第12話 模擬戦

 あれからしばらくして、今日が新星杯ノヴァのエントリー最終日。

 今日の放課後、雪花スノウリリィ寮が管理する雪花競技場スノウリリィ・スタジアムにて、グレーテと模擬戦をする約束になっていた。


 あの日、部屋に戻った時にはヘザーは既に自分の部屋に戻った後で、部屋には置手紙の返事が残されているだけだった。それ以降、ヘザーとはほとんど会話らしい会話をしていない。なんとなく気まずくなって、顔を合わせても、挨拶を交わす程度だった。

 一応、今日グレーテとの模擬戦があることはメッセージで連絡しておいた。観に来てくれるかどうかはわからないし、彼女が観たいのかどうかもわからないが、俺としては、彼女には見に来てほしいと思っている。グレーテのような、家にも才能にも恵まれている相手をどう叩きのめすのか、見届けてほしかった。



 時間になって、俺はトレーニングウェアに着替えて競技場内へ入る。普段は条件戦レギュレーションチャレンジで使われている各寮の競技場だが、この時間は使用申請を出している。観客も学生に限られるが、思ったよりも大勢の観衆が押し寄せていた。

 それもそうか。彼女は一年生首席にして、アンジェリカさんの妹。誰もが注目している。彼女の実力を、上級生に対する彼女の鮮やかな勝利を。この中に、俺が勝つことを望んでいる者がどれだけいるか。それでも、俺は彼女に勝ちたい。


 対するグレーテは、彼女に向けられる大歓声に大きく手を振って応えている。姉にそっくりだ。

 アストさんはアンジェリカさんに負けた。だけど俺は、アストさんの弟子である俺は、アンジェリカさんの妹に勝つ。


「クロードさん、今日はよろしくお願いしますね」


「こちらこそ」


 決められた開始位置に立つと、所定の時間になり、競技場内にブザーが鳴り響く。開始の合図だ。


 合図があってすぐに、互いに武器を取り出した。俺は一般的によく使われる汎用型の刀剣デバイス・自在剣ネオブレード。柄の先は何もなく、心素エモを流し込むと、そのエネルギーが擬似的な刃を形作る。流し込む量によって刃の長さ、耐久力、切れ味などを調節することができる代物で、個人的には使い勝手はかなり良い武器の一つだ。


 向かいのグレーテが取り出したのは、少し長めの銀色に輝く棒状のもの。グレーテが心素エモを流し込むと、それはひとりでに形を変え始める。棒状の柄が伸びて、柄の先には心素エモでできた幅広の刃が現れる。それを見て、観衆も一気に沸き立った。


「……機巧槍剣オートエクスパンダーか。珍しいものを使うね」


 機巧槍剣オートエクスパンダー――心素エモを動力として、自動でその形状を変化させる武具だ。伸縮する柄を操って広い間合いを制し、自在剣ネオブレードと同じように切っ先は強度や形、切れ味を自在に変化させられる。形状の維持や自在な変形にはかなり高度な技術が必要だとされ、到底 入学したばかりの一年生が扱えるような代物ではない。こんなところでも、才能の片鱗とやらを見せつけてくるのか。


「行きますよ~!」


 槍の形態をとった機巧槍剣オートエクスパンダーを構えたグレーテが地面を一蹴りすると、俺との距離が一気に縮まる。浮走靴エアフローターか。高速移動をすぐにフローターと決めつけるのは良くないと、フラン先輩との一件で学んだはずだったが、やはりまずはフローターを疑ってしまう。


 槍を用いた俺の間合いの外での高速戦闘。高速戦闘自体はアストさんとの稽古でそれなりに立ち回れるとは思うが、槍の間合いは厄介だな。


 槍でもありながら切っ先は片刃剣のようになっており、斬ることにも長けている。グレーテは突くというより、長い間合いから振り下ろして俺の剣と打ち合っていた。

 柄が長ければ、振り下ろす動作はそれだけロスも大きくなる。しかしその弱点を補うように、斬り込みに突きを混ぜて俺を近づけないよう牽制していた。巧い。近距離クロスレンジの攻撃手段しか持たない相手ならば、ほぼ完封できてしまうだろう。


 だが、中距離ミドルでも打てる手がある相手ならばどうだ? 片手でも小回りが利くように刃を短く調節して、俺は空いた手で拳銃型のデバイス・自在砲バリアブルアサルトを取り出す。

 学園の試合で主に使われる銃火器は、実弾を込めずに心素エモそのものを凝縮したエネルギー弾として撃ち出すものが主流だ。実弾の方が殺傷力はあるが、重いうえに装弾数が限られ、弾の自在性がない、と心素エモの弾丸に比べて採用する理由がほぼないのだ。


