後:夢の浮橋を渡った顛末
一週間後の昼下がり。フロウは繁華街の一角に建つビルの屋上に居た。夜には賑わう歓楽の
上部の
『三十代女性、自宅で意識不明の重体』
『出勤時間になっても職場に現れず連絡しても繋がらない事を不審に思った同僚が女性宅を訪問。室内で椅子に座り
ざっと読んだフロウは「フン」と鼻を鳴らすと、新聞を一斗缶の中にポイと捨てる。
「困るな。勝手な事をされたら」
突如、背後から声が掛かる。振り返れば、今し
雪のような銀髪に真珠の如き白い肌、中性的な顔立ち。そして特徴的な、
「何や、ラクか」
ぞんざいな物言いを返すフロウ。心
楽しみを邪魔されて気分を害したフロウは札束を鞄の中へ仕舞いながら不服そうに答える。
「失礼な。これは
言うなり、ヒラヒラと見せびらかすように一枚の紙を示す。口調も関西弁に転じ、明らかに先程までとは違う。
正当性を主張するフロウに対し、「それだけじゃない」と平坦な声でさらに
「許容量を超える“夢の浮橋”を摂取させた事で、あの人は死を待つ身になった。ざっと五十年は寿命が残されていたのに、君の
明らかに違う名で呼ぶラク。それもその筈、“フロウ”は
「殺す? 冗談キッツイわ」
「ワイはちゃーんと危険性を説明したで。けど、あの人は“死んだ旦那に会いたい”と強く願い自分の判断で
そもそも、“夢の浮橋”は成分名だ。人が望む夢を見せる反面、耐性が付く為に中毒性がある上に許容量を上回った場合――永遠に眠り続ける。心地
「それと、一つ勘違いしとる」
火の点いた煙草の先を突き付けながら、トートは語る。
「あの人は
「君の意見は
ラクはトートの言い分を認めつつも反問すると、“これだから現場を知らん奴は”と言わんばかりに
「現世に
空いた手の親指と
「人間に
屁理屈にも聞こえる主張にラクは眉根を寄せる。煙草の灰を一斗缶へ落とし咥え直したトートは「それにな」とさらに畳み掛ける。
「人間が銭を稼ぐ理由を知っとるか? 生命維持に必要な物を買うのは第一やけど、それに限らん。暮らしの質の向上、心の潤いを得る、寿命が尽きるまで有意義な時間を過ごす。娯楽や
大真面目に語るトートの言葉に、ラクは黙り込んだ。自分本位な部分も多少含まれているが、真理を突いていると捉えたからだ。死神が迎えに行った人を送り届けた先がラクの仕事、人間の心理や思考について深く知る必要のある立場だから尚更だ。
暫く黙考していたラクは、諦めたように一つ溜め息を
「……君の意見は一理あるが、認める訳にはいかない。くれぐれも
「善処しまーす」
気の抜けた返事で応えたトートに、ラクは何も言わずパッと消えた。“エンマ”の本名を持つラクは多忙の身、本来の持ち場へ戻ったのだろう。
恐らく、ラクは一斗缶で燃やしていた物を知っている。去り際に釘を刺したのがその証拠だ。
勢いの弱まった火を眺めながら、煙草を吸う。先端が
(悪い事をしたと、ワイは思わん)
大金を搾取したのはやり過ぎたかも知れない。でも、愛する夫の死に打ち
考えに考え、トートは脳内のモヤモヤを振り払うように頭を振る。優先度の違いで、
(さて、仕事や)
吸い終わった煙草をペッと一斗缶へ吐き捨てる。残り火に焦がされた
顔を上げたトートは鼻で大きく空気を吸う。直後、
「あっちか」
そう呟いたトートは、両手を上げ背伸びをした後に鞄を手に取った直後、音を立てず瞬時に姿を消した。死神本来の仕事へ向かったのだ。
命と引き換えに、幸せな夢の世界へ渡れる片道切符。あなたは欲しいと思いますか?
(了)
夢の浮橋を渡った先 佐倉伸哉 @fourrami
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