第3冊目 墓の数だけ、人生あり
「こっちね」
黒猫さんがわき道を指さす。
「黒猫さん、絶対違うと思う」
「黒っちやめな」
「行くわよ」
「な〜んでそうなっちゃうかな黒猫さん!?」
わたし達が今何をしているのか。お答えしよう。
○○○
2日前
「青春部の記念すべき最初の集団活動は…」
黒猫さんがぱちりとまばたきする。それにつられてわたしもバチン。
「肝試し!!」
「き、肝試し…?」
わたしは思わず声を漏らした。
「え、どこで?」
「この学校の近くに、足売りババアと七人ミサキと赤マントと口裂け女に出会えるオカルトスポットがあるらしいの」
「あってたまるかそんなもん!!」
まずい。このまま本当に肝試しに行くことになったら……。
「伯さん…!!」
「別にいんじゃねぇ〜」
「伯さん…。」
魂の抜け殻と化した身体を、黒猫さんの方へ向ける。
「行くわよ!!肝試し!!これぞ青春!!」
「もうどうなっても知らん」
○○○
そして今日。夜中にもかかわらず、わたし達は山登り真っ只中。
「あっあの星!」
「あれも」
「うひゃー綺麗」
伯さんは星空しか眼中にないらしい。
黒猫さんは、地図とにらめっこしている。
「次は……こっち」
「ホントかなぁ〜うち違うと思うけどぉ」
「わたしも」
「行ってみないとわからないわよ」
行ってみました。はい、立ち入り禁止の札です。
「道間違えてるじゃん!!帰ろ!!」
「肝試しスポットなら、こういうのがあってもおかしくないんじゃなくて?」
「黒っち、それは言えてる」
「ぐぬぬ」
でも、禁止の場所に入っていくのはさすがにアウトということで、近くの道へそれた。
繰り返して、今に至るわけだ。
「なんか怖い……どこココ」
わたしは震えながら言った。
「────お墓じゃな〜い?」
伯さんが言う。暗闇を凝らして、あたりを見回すと……やっぱり、お墓だ。
どこかの霊園に迷い込んでしまったらしい。
「帰りましょうか、城谷さん、伯」
黒猫さんが、まさかの提案をした。
「え、もう帰るのぉ〜?お墓でも肝試しはできるくね?」
「よそ様のお墓を面白半分に使うなんて失礼よ」
「あ〜、確かに」
伯さんも納得した様子。
よかった、帰れる…そう安心したのもつかの間、向こうから声が聞こえた。
「今誰かなんか言った?」
「NOよNO、城谷さん」
「……」
「うちでもない」
「…………」
じゃあ、今のは────。
ゴクリと唾を飲み込むと、また声が聞こえた。今度は、足音と共に。
「走ってる!?」
「やばいやばいやばい」
「どなたかいらっしゃるのかしら」
足音も声も、どんどん大きくなる。最初は、聞き取れなかった言葉も、はっきりしてきた。
「この不届き者めがァー!!!!」
確かにそう言っている。
「逃げるわよ!!」
「なにあれおもろ〜」
「みぎゃあああ」
わたしは、運動音痴のくせに、抜きん出た逃げ足を発揮した。ホラーがすこぶる苦手なのである。だから、このまま行くことになったらまずいって思っていたのに。
「めめっち速すぎ〜笑」
「すごいわねあの子」
ただ、そんなわたしよりも、背後の誰かは速かった。
「ぶちくらすぞきさん!!!!」
だんだん姿が見えてきた。暗くて分かりづらいけれど、ゴスロリに縦ロールのツインテをぶら下げて、真っ黒な傘を持った…女の子。
「どういうタイプの幽霊!?」
すると、その女の子の幽霊?は、ぴょんと上に跳び、なんと数メートル以上離れたわたしの目の前に着地した。とんでもない運動神経だ。
「ひゅわ、ごごごごめんなざぃ許して許して」
ひざまづいて懇願するわたし。わたしに追いついた黒猫さんと伯さん。