 彼女の足元を狙って何発か撃ち込んでみるが、華麗なステップで難なく避けられてしまった。素の身体能力も高いのか。これはなかなか厄介だ。


 それでも懲りずに撃ち込み続けても、彼女はまるで花園を舞う妖精のように、軽やかにそのすべてをかわしきった。だが突然、彼女の身体がびくっと跳ねるようにして、動きが硬直した。その隙に、俺は自分の間合いまで距離を詰める。

 たったの数歩。それだけだったのに、詰めるのにここまでかかった。


 俺が最初に放ったのは、蓄電弾ショック・バレット。足元に撃ち込んで設置する罠の一つで、特殊な弾丸に心素エモを流し込んで射出することで、それに触れた他の心素エモを感知して発動する。発動すると電気が流れ、少しの間 痺れが残る。

 俺はすかさず、身体の痺れが抜けきっていない彼女へ短剣を振り下ろす。それでもさすがに一年生首席。意地で反応して、短剣の姿に形を変えた機巧槍剣オートエクスパンダーで俺の刃を受けた。


「な、何ですか……これ」


「ちょっとした意地悪だよ」


 さらにがら空きになった胴へ自在砲バリアブルアサルトを突きつけると、彼女は心素エモの膜――情操ホロウを纏った。撃ち込まれるであろう弾丸を、情操ホロウで相殺しようという算段なのだろう。


 だが、撃つばかりが銃ではない。撃たずにそのまま銃身を突き出して、彼女の情操ホロウに触れるか触れないかのところまで迫る。と、銃口から心素エモで形作った刃が突き出てくる。これは自在剣ネオブレードの応用だ。ちょっとした改造を加えると、自在砲バリアブルアサルトでもこんなことができる。

 それを察していたのか、グレーテは一歩後ずさろうとしたが、身体の痺れからか上手く足を捌けずに、尻餅をついて転倒してしまった。


 観衆の悲鳴のような声援が聞こえる。傍から見れば幼い女の子を虐めているみたいに見えるかもしれない。でも今は試合中だ。歳の差とか、男だとか女だとか、そんなものは関係ない。第一、そんなことで手を抜いたら対戦相手のグレーテにも失礼だ。


 俺は畳みかけるように銃口から出した刃をしまい、今度こそ弾丸を射出しようとする。

 しかし気が付いたら俺は——競技場の端まで思いっきり吹っ飛ばされていた。


 予想もしていない一撃に、反応できなかった。

 転んでしまったグレーテは、その勢いを利用して、両足で俺を蹴り飛ばしたのだ。それだけではこんなに吹っ飛ぶはずはない。思った通り、彼女は浮走靴エアフローターを使っていた。

 浮走靴エアフローターは靴の底からエネルギーを放出して地面からわずかに浮き、摩擦を無くしながら踵からのエネルギー放射で推進力を得るというものだ。それを蹴りに利用するとは。


 俺のタッチカウンターが一つ点灯し、さっきまでの悲鳴が嘘のように大歓声に変わる。

 ああ、みっともない。情けない。機転の利く下級生にいいようにやられているじゃないか。戦術をあれこれ練っても、結局上手くいかない。でも、ここでやけになっては自滅の素だ。冷静に、どうすれば勝ちの目を掬えるかを考えろ。


 できればこれを使わずに勝ちたかったが……仕方ない、か。


「そろそろ……決めさせてもらいますっ!」


 起き上がろうとする俺にトドメを刺そうと、グレーテが浮走靴エアフローターでぐんと距離を詰めてくる。その彼女目がけて空砲を放つと、短い悲鳴と共に、突攻してきたグレーテの動きが急に止まった。途中で立ち止まり、両の目をぎゅっとつむって俯いている。何やら視界に異変を感じているらしい。


 それもそのはず、さっきの空砲はただの空砲ではない。瞳へ向けて心素エモを射出し、無理矢理に瞳孔を開かせたのだ。開いた瞳孔は多くの光を取り込み、この日差しの下では眩しくて目を開けていられなくなる。


 機動力のある相手は、こうして相手のペースを乱すことが何より有効。高速戦に長けている人は、平衡感覚とか空間認知能力とか五感とか、とにかく感覚に優れていて、戦術がそれに支えられているところがある。だから感覚を奪ったり制限してしまえば、自然と高速機動を封じることができるのだ。


 正攻法は確かに王道でカッコいいかもしれない。だけど、こういう姑息な手を使えばどんな相手とだって渡り合える遊撃手トリックスターの戦い方だって、強いという点では変わりないと思っている。だから、観衆からのブーイングを受けたって、俺は俺の戦いをするだけだ。

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