第4冊目 それってアオハルじゃんね
ふぅ、とため息をつく。そして頭の後ろに手を回す。首を傾ける。
「執筆...捗らない……!!」
○○○
青春部が正式な部活となるまで、必要な人数は、あと一人。というところまで来た。
またメンバーの増えたグループ、「我ら青春の化身なり」。その通知がくる度にニヤニヤしながらスマホを取り出すわたし。
今日も「好物」というテーマで盛り上がっている。どうやら黒猫さんの苦手な「みたらし団子」がみこさんの大好物らしく、論争が巻き起こっていた。これは、どこぞのキノコとタケノコの戦争など目では無い。
「何よ、みこのゴスロリ!!美少女!!」
「黒猫さんの猫!!スレンダー!!」
……二人とも悪口になっていない。
それはそれとして、わたしは書くのを諦めてしまった小説を完成させなければならない。ならないのだけれど…。
「執筆ってこんなに大変だったっけ?」
久しぶりに万年筆(カッコつけて貯金で買ったやつ)を握ってみたものの、何もおりてこない。
とりあえず何か短編を書いてみようと思ったけれど、それも上手く書けない。
「昔のわたし意外と根気あったみたいだなー」
勉強机につっぷして、ため息をもうひとつまみ。
「あんたらごぼ天うどん食ったことないんか!?」
「ないわね」
「ないよお〜」
「福岡民失格や!!」
「みこ、そもそも違うわよ」
郷土料理の話題で暴走をはじめたみこさん達のメッセージを横目に、口をとがらせた。
○○○
後日、部活にて。
「そればっかりは力になれないわ」
「そんなぁ...。」
黒猫さんでもダメか。
「だってわたし小説書いたことないもの」
「書いてそうだと思ったけれど」
「城谷さん、わたしが漢字をかけるとでもお思いで?」
「なんて言えばいいかわかんないよ黒猫さん」
筆を折ったあの日。
それまで小説を書くのに行き詰まったことは無かった。楽しくて楽しくて仕方がなくて、いずれ疲れて眠ってしまうこのからだを鬱陶しく思っていたものだ。
丸々一週間、酸いも甘いも忘れて原稿用紙と向き合っていたかった。
なぜあのころのように、万年筆を滑らせられないのだろう。あのころと変わったこと。
……わたしのモチベーション。
「どしたーめめっち。」
「ケダモノに追われとるんやったらボコしたるで」
「伯さん、みこさん。」
「なんですって!?城谷さん、追っ手がいるの!?」
「黒猫さん、ちょっと待ってて。」
トガリ口の二人に、小説を上手く書けないことを話した。
「そうだねぇー。つまりは、小説を楽しんでかければいいんでしょお?」
伯さんが人差し指を右頬にあてる。
「うちら皆んなでそれぞれ小説を書いてみるとかぁ?」
わたしの心が、線香花火のように、パチッとはじけた。ような気がした。
「皆んなでって...書けるの?というより、書きたいの??」
驚きを抑えながら三人に尋ねる。
「やったるで〜わっちは!!」
「うちちょっと書いてみたいんだよねぇ」
伯さんとみこさんは、ニコニコ笑っている。
「黒猫さんは……」
わたしは振り向いた。
黒猫さんは、書けないと自分で言っていた。
「大丈夫。書けるわ。言ったでしょう?屋上で」
非凡な美少女は、ツリ目を大きくまたたかせた。
「わたしは、天才────だってね。」
○○○
「じゃ、はじめるわね」
文房具屋に行き四人で買い込んだ原稿用紙とシャーペンを部室の机の上に出す。
「皆んなどんなの書くの?」
「城谷さん、どうせならお楽しみにしましょう」
「たしかにそれはそれでいいね」
わたしは、家にある万年筆ではなく、四人で選んだシャーペンを握った。
アイデアの蓋、ずっとふさがっていたそれが、ゆるやかに開いた。
○○○
1時間ほど過ぎた。
「もうそろそろ部活終わりだし、持って帰ってやろうか?」
積み重なった原稿用紙を胸によせながら言った。
「かなり書けたのね。城谷さん」
「うん」
最初は、なぜこんなにもスラスラ書けるのかわからなかった。水のように流れて止まらない、欲。アマチュアといえど、「小説家」としての欲。
楽しんで書くこと。それが一番なのだ。
筆を折ったあの日。
ただでさえ友達がいないのに、唯一愛せる存在だった「小説」が離れて行ってしまった。独りになった気がして、とても楽しめなかった。
でも今、わたしの周りには、初めての友達がいる。独りじゃないよ、なんてありふれた言葉が、
こんなにも深かったのか。
仮にも小説家なのに、言葉の真の意味に気づけなかったことが、情けない。
大好きな友達と一緒に、大好きな小説を書けるということが、楽しすぎた。
○○○
数日後、部活にて。
「書けたー!!」
「おめでとう、城谷さん。実はわたしも少し前に完成したの」
「そうなの!?」
「うちも〜」
「わっちも」
「二人まで!?」
クマができた目をこすりながら、驚愕顔をした。
「皆んなで一緒に読もうと思って、隠してたの。リキッドよ」
「ドッキリだよ黒猫さん」
わたしの書いた小説。
「今夜は快晴」という題名の、学園モノの小説だ。
「なんかこのキャラァ〜...星が好きなギャルってえ、聞いた事あるような〜」
「どう考えてもあんたやろうが夜空伯」
わたしの小説を囲む皆んな。
「……どうかな?」
恐る恐る尋ねる。
「ええやん」
「いいと思った〜」
「いいじゃない」
同時に聞こえた。わたしにとって、この世のどんな言葉よりも、意味を持つ。
我が子同然の、小説に対する、褒め言葉。
「めめっち、ほっぺた赤いよ」
「あっ、
「……今なんて?」
「────皆んなはどんなの書いたの?」
「うちは星空観察日記」
「伯さんらしい!!」
「わっちは九州の野望」
「なにそれ……?」
「福岡が世界を統べる物語やで」
「なにそれ……?」
伯さんもみこさんも個性的な小説を書いていた。続いては……
「黒猫さんは?」
「───『イカの塩辛』」
「なんかそんな気がしてたよ」
○○○
家に帰ってから、自分の書いた小説を読み返していた。そして気づいた。
誤字脱字も慣用句の誤用もありまくり。
夢中になって書いていたせいで、細かいことに気づけなかった。
はっきり言って、納得できるほどの出来ではないものだ。
でも……
皆んな褒めてくれたのだ。
未成熟でも、まだまだでも、その事実があるだけで、特別な小説になる。
「よしー!!」
わたしは伸びをした。
青春小説。学園モノ。友達ができて浮かれて書いたもの。なにより、皆んなで書いたもの。
「一緒になって何かをするとか」
ため息ではない、爽やかな息を出す。
「それってアオハルじゃんね」
万年筆とシャーペンを取り出す。
また読んでもらいたい。この小説を完璧なものにしたい。
そのために、書きたい。
「今夜は快晴」、という非凡な仲間を元にした青い春の物語を、更に高めるため、わたしはアイデアの蓋を自ら開けた。
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