「ホントなんやねん毎日毎日!!ここは遊び場やない、仏さんがおるとこ!!帰れやおまいら」
「成仏してください〜」
わたしが泣きながら言うと、女の子は、
「ハァ?成仏?何言うとん」
と、呆れ顔をした。
「…幽霊じゃないんですか」
「アホやな、わっちは人間。墓守りやで」
「……墓守り?」
黒猫さんの頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がる。
「墓守り…お墓を守る人のことだよ」
わたしは言う。そして同時に、身体全体の力が抜けた。
「なんやおまいら、肝試しに来たんやないん?」
「わたし達、道を間違えてここにきてしまったの」
「え、あ、そうなん?」
女の子の顔色が悪くなる。
「
苦笑いすると女の子がわたしの方へ来てしゃがんだ。
「立てる?」
「…………」
完全に腰の抜けたホラー嫌いのわたしの白い顔を見て、女の子が気まずそうにする。
「ああ…ちょっとわっちの家に連れていってもいい?すぐ近くにあるんやけど、おどかしたお詫びにお茶でも出したいんよ」
この少女はわっちが担ぐけん、と女の子。
「かまわないわよ」
「この近くってことは山の中だから、星見えるね」
二人がうなずく。
そのままわたしは女の子に担がれた。
○○○
「城谷さん、平気?」
「なんとか立てる…」
ここは、あの女の子の家。
「ごめんなホント、間違えて。あ、わっち、
「そうなの。ところで、なんて呼べばいいかしら」
「ん?…
「地元?」
「福岡出身やけん」
みこさんの家は、木造の和風な一軒家だった。洋室しかない家にずっと暮らしてきたわたしにとって、和室は魅力以外の何者でもなかった。
「すごい、床の間に掛け軸がある。障子こんな近くで初めてみた。」
みこさんは嬉しそうにうんうんうなずく。
「葬やろ葬やろ」
黒猫さんも和室に興味しんしんなようで、畳の上で正座して、
「我が生涯に一片の悔い無いわ」
とどこかで聞いたことのある感激の言葉を漏らしている。
かと思えば、急に真面目な表情になり、
「さっきわたし達を肝試しにお墓に来た人だと間違えた時、『毎日毎日来るな』みたいなことをおっしゃっていたわね」
と言う。
「葬なんよ。わっちが何回注意しても、幽霊が出るまで来るとか言って、面白半分でやってくるんよ。友達とか連れて。勝手にお墓触ったり、まじで迷惑やわ」
みこさんは、はぁ〜、と深いため息をついた。
「墓守りの一族って言ってたけど、お母さんとかお父さんはいないの?」
何気なく尋ねた。
「おるんやけど、母上も父上も別のとこにあるもっとでかい霊園におるけさ。それに、わっちが頼まれた霊園やから、親に頼らんで守りたいんよ。」
みこさんは、まだ高校一年生だけれど、やがてつぐ家業の勉強をするために小さな霊園を一人で守っているのだと言った。
「まぁもちろんあそこ管理しとるお寺の人達と協力とかはしとるんやけどな。……とにかく、一人娘やけ親に甘えんでどっしり構えたいんよ。」
すごい、と素直に思った。わたしには絶対無理だ。夜中にお墓を守るなど。怖がりで弱くて、どうしようもないから。
「今あの霊園には誰もいないけれど、どうしているの?」
黒猫さんが不思議そうに言う。みこさんはかたまる。わたしと伯さんは、じっと彼女を見つめる。
「……忘れとったー!!!!」
ま、まじか、みこさん。
「ちょっと行ってくるわ!!ごめんな、帰っといて!!またアイツら来るかもしれん。いや、絶対来るわ。週末になるといっつもこうやよ」
ドタドタ準備を始めるみこさん。カチューシャにリボンにブーツ……いや、ゴスロリアイテムはいらなくない?
