第13話 動き出す陰謀

 視界を奪ったとはいえ、グレーテのセンスがあればこちらの動きを予測したり、気取られて対応される可能性はある。万に一つも油断はできない。


 上から叩きつけるように、刃を出したままの自在剣ネオブレードを投げつける。と、思った通り、彼女はそれを機巧槍剣オートエクスパンダーで弾いた。目が見えない分、音や空気の揺れで位置を把握したのだろう。やはり侮れない。


 俺はその間にも自在剣ネオブレードと一緒に投げていた吊針スティンガーを使って、素早く彼女の背後に移動する。本当はまだ使いたくなかったが、使えば勝てる試合をむざむざ落としたくはない。大人げないが、ここは出し惜しみなしでいく。


 一瞬遅れて、気配を感じたのか彼女が振り返ろうとするその前に、その小さな背へ銃口を向けた。この至近距離なら避けられはしないだろう。もし避けられるとすれば浮走靴エアフローターだが、視界に頼れない状況で浮走靴エアフローターはリスキーすぎる。それならここで彼女が取り得る最善手は……情操ホロウ

 俺はそう読んで、銃口を彼女の背に押し当てたのだ。すると、銃口を伝って彼女が纏おうとした情操ホロウが俺の方にも流れてくる。情操ホロウが無駄に流れていることは、彼女にも感覚的にわかるのだろう。彼女がはっと息を吞むのが聞こえた気がした。


 今から自滅覚悟でフローターに切り替えても、もう遅い。俺の自在砲バリアブルアサルトはフェイクのために、引き金を引かなくても弾丸を撃ち出せるようになっている。

 射出されたエネルギー弾が勢いよく彼女の胸を貫き、心素エモコアが破壊された。心素エモコアは感情の源泉でもあり、意識中枢でもある。ここを傷付けられると意識を失ってしまうのだ。とは言っても、一定時間で回復するので死にはしない。


 意識を失った彼女は、そのまま膝から崩れ落ちた。

 心素エモの流れをモニターしていた判定システムが、グレーテの意識消失フェインテッドを競技場内へ宣言する。俺の勝ちだ。



 医務室へ運ばれるグレーテの姿を見届けて、観衆の嘆息を浴びながら、俺も念のため医務室へと向かった。


 試合の後は医務室で軽く検診を受ける。見た目では大きな傷を負っていなくても、試合での見えないダメージが原因で後に死に至る場合もあるからだ。

 奥の方で治療を受けているグレーテの方は、聞こえてくる限りでは大事はなさそうだ。痺れも瞳孔の開きもしばらくすれば収まるだろうし、彼女に大きな傷を付けずに勝てたことは、素直に良かったと思う。


 最後の一撃もただのエネルギー弾ではなく、感素の核を目がけて放たれた感覚攻撃メンタルブレイク。外傷にはなっていないはずだ。

 試合では命を落とすこともあるために、トドメは意識消失させる感覚攻撃メンタルブレイクが推奨されている。心素エモは傷つける対象を制限できるため、こうして狙って外傷を与えないようにもできる。だが、試合中はそこまで威力をコントロールしながらの戦闘は難しく、外傷を与えてしまうことも少なくない。そのため、相手に致命傷を与えさえしなければ傷つけることは許容されていた。



 俺は異常なしの診断を受けて、グレーテより先に医務室を出た。


 グレーテの勝利を見に来ていたであろう観衆たちと出くわすのは、あまり気持ちのいいものではない。制服に着替えた後、彼らが帰るまで競技場の更衣室でしばらく時間を潰すことにした。


 すると、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。こんなところまで何の用だ? 今日は雪花スノウリリィでの条件戦レギュレーションチャレンジはないはずだし。


