因習星

つきかげ

因習星

 天の川銀河のどこかで。


「ねえねえ、みんな! 聞いて聞いて!」


 放課後。

 学校の授業が終わり、ぴりかは帰りの準備をしているクラスメイトのルルとアトゥイの方にダッシュで駆け寄った。興奮したようすで、どこか得意げな表情だ。


「これは昨日、お父さんが友だちから聞いた話らしいんだけどね……」


「またはじまったよ」アトゥイは少しうんざりしたような表情を返す。「ぴりか、本当にそういうの好きだよね。どうせまた都市伝説でしょ?」


「私はぴりかちゃんのお話、好きだよ~」とルルが微笑んでぴりかに応えると、アトゥイはやれやれといったようすで、ため息をつきながら教室の机に肘をついた。


「アトゥイちゃんはこわい話苦手だもんね。こないだだって怖い映画をみたあと、夜ひとりでトイレに行けなかったって」


「ちょっとー! そんなことないもん。全然こわくないし!」アトゥイは顔を真っ赤にしてムキになってみせる。「もう、わかったわよ。ぴりか、早く話しなさいよ」


「えっとね、この銀河の端っこの方にはね」待ってましたと言わんばかりに、ぴりかは目を輝かせながら語り始めた。「奇妙な因習に囚われた、すごく変わった星があるんだって!」


「どんな星なの?」ルルが興味深そうにたずねると、ぴりかはわざと静かにうつむき、表情に陰を落とし、神妙な面持ちで話を続けた。

 いかにも『これから怖い話をするよ』といった調子だ。


「その星の知的生命体たちはヒトっていうらしいんだけど、『貨幣』っていうただの紙切れや金属片、電子的に表現されたデジタルの数字みたいなものを、まるで神様みたいに崇めてるんだって。しかも……。その貨幣をたくさん持ってるかどうかで、尊敬されたり、ヒトの優劣が決まったりするんだって……」


 あたりに静寂が訪れた。

 いつもと変わらない放課後の教室の気配があるはずなのに、ぴりかも、ルルも、アトゥイも、ひやりとした何かが胸の奥に忍び寄るのを感じた。

 一度感じたその冷たさは、彼女たちの心に重くのしかかってくる。


「……え?」と、ワンテンポ置いてルルが疑問に満ちた表情をみせる。


「どういうこと? それって意味がわからないし、不公平だと思うわ。どうしてヒトはそんな実体のないものにそこまでこだわるのかしら?」アトゥイも首をかしげた。


「おそらくだけど、誰かが『貨幣』っていう宗教を作り上げたんだろうね。で、みんなでそれを崇めるように、洗脳に成功したんじゃないかな……」ふたりの顔を覗き込みながら、おずおずとぴりかが答えた。


「な、なるほど。でも、どうしてそんなこと……」


「わからない……。しかもね……」ぴりかはさらに声をひそめて言う。「その因習星のヒトたちは、人口を増やしすぎたせいで、食べ物を作るために家畜の成長を早くさせる薬を使ったり、植物の遺伝情報をいじったりしてまで自分たちの数を維持してるんだって。まるで他の生き物とか星の命は関係ないみたいに……」


「ひ、ひどい……」ルルが今にも泣き出しそうな顔で眉をひそめた。「平等に、必要な分だけエネルギーを分け合うって発想はないのかな……」


「ちょっと待って。彼らってエネルギー変換とかで食料を再構成したりしないの? エコロジカルバランスの考え方は存在しないってことなのかしら?」


「一応あるみたいだけど、現実には全然追いついてないらしいよ」


「もしかして、大脳よりも小脳が支配的な生き物だったりする?」アトゥイが苦笑いしながら呟くと、ぴりかとルルも思わずクスッと笑った。その場に、少しだけ和やかな雰囲気が戻るのを3人は感じていた。


「かわいい。竜爬類リオニクス(地球の爬虫類のような動物の一群)みたい」ニコニコしながらルルが言った。


「ちょっとかわいいよね。でもかわいいだけじゃなくて、すごく攻撃的でもあるの。因習星のヒトたちは、どうやら『戦争』っていうのを何度も繰り返してきたみたいなのよ」ぴりかは声を低くして再び語りはじめた。「戦争っていうのは、自分たちの中で、違う考えを持つグループ同士が争って、お互いを攻撃することなんだって。しかも、それで家族や友だちが命を落としても、また新しい武器を作って、もっと大きな暴力で対抗できるように努力し続けて、それをいつまでもやめないんだって……。結局まわりまわって自分たちが損をするって分かってるのに、何度も同じことを繰り返してるんだよ……」


