【350PV感謝】黒猫さん、出番です。

猫井はなマル

第1冊目 黒猫さんは自称天才

わたしは地味でいい。今のまま変わるつもりはない。いや、正確には、変わるつもりはなかった。でも、わたしの人生は、大波にのみ込まれた。あいつがやってきたからだ。明井黒猫あけいくろねこがやってきたからだ。

○○○

夏の日差しが降り注ぐ中、一歩一歩足を進める。すっかり葉をしげらせた桜並木を目の端にうつしながら、あくびをする。昨日と全く同じだ。変化なし。わたしの日々に変化はなし。城谷めめ子、十五歳。今日もわたしはモブキャラです。染めた髪の毛(ワインレッドとでも言うべきか)をなびかせ、派手なきつい匂いの香水をあたりに振りまき、(そのついでに愛想も振りまく)ギャルさん達。彼女達は可愛く明るい青春側の人間だ。そしてそのボーイフレンドさん達。彼達もまた青春側だ。わたしとは、越えられない壁で断絶されている。だがそれでいい。それがいい。わたしは努力を投げ出して、そつなく波なく味気なく、毎日を過ごすモブキャラだ。青春側の人間達の、キュンキュンあまあまラブコメの背景として、スンッと後ろにたたずんでいれば、その日の任務は完了。学校で過ごす一日、わたしが最も注目されるのは、授業中にあてられた時である。

誰にも見つからなければ、傷つけられることは無い。わたしは身をもって知っている。

背中に刺さる生あたたかい風が、わたしを人生の横道に追いやってくれる…はずなのだが、ある美少女のある一言に、わたしはスポットライトのあたったレッドカーペットの上へ引っ張り出された。

「ちょっといいかしら?」

凛とした声。萌えアニメ(見たことは無いが)のお姉さんキャラを彷彿とさせる。わたしは思わず声を上げて、身をはねさせた。

「わあッ、なんですか?」

「あやめが丘高校への道、教えてくださる?」

「あ、あやめが丘高校…」

美少女さんは、どうやら道を尋ねるためにわたしに話しかけたようだ。あやめが丘高校。紛れもなく、わたしの通っている高校である。このグレーのブレザーとチェック柄のスカートで、あや高の生徒だと判断されたのだろうか。

「ここまっすぐ行って、その先の信号を左、あとは坂道超えたら上の方にありますよ。」

夏だというのに、普通の汗ではなく、冷や汗しか出てこなくなった。同年代の人と話すのに、緊張してしまうのだ。長い黒髪、ツリ目、八重歯、そして暑い中黒タイツ。黒猫のような美少女だ。

「そう。ありがとう。この恩は必ず返すわ、城谷めめ子さん。」

一言さらりと言い残すと、美少女は去っていった。わたしは少し傾いた名札を元の位置に戻しながら、呆然と後ろ姿を見ていた。

この恩は必ず返すって、大袈裟な人だな…。

そう思いながら、わたしも学校への道を辿り出した。

○○○

と、いうのが今日の登校中のお話。まさかまさかと思いつつ、そんなベタな展開なんてと呆れつつ、ホームルーム開始までの時間を全然知らない海外作家の純文学を読むことにあてていた(話し相手などいないので)。しかしわたしのいる世界は、案外ラノベや漫画の風味を兼ね備えているようだった。

