第5冊目 本のすみかはエデンの園

衝撃的すぎて言葉を失った。

「黒猫さん、もう1回言って?」

「何度も言っているわ。わたし、本屋さんに行ったことがないのよ」

「一度も……?」

「一度も」


本屋さんとは。

全人類がひれ伏して崇めたてまつるこの世の楽園である(城谷めめ子いわく)。

人々は本屋さんによって生かされ(以下同文)、そして幸せを享受している(以下同文)。


「そんな本屋さんに行ったことがないなんて…!!」

「めめっち思想強くなぁ〜い?」

「せやな、それやったら……右翼でも、左翼でもなくて、紙翼しよくやな」

「みこ、五七五になっているわね」


青春部メンツはあまり納得していないようだけれど……少なくともわたしにとっては、本屋さんは神がもたらした至高の恵みである。

それを知らない黒猫さんは───もったいない!!!!


「黒猫さん!!執筆終わってヒマだしさ、今日の青春部は本屋さんへのお出かけにしない!?」

わたしは勢いに任せて言った。

でも、いくら各々が自由に過ごす青春部といえど、みんなで本屋さん行きたーい!!ってのはさすがになしかな……。外に出るわけだし、部員全員を巻き込むのは……。


「いいわね。そうしましょう。」

「いいの!?」

「権限は全てわたしにあるわ」

「つよい」


○○○


「これが────本屋さん!!」

中に入ってすぐ、黒猫さんは目を輝かせながらそう言った。

「見りゃわかるやろ」

「みこさん身も蓋もないよ!」

行ったことのないところにはじめて来れば、反応はこんなものだろう。わたしもはじめて本屋さんに来た時は、その光景の美しさに感涙した。


「案内は城谷さんにお願いするわ」

黒猫さんがほほえむ。わたしは調子に乗って、

「よっしゃ!!ついてこいやろうども!!」

と声をあげた。


「やろうどもって……やろうはどこにおんねん」

「うちらガールだもんねぇ」


わたしは迷わずに小説コーナーへ直行した。

単行本コーナーは少しせまいので、文庫本コーナーのほうだ。

「一面が本じゃない!まるで、松本清張の書斎みたい!」

「なんで本屋さん来たことなかったのに松本清張は知ってんの?!」

いちおう書くと、松本清張は有名な小説家だ。

個人的には「点と線」が最高傑作だと思う。


○○○


わたしは、黒猫さんに小説を紹介してまわった。


「川端康成の雪国は途中で自然に涙が────」


「東野圭吾はなんといっても白夜行────」


「村上春樹はね、パン屋再襲撃と、色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年、ってやつが特におすすめで────」


黒猫さんはその全てを真剣に聞いていた。

わたしの一方的なトークになっていたにも関わらず。

ただ、考えてみると、今日の本屋さんへのお出かけは、わたしが半ば強引に決めたものだ。

黒猫さんたちは実は、興味がないのかもしれない。

この前の執筆だって、わたしが引き金だ。

なんだろ……わたしばっかりでいいのかな。


「黒猫さんってさ……小説……」

「読まないし書かないわね」

「知っとるわ、前に言っとったけんね」

みこさんがいつの間にか真後ろにいる。墓守りでそういう技術をきたえたのか??


とにかく今はその話は置いといて。黒猫さんに聞いてみなければ。


「その──本屋さんの小説コーナー、楽しい??」

「なんで?」

「わたしが来たいって言ったから来ただけというかなんというか、もともと読者が趣味じゃないから本屋さんに行ったことなかったんだろうし…」

黒猫さんは、口を尖らせる。


「楽しいからついてきてるに決まってるわ。」

「えっ」

「たしかにわたしは普段本は読まないわよ。でもね、城谷さんのプラスな気持ちを共有できることが嬉しいの。だから十分楽しい」


わたしは思わず口に手をあてた。

「ありがとう黒猫さん……!!」

「イカの塩辛をテーマにした小説ってあるの?」

「たぶん無い」


○○○


わたしは、あくまでも案内をするだけのはずが、7冊も購入していた。いや、させていただいていた。

「みこさんと伯さんは何も買わなかったんだね」

「「金ない」」

「なるほど……」


「黒猫さんは結局なにを買ったの?わたしわかんなくなるくらい喋ったけれど」

「フフン。言って驚け、よ」

「聞いて驚けじゃない……?」


黒猫さんは、一冊の本を出した。

題名は……

「失われた時を求めて……ってコレ、わたしが前に読んでたやつじゃん!!」

「ええ。わたしが尋ねた、あの時のものよ。ずっと読みたかったの」

「黒猫さん……!!」

「城谷さん……!!」

強い風が、吹きすさぶ。

「黒猫さん!!失われた時を求めては、世界最長の小説だから、これから続刊全部買って読むことになるよ……!!」


黒猫さんの目が、点になった。


「そ、そうなの……。まあ、それもまた試練ね」


以来黒猫さんは、休み時間必死で読んでいる。

ひとつのエピソードが終わる度に、

「主人公に共感したわ!!」

という風に語りかけてくれるため、はじめての本トモができたようで、すごく嬉しい。


ただ、結末について語り合うのは、だいぶ先になりそうだ。

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【400PV感謝】黒猫さん、出番です。 猫井はなマル @nekoihanamaru

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