 ルルはドン引きしていた。「なんで、そんなことを……?」


 ぴりかは少し目を伏せ、続けた。


「それがね、彼らにとっては争いも仕事みたいなものらしいよ」ぴりかは小声で続けた。「戦争も、『経済』っていう不思議な仕組みの一部で、貨幣を生み出す装置として機能してるんだって。だから、争いが終わってもまた新しい争いを作り出して、貨幣のために戦い続けるらしいの」


 3人は頭のなかで因習星の住人たちの生活を想像し、ただただ不安を感じて体を震わせるしかなかった。


「わけがわからない。こわいよ、ぴりかちゃん」ルルがぴりかの肩をぎゅっと握る。


「あー、なるほど。貨幣が絶対的な価値になってるからそういう考え方になるのね。でも、え……。じゃあ……その星のヒトたちは、貨幣のために他の仲間を傷つけたり、時には命まで落としたりしてるってことなの……?」アトゥイは怯えたような表情になった。


 ぴりかはうなずきながら続ける。「それだけじゃないよ。彼らは自分たちの繁栄のために他の生物を犠牲にして、環境も壊し続けているんだって。このままじゃ自分たちの星が住めなくなるかもしれないのに、気にせずどんどん星の資源を消費し続けてるんだよ……」


 そして、ぴりかはさらに衝撃的な事実を口にした。 「しかもね、因習星のヒトの平均寿命はだいたい70~80年くらいなんだって」


「え!? それじゃ、すぐ死んじゃうじゃん!!」ルルが驚いた声をあげる。


「そうなの! なのに、短い寿命の大半を実体のない貨幣を手に入れるために使ってるんだって。子どものときから『他のヒトよりもたくさん貨幣を稼ぐのが幸せだ』って信じ込まされてるの。だから、他のヒトを蹴落とすために人生を捧げるのが当たり前で、自分のための時間なんてほとんどないらしいのよ。それなのに……自分たちで発明した人工知能が労働の役割を担おうとすると『ヒトの仕事が奪われる』って全力で嫌がるんだって……」


 アトゥイは唖然としていた。「短い寿命の中で、どうしてもっと平和に、楽しいことを見つけて暮らさないのかしら。そんな無意味なことをしてる時間なんてないはずなのに……」


 3人は因習星の住人たちの生活を想像し、違和感を覚えずにはいられなかった。


「短命で、争いばかりして、環境も破壊する……。本当? にわかには信じがたいわ。そんな因習星が本当にあるの?」アトゥイがそう呟くと、3人は表情を暗くした。


「それが、実際にあるんだって……。なんか、自分で言っててなんだけど、本当にこわくなってきたよ……」ぴりかは少し身震いをしていた。


 ふとした拍子に3人の目があった。なんとなく、この場にいる全員が同じ気持ちを抱いていることがわかる。


 最後にルルがポツリと呟いた。


「もし私たちがここじゃなくて因習星に生まれてたら……。私たちも、そんな風に考えるようになってたのかな……」


「……想像したくもないわね」アトゥイがひきつったような声で小さく呟いた。


 少しの沈黙のあと、ぴりかが提案した。「……ねえ、こんな話をしたあとだし、今日は3人でお泊り会しない? 一緒にいれば、こわくないよね?」


「賛成!」ルルがすぐに手を挙げて喜ぶと、アトゥイも照れくさそうに頷いた。「それなら、夜トイレに行くときもこわくないもんね、アトゥイちゃん?」


「ちょ、ちょっと! 言わないでってば!」アトゥイは顔を真っ赤にしてバシバシと平手でルルの小さな肩を叩いた。でも、どこか安心したような笑みも感じられる。


「今日はお菓子をたくさん持ってきて、夜更かししようよ!」ぴりかが笑顔で提案すると、3人は思わず顔を見合わせて笑い声をあげた。


 彼女たちは因習星の奇妙な噂もすっかり忘れ、今夜のお泊り会の話で盛り上がりながら肩を並べて、楽しそうに下校していった。



<了>

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