「転校生の明井黒猫よ。一番好きなものは自分、その次がイカの塩辛。嫌いなものはみたらし団子と踏んだら怪我するタイプのどんぐり。以後お見知りおきを。」

黒猫のような美少女は、予想通り(?)黒猫という名前で、一年一組、わたしのクラスの転校生だった。

「では明井さん、あちらの席に座ってください」

「わかりましたわ、ミス伊藤」

スラリと長い足が、わたしの方へ近づいてくる。

「あらあなた…今朝の命の恩人の城谷さん!?」

明井黒猫がやってきた。隣の席にやってきた。

○○○

「城谷さん、わたしとお友達になってくださりません?」

休み時間に入り、クラスメイトからの質問攻めにあっていた黒猫さんが、人混みを押しのけながらわたしのところまできて、放ったセリフである。わけがわからない。

「ご、ごめんなさい。お友達は他でつくって」

弱々しい声で断るわたし。我ながら情けない姿であろう。黒猫さんは、真っ向から拒絶されれば、潔く身を引…かない。

「わたし、あなたを一目見たときから気に入ってたの」

「ええ…?」

「そのバフカット、とても似合っているわ」

「もしかしてボブカット…?」

「そういう説もあるわね」

自信満々な黒猫さんは、右手を腰にあてたまま、座っているわたしを見下ろしている。170cmはあるだろう。黒猫さんは高身長属性らしい。

わたしが押し黙っていても、彼女は止まらない。

「イカの塩辛とあん肝どっちがお好き?」などとぬかす。わたしは視線を集めないために、黒猫さんを階段の踊り場まで連れていった。

「こんなところで秘密会議だなんて、マロンチックだわ!!」

マロンチックだと栗チックじゃねえか、というツッコミをのみ込んで、黒猫さんの方へ向き直す。

「わたしは、ひとりがいいの。だから話しかけないで。」

少し強い言葉を使いすぎたかもしれないと、言ってから思った。黒猫さんは強く言わないとわからなさそう(勝手な判断)なので、仕方ないけれど。

「あら城谷さん、あなたそうなの?」

「うん。そうなの。夢中になれることも無いし、ひとりでぼーっとしてるだけでいいの」

夢中になれることも無い。余計な一言だ。ひとりがいいとだけ伝えればいいものを。

「…そうは見えないけれど」

黒猫さんは、首をかしげた。猫のような瞳が、わたしの心を見透かす。

「なんでそう思うの」

「あなたはお友達と一緒に青春を謳歌したいと思っているんじゃないか、って。夢中になれることもあるけれど、やっていないだけに見えるわ。顔にそう書いてある。」

この高身長美少女はどうなっている。今朝対面のもやしみたいなわたしについて、なぜそんなに自信満々に、馴れ馴れしく語れるのだ。

「わたしはこの学校に、青春部をつくるわ」

「青春部…?」

「そう。各々が好きなこと、やり遂げたいことをやって、思い出をつくる今世紀最大の部活。もちろん、単独行動も集団行動も自由よ」

「好きなこと、か。」

なぜかわたしの胸がいたんだ。

「ミス伊藤が、部活をつくるならまずは三人集めて同好会をやりなさい、っておっしゃったの。城谷さん、あなたも…」

「いや、わたしはいい。」

早口で黒猫さんの提案を否定した瞬間、チャイムが鳴った。授業が始まる。

「では城谷さん、この話はまた後で」

今朝見たのと同じ後ろ姿を見ながら、自分で自分に落胆した。

○○○

わたしは背景。わたしは背景。わたしは…。

「城谷さん、それは何?」

やはり来た、明井黒猫。

「われた…時を…めて?」

「失われた時を求めて、海外の小説だよ」

漢字読めないんかい。なんとなく勉強ニガテそうだなとは思っていたけれど。

「まあ、小説!!文学少女なのね、城谷さん。わたしなんて、本は六法全書しか読んだことないわ。」

「逆に珍しくない?!」

「何一つわからなかったわ!!」

「でしょうねッ!!」

ダメだ、この人、絶対奇人だ。個性のかたまり。太刀打ち出来ない。

「小説、好きなの?」

「いちおう」

「夢中になれること、あるじゃない」

黒猫さんはニヒルに笑う。絵になるな、流石美少女。

「自分で書いたりはしないの?」

声が弾んでいる。黒猫さんの顔は、花が咲いているみたいだ。迷った末に、素直に言った。

「昔は、書いてた。」

しゃがんでわたしの机にしがみついている黒猫さんに、あるはずのない猫耳が見えた。そしてその耳がぴくりと動いた。

「読みたいわ!!」

中に流れ星が入り込んだかのように輝く黒猫さんの瞳。断れ、断れ、わたしはモブキャラ、ひとりでいいのだ。

「…カバンの奥にある。勝手にとってよ。」

わたしのバカ。

「あっ、これね。…なき…れひ?」

「憂鬱な木漏れ日」

「ユウウツナコモレビ、ね。」

中学生最後の夏、今からちょうど一年前、やめたはずの執筆活動。消し去りたいその記憶の残り火である作品を、未練がましくカバンに入れたままにしていた。原稿用紙わずか四十枚程度の、本にするなら短すぎる小説。