「待って、みこ」
黒猫さんが声をあげた。
「ん?どしたん」
「わたし達もついて行っていいかしら」
みこさんは、目を丸くした。わたしと伯さんも。
「あんたら戦えるん?」
「それはちょっと分からないわ。でも、『幽霊を見るまで来る』と言ってふざけているのなら、わたし達が幽霊のフリをすればいいのではなくて?」
あ、なるほど。確かにそうすれば、もう不届き者は来なくなるだろう。
「伯も城谷さんも、それでいい?」
「「異議なーし」」
ぽかんと開いた口をニヒルに持ち上げると、みこさんは言った。
「ええやんええやん、なんかおもろそうやん。一泡吹かせたる。」
タンスの中から、服を引きずり出している。
「わたし達は、なんでも演じるわ。それこそ、足売りババアでも七人ミサキでも赤マントでも口裂け女でもね」
「その意気やね。わっちが中坊の時やった演劇の、『ドキドキミラクル幽霊スクール〜恋心は血の味!?〜』の衣装貸したるわ」
「何その演劇!?」
渡された衣装を服の上からはおると、みこさんは続けた。
「……
○○○
「まじでココ幽霊出んの?」
「だからまじだって!!ココの墓荒らしたやつ、呪われたって噂じゃん?笑笑」
「墓荒らしたらそら呪われるだろ笑」
懐中電灯を持った三人の若い男。その笑い声がこだまする。
「触るくらいなら呪われんだろ」
「俺何回も来てるし、そろそろ幽霊来てくれ〜」
「噂、嘘なんじゃね」
一番背の高い男が、墓に勝手に触れようとした時だった。
ぐちゅぐちゅ、何かを舐め回すような音が響く。
「は?ナニコレ」
「まじもん来た?」
音は終わらない。響き続ける。
「ちょっとそこの裏見てみろよ、そっちから音するわ」
「ええ〜怖ぇよ笑」
男のうち一人が、大きな墓の裏を覗く。そこには……
「ぎゃあああ出たあああ」
「うわ何だよ」
「マジマジマジ女女女いる」
そこにいたのは、骨をしゃぶる白装束の女だった。
「ぎゃあああ」
走り出そうとする男たち。しかし、既に周りには同じような女が何人もいた。
「もう二度と来るな。そして、ここであったことは誰にも話すな」
銀髪の女が言う。
「なんだよ誰だお前ら」
取り乱した男が叫ぶ。
「お前も────この骨のようになりたいか?」
そこまで言うと、男たちは、「ごめんごめん!!」と絶叫しながら走り去っていった。
○○○
霊園にいたのは、骨をしゃぶる妖怪骨こぶり……ではなく、もちろんわたし達青春部とみこさん。
「これ、一体どんな演劇に使ったの。想像できない」
「幽霊と交信するのが趣味の雪女が雪男と一緒に骨こぶりの家に行く時に正装として着たやつやなぁー。」
「聞いても想像出来なかった……。」
「にしても、意外にすんなり信じたわね」
「何言ってんの黒っち。お墓であんなの出てきたら、そりゃ信じるっしょ。」
伯さんがあくびしながら言う。
「じゃ、わたし達帰るね」
「待って、名前ちゃんと聞いとらんかったわ。なんていうん?」
三人で顔を見合わせる。
「わたしは城谷めめ子です」
「うち夜空伯〜」
「そしてわたしは……明井黒猫」
みこさんが笑った。
「葬かー。めめ子に伯に黒猫さん。ええ名前やん」
黒猫さんのほおが赤く染まった。照れている。そういえば、名前を馬鹿にされたことがあると、初めて会った日に話していた。名前を褒められて、嬉しいのかもしれない。
「幼なじみかなんかなん?」
「いいえ、青春部……今はまだ同好会だけど。そのメンバーよ。」
「あ、立ち上げたのは黒猫さんです」
小さな声でボソッとつぶやく。
「ホーン。黒猫さんがリーダーなんやな」
みこさんが近づいてくる。
「じゃ、なんかあったらまた呼ぶかもしれんわ。その時はお願い。こう呼ぶけね、『黒猫さん、出番です』って」
「……ええ、五秒でかけつけるわ」
「嘘やで」
黒猫さんのドヤ顔が、一瞬で真顔に戻った。
「じゃぁ、またねえ〜。連絡先交換しといたしぃ、いつか遊び来るかも〜」
「伯さんいつの間に交換したの?!」
「あ、黒猫さん達もする?」
「「する」」
連絡先交換を済ませたら、わたし達はみこさんの家を出た。
「おもろい人やったな、黒猫さん達。青春部やって。青春部とか見たことも聞いたことも……青春部?」
○○○
開いた口が塞がらない。声が出ない。
「……とにかく、入部────同好会やけ入会?するわ。いやー帰宅部でよかった。うちの高校兼部禁止やもんな笑」
青春部部室の入り口で高笑いしているのは、紛れもなくみこさんである。
元々学校で青春部の噂をなんとなくは聞いていたらしく、もしかしたら黒猫さん達のことかもしれん!!とかけつけたんだとか。
「同じ高校だったのね、みこ。」
「すごい偶然〜まじ卍、星が生まれる確率とどっちが上?」
伯さんと黒猫さんは、そこまで驚いていなさそうだ。なんでやねん。どないやねん。
「ま、よろしくな、黒猫さん達」
「……はい、みこさん。」
点になった目でみこさんを見る。
青春部が正式な部活になるまで、あと一人。
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