エピローグ

夫の意志

――仲崎幸太郎の部屋に金は無かった。

 と秋貞和義は証言している。杏里も金のことは知らないと言う。秋貞和義や杏里の自宅は勿論、銀行口座まで、徹底的に洗ってみたが、疑わしい金の入出金は見られなかった。

 仲崎勇次、光輝の二人の息子は、「金はあったはずだ。絶対に見つけてくれ」と息巻いていたが、捜査本部は「金は仲崎幸太郎が何処かに隠してしまった」と結論付けた。むしろ、二人の息子は金の隠し場所を知っている可能性があるとして、当面、動向を注視することになった。

 そんなある日、秋貞朋子はショッピング・センターのATMで、現金を引き下ろした。そして、口座残高を見て、変だと思った。残高が合わないのだ。思ったより残高が多い。

 このところ、二人の子供たちが相次いで警察に逮捕されてしまった。正直、馬鹿なことをしたと思わないでもなかったが、二人が父親のことを思い続けていてくれたことが嬉しくもあった。

 心の底から湧き上がってくる誇らしい気持ちを押し殺していた。

 杏里は正当防衛が認められそうだ。和義は死体損壊・遺棄罪に問われることになるが、執行猶予がつくかもしれなかった。

 暫く鬱々と家で過ごしていたが、食料が底を突き、買い物に出て来た。ATMで現金を引き出そうとして、残高が妙に多いことに気がついた。

 不審に思った朋子は銀行に足を運ぶと、通帳記入を行った。

 すると、「ナカムラタクマ」から、ここ三か月、毎月一日に、十万円が振り込まれていた。

――天国の夫が送金をしてくれた⁉

 馬鹿な話だがそう思った。二人の子供が独立し、多少、余裕が出来たが、相変わらずパートの仕事で忙しい。月十万円の送金はありがたかった。

 夫が失踪した後も、朋子は生存を信じ続けていた。夫の銀行口座も、そのまま残してあった。その銀行口座から送金されて来ていたのだ。送金日が毎月、一日であることから、恐らく、銀行の定額自動送金というサービスを使って、送金しているのだろう。

 だが、夫が生きていて、お金を送ってくれているはずがない。いくら何でもあり得ない。では、誰が送金してくれているのかという疑問が湧いて来る。夫の銀行口座を残してあることなど、朋子以外、誰も知らないはずだ。それに、夫の貯金はとうの昔に使い果たしていた。

(ひょっとして・・・)

 もし、知っているものがいるとするならば、和義しかいない。夫が失踪して暫くは、夫の銀行口座から貯金を引き落として暮らしていた。一家の大黒柱となった和義に、貯金の引き落としを頼んだことがあったかもしれない。

 家に帰ると、預金通帳と探してみた。

 夫の認印と共に預金通帳が無くなっていた。持ち去ったものがいるとするならば、和義しか考えられなかった。

(どうしよう・・・・)と朋子は考えた。

 和義が大金を所持していたとは考えにくい。

 そこで朋子はあることを思い出した。確か、仲崎幸太郎のマンションから一千万円近い現金が紛失したという話を聞いた気がする。和義も杏里も、そんなお金は見たことがないと言っていると聞いた。

(ひょっとして――)

 と思わずにいられなかった。

 和義が現場から現金を持ち去り、それを夫の銀行口座に入金した。そして、そこから毎月、送金を行っている――そうとしか考えられない。一千万円を一気に送金すると、目立ってしまうので、毎月、十万円に分けて、送金しているのだ。

 さて、どうする?

(あのお金は中村家に代々伝わっていた掛け軸を奪い、お金に換えたもの。一千万円なんて、私から夫を、子供たちから父親を奪った代償としては安過ぎる)

 朋子は夫が送ってくれたお金だ――と思うことにした。

 子供たちは殺人鬼の汚名を着て、世間の冷たい視線に晒されて生きて行かねばらない。この先、お金は幾らあっても困らない。

 この送金が秋貞家の人たちに安らぎをもたらせてくれるだろう。それは全て、亡き夫の意志によるものだ。

 そう思うことにした。


 仲崎幸太郎が秋貞杏里の首を絞め、殺害しようとした時、「冥途の土産に教えてやろう」と中村拓真を殺害し、瓢箪池の底に埋めたことを自白した。仲崎の告白通り、池の底から中村拓真の白骨化した遺体が見つかったことから、仲崎の犯行は明らかといえた。だが、杏里の伝聞証拠以外、これといって証拠が見つからなかった。それに加害者である仲崎幸太郎は既に死亡している。結局、殺人事件としての起訴は見送られてしまった。

 仲崎真理の保険金殺人、加藤寅雄と梅沢トキの事故死について、仲崎幸太郎の関与が濃厚であると考えられたが、証拠不十分で、こちらも起訴が見送られた。

 仲崎幸太郎の犯罪は闇の中に葬られた形となった。

 野川孤高は捜査に対し、強烈な不満を表したが、決定は覆らなかった。

「祓川さん。どうしているのかな?」一課で隣の席に座る高島が佐伯に呟いた。

 証拠固めの捜査が行われていたが、一時期の忙しさは過ぎ去って、最近は揃って席にいることが増えた。

「さあ、あの人のことです。何処かでまた、一人で捜査をしているんじゃありませんか」佐伯が答える。

「はは。そうだな。その方があの人らしい」高島が笑う。

 秋貞杏里が逮捕されてから程なく、祓川は異動となった。

 是非、祓川の力を借りたい事件が発生したと、異動先の署から要望があったと、表向き、言われていた。だが、組織人として行動ができない祓川を持て余し、疎ましく思い、放出したというのが真相だろう。

 警視庁の幹部からの受けも良くないらしい。

 もし、祓川がいれば、仲崎幸太郎の犯罪を立証すべく、今でも捜査を続けていたかもしれない。

 あの人のことだ。何処に行っても大丈夫だ。

 何処で働くかなど関係ない。事件さえあれば、祓川には十分なはずだ。

 そのことを高島に伝えると、「はは。そうだな」と笑っていた。

「さて、今度はどんな人が来るんですかね?」

 相棒が変わることになる。佐伯はそれが気になっていた。

「さあ? 新人なら良いな」

「ですね」

 祓川の忠告通り、新しい相棒とはうまくやりたかった。


                                   了

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総督の遺言 西季幽司 @yuji_nishiki

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