喪失


 

「私、マリーゴールド!皆からはマリーって呼ばれてます」

「僕はヴァランタン。この村で肉屋をしているよ」

「あ、えーと私は服飾系のお店だよ!」


 私を助けてくれたのは、マリーゴールドさんと、ヴァランタンさんという2人の村人でした。

 マリーゴールドさんは、余所者の私に興味津々だったようで、よく面倒を見て下さりました。栗毛色のフワフワの長髪を翻して、手作りのように見えるエプロンをはためかし、いつも私を診てくれました。

 黒と白に別れた髪色が特徴的なヴァランタンさんも私を気にかけてくれるのですが、やはり警戒をされているようでした。当然です。誰かも分からぬ余所者で、軍人。

 お2人は瀕死だった私を丁寧に介抱して下さりました。

 だからこそ、私の中で嫌な想像が膨らみました。

 助けてくれた、とはもしかしたら違うかもしれない。

 生かしておいた、という可能性もある。

 もしこの場所が敵対してる国の領土内だとしたら、私は今から酷い拷問を受けることになるのでしょう。

 

「ねえ軍人さん」

「はい、なんでしょうか」

「私、貴方の名前が知りたいな」

「名前、ですか」

 私は彼女の質問に緊張しました。

 これは、個人を特定しようとしているのでは無いか、と勘ぐるには十分な質問だと私は思いました。

「そう、名前。軍人さん、っていうのはなんか重々しく感じてさ」

 マリーゴールドさんは、満月のような瞳を半月のように細め、そう言いました。

 彼女の瞳は夜間飛行中に見た月にそっくりで、懐かしさも感じつつ、彼女にはこう返答しました。


「ファビアン……だと思います」

「思います?」

「……ええ……」

 彼女は首を捻り、こちらを不思議そうに見ています。それはそうでしょう。名前を問われて、だと思う、なんておかしいものです。

 ですが、今の私にはモヤがかかったように朧気で、自分の名前に自信が持てませんでした。

 

「もしかして……記憶喪失?」

「……そう、なんですかね……記憶を失ってるという感覚がありません……」

「この村にお医者さんいないからなぁ〜」

「いや、医者の代わりになりそうのならいる」


 キッチンの方から暖簾を潜り、ヴァランタンさんが出てきたのが見えました。


「少し離れたところに薬草に詳しい人がいてね。もしかしたら、診て貰えるかもしれない」

「そうなんですか?」

「ああ、マリーちゃんはまだ会ったことなかったか」

「でも、余所者の私が大丈夫なんでしょうか」

「ん?ああ、そういうのは気にしないで。ここ、色んな余所者が集ってるとこだから」

「……そうなんですか」

 ヴァランタンさんは苦笑しながらそう言いました。

「じゃあ私もついでに会いたいな」

「お店いいの?」

「いい!」

「あはは、じゃあ3人で行ってみようか。ジョンさんのとこ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎週 日曜日 21:00 予定は変更される可能性があります

隣国より 春野 治 @tori_tarou_memo

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