「あー、やっぱりここにいた」


 足音の主はレイだった。彼女もこの試合を見ていたらしい。その後ろから双子の姉のロレッタもちらと顔を出す。


「おい、ここ男子更衣室だぞ?」


「ひゃあっ、ご、ごめんなさいっ」


 ロレッタは赤くした顔を手で覆い隠したが、指の隙間からちらちらとこちらを窺っている。妹と違って上品な人だと思っていたが、意外にも異性の空間に興味津々らしい。


「大丈夫だよ、クロしかいないし」


 レイの方はと言えば、当たり前のようにベンチに座り込んでいた。こいつはむしろ、着替え中の男子がいても平然としていそうだから困る。


「こんなところまで何しに来たんだよ、お前ら」


「勝ったのに歓声も上がらない可哀そうなクロに、あたしたちだけでも労いの言葉をかけてあげようと思ってね」


「ほっとけ。お前らだって、グレーテが勝つと思ってた口じゃないのか?」


「いやいやぁ、あたしとしてはクロはグレーテちゃんをギリギリまで追い込んで、手の内を暴くつもりだと思ってたから。思った通り、おかげでいいもん見れたもんね。グレーテちゃんの戦い方、初見だったらちょっとやられてたかもだし」


 たしかに超近接型のレイでは、対策なしであの槍術を搔い潜って距離を詰めるのは難しいだろう。それに加えて相手も浮走靴エアフローター持ちとなれば、機動力のアドバンテージもない。


「その点、ロレッタの方がグレーテの相手はしやすいか?」


「え、いや、わたしなんて全然……。たぶん、簡単に距離詰められちゃいますから……」


 彼女は序列で言えば俺たち三年でも上位に位置する。潜在能力は高いのだろうが、如何せん結果が出ていない。恐らく戦闘のセンスという意味ではレイの方が上だ。だが、前衛がいて後衛に専念できる時の彼女は無類の強さを発揮する。そろそろ一人でも頭角を現してくるんじゃないかと警戒しているのだが……この様子だと、まだ先になりそうだ。


「そんなことより、だよ。最近どうしたの? ケンカした?」


 それはもしかしなくても、ヘザーのことを言っているのだろう。周りには、ヘザーとは恋人関係であると公表しているので、皆もそう思って疑わないようだった。


「ケンカしたわけじゃないけど……まあ、色々あるんだよ」


「……もしかして、フラれた?」


「フラれてねえよ。……とりあえず、今のところは」


 あれをフラれたと捉えるのは少し違うだろう。だが、表向きの関係も破局へ向かっていることは否めない。俺と彼女の関係がこれからどうなっていくか、俺にもまだわからないのだ。


「クロードさん。最近のヘザーちゃん、何か悩んでいるみたいでしたから、お話聞いてあげてくださいね?」


「そうしてみるよ。ありがとう」



 二人が更衣室を出ていった後で、少し時間を空けてから、俺も競技場から出た。ようやっと観衆は出払ったようで、人はほとんど残っていない。残っているのは後処理をしてくれている星遊会アミューズの学生と、雪花スノウリリィ寮の学生くらいだった。


 変に絡まれないようにそそくさと静藍ラズライト寮へ戻ると、部屋の郵便受けに一枚の紙が差し込まれていた。何だろうと思って広げてみれば、その内容は予想の斜め上を行くものだった。


“新星杯の一回戦で棄権せよ。さもなければ、お前の大切な人の命はない”


 乱雑な字で書かれたその書面を穴が開くほど見つめ、様々な憶測が頭の中を飛び交う。


 大切な人……って、誰のことだろう。表向きには恋人ということになっているヘザーか? 師匠であるアストさんやフランさんも大切な人だ。そこまで掴んでいるとは思えないが、俺の“主人”も俺にとって大切な人に当たる。……誰が狙われる?


 棄権したとしても、この声明の言う通りに俺の大切な人が狙われない保証はない。だったら犯人を捜す方が手っ取り早い。


 この件は一度アストさんやフランさんにも伝えて、犯人捜しを手伝ってもらった方が良いか。彼女ら上級生なら、俺が新星杯ノヴァに出ている間も自由に動ける。お願いするのは申し訳ないが、実力的にも適任だと言えるだろう。


 俺の“主人”には……事後報告でいいだろう。もしかしたら、“主人”を特定するために鎌をかけているのかもしれない。彼女のことについては、用心するに越したことはない。

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