:00 毎週 火曜日 20:00

MILATE-少年と竜の魔物語- ほかほかアマゾネス @hokazonesu

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