「カッコつけて難しい漢字ばっか使ってるけど、ルビ…読み仮名ふってるから。」

わたしは、ひとりでいい。それなのになぜ、黒猫さんに、小説を読んで欲しいと思っているのか、自分で自分がわからなかった。

「…城谷さん。」

「はい黒猫さん。」

「いいと思うわ。この小説。まだ序盤しか読めていないけれど。」

目の奥から表面まで、熱い涙が通り抜けた。泣いてはいけない。恥ずかしい。全部涙腺に戻したい。わたしはまぶたをこすった。

「自信持ちなさい。このわたしがいいと言ったのよ。」

「黒猫さんって、自分で自分が大好きなんだね。」

「そりゃそうよ。好きになれない自分のまま生きたって、楽しくないでしょう」

黒猫さんの言葉は、わたしの心にやけに響いた。何か忘れていたことを、思い出させるような。そんな凛々しく純粋な言葉。

「わたし、昔さ」

口が勝手に動いた。

「その小説を、学校に持ってって休み時間に書いてて。それを…あんまり仲良くなかった子が取り上げて、面白くない、って言ったの」

黒猫さんは口を挟まず、真剣に聞いている。言葉をあやつることにより、生まれるのが小説だ。そんな小説を生み出す人間は、言葉の影響を、人一倍受けてしまう。わたしは知っている。

「持ってったわたしが悪いんだよ。でも、傷ついちゃったんだ。」

今朝対面の奇人に、わたしは何を語っている。思い出したくもない暗い記憶を、なぜ掘り起こすのだろうか。

「その日以来、書いてないんだ。だから憂鬱な木漏れ日は、未完。」

「蜜柑…」

「やかましい」

夢中になれること。というより、なれたこと。執筆活動。わたしはひとり。でも、ひとりが好きで自ら進んでひとりになり、趣味に没頭する人と違ってかっこよくない。友達も趣味もない。ひとりでいいのではない。また傷つけられることが怖いだけ。

「城谷さん。今日の放課後、旧校舎にきて」

「えっ、旧校舎?」

旧校舎なんて、入ったこともない。転校初日の黒猫さんが、なぜそこに招待するのだろう。

「六時半に作戦決行よ」

「う、うん」

旧校舎にどうやって入るのか、何をするのか。何もかも聞けないまま、黒猫さんは廊下に出ていった。

○○○

山の上のこの高校の、雑木林の裏にあるのが、旧校舎。おんぼろである。ここで何をしても、何を言っても、先生や生徒にはバレるまい(爆破とかしない限りは)。黒猫さんは、先に待っていた。

「城谷さん、もう鍵はこの発明品『カギドクター』で解除したから、中に入るわよ。」

発明品という言い方。市販品では無さそうだ。

「もしかしてそれ、黒猫さんがつくったの?天才じゃん!!」

「いいえ、これは地元の友達のがつくったものよ。まあわたしが天才ということに変わりは無いけれど」

「友達何者!?」

黒猫さんは天才なのか…?と脳内で疑問を巡らせつつ、足を踏み入れた。ホコリが肺をつんざく。「さあ城谷さん、屋上へ行くわよ!」

「え、ちょっと!」

この頃にはもう、同年代の人と話す時の緊張はぶっ飛んでいた。黒猫さんのローファーが、文字通りわたしの目の前で、階段をものすごい勢いで駆け上がる。息を切らし切らしで、追いつくのがやっとだった。

「屋上の風、気持ちいいわね。」

「そうだね」

黒猫さんは満足そうな笑顔で振り向くと、昔のことを語った。

「わたしの名前、『クロネコ』でしょう?だから、小学生の頃は、心無い人々に、明井が目の前を通ったら不吉だぞって、噂されてた。」

つばをゴクリと飲む。黒猫さんにも、嫌な記憶があるのか。当然なのだが、当然とは思えなかった。

「でもね、わたし、自分の名前が大好きなの。美しいじゃないの。黒猫よ、黒猫。」

屋上のフェンスへ走る黒猫さん。髪の毛が風に吹かれて、美少女というより、美女だった。フェンスをつかむと、黒猫さんは、空気を思い切り吸い込んで、空を割るような声を出した。

「わたし、天才━━━━━━━━━━!」

キラキラしている。わたしとは違う。

「なんで、自信満々でいられるの?」

ふとした疑問に、黒猫さんはこうこたえてくれた。

「だってわたしの人生の主人公は、わたしだもの」

いてもたっても居られずに、わたしもフェンスへと走り出し、叫んだ。

「わたし、天才━━━━━━━━━━!」

ここは旧校舎。これは、誰にも聞かれない声だ。どれだけ勇気を出して放とうとも、聞かれることはないのだ。ひとりをのぞいて。

「いい声ね」

黒猫さんが、またニヒルに笑う。

「わたし、青春部に入る。絶対あの小説を完成させてやる」

「その暁には、読ませて頂戴。」

「もちろん。」

明井黒猫がやってきた。わたしの隣にやってきた。










最後まで読んでいただきありがとうございます。もし、「続きが気になる!」「黒猫さん好きだな」などと思ってくださいましたら、高評価をお願いします。

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