第3話 げに恐ろしきは若気の至り(3/3)
「……痛ッ」
ぐっと力を籠めると、ハンフリーの顔が痛みに歪む。
「どういう状況かは分からないが、御令嬢の宝物を粗末に扱うのはいただけないな」
厳しい口調で諭すと、男性はハンフリーから取り上げた本をルーシェにそっと手渡してくれた。
「ありがとうございます。でも、もう手に入らないのに……や、破れちゃった」
少し力を入れるだけで千切れ落ちてしまいそうな表紙。
怒りに任せてやりすぎたと思っているのだろうか、本を抱きしめてベソをかくルーシェを前に、ハンフリーは気まずそうに目を逸らした。
「新任早々、まったく……。ネクタイの色を見るに一年生か? 十五歳にもなって子供じみた真似をするな」
やはり新任の教師だったようで、呆れ交じりに告げられる。
プライドを傷つけられたハンフリーはカッとなり、男性に掴みかかるがその実力は歴然で、勝負にもならない。
あっさり投げられ、地面に腹を付ける形で押さえ込まれてしまった。
逃れようともがくが、それも叶わず、ついには顔まで地に押し付けられる。
「君には少しお仕置きが必要かもしれないな」
「そいつが悪いんだ! 毎回毎回俺をないがしろにして……!」
押さえ込まれ、もがくハンフリー。
興奮して怒鳴り散らす姿に、男性はふぅと短く息を吐く。
「悪いね、ゆっくり話を聞いてあげたいところだけど、のんびり遊んでもいられないんだ」
地に伏すハンフリーの頭上でパチンと指を鳴らすと、青白く光る枷が現れてもがく手足に絡みつき、鎖のように地につなぎ止められる。
「やめろ、なんなんだ! 離せ! ふざけるなよ、お前なんかすぐ学園をクビに……もがっ、モガモガ」
「あとで回収しにくるから、しばらく頭を冷やしておくことだな」
ハンフリーはなおも騒ぎ立てるが、口にまで枷がつけられ声が出せない上、地に縫い留められて動くことすらままならない。
完全に固定されたのを確認し、男性は押さえつけていた腕を離して伸びをすると、今度はルーシェへと向き直った。
「午後はずっと教員室にいるから、
ルーシェの頭にポンを手を乗せ、優しく告げると、何事もなかったかのように去っていく。
「ありがとうございます……!」
涙も引っ込み、少し冷静になったルーシェは立ち去る男性にお礼を述べ、足元に転がるハンフリーを一瞥する。
そして良いことを思いついたとばかりに、笑みを浮かべた。
「……素敵よね。貴方とは大違い」
服についた土ぼこりを払い、乱れた横髪を耳に掛けると、芋虫のようにうごめくハンフリーの顔の近くへしゃがみこむ。
脂汗をにじませて目だけを動かし、何をされるのかとルーシェを凝視しながら、ハンフリーはなおも束縛から逃れようと無駄な抵抗を続けている。
いつも余裕綽綽で生意気なハンフリーが、みっともなく地に転がる姿にスカッとしながら、ルーシェはその耳元へと唇を寄せた。
『地に這いつくばり、許しを請うとは……貴族の矜持を失くしたか?』
吐息交じりに、そっとささやく。
今にも唇が触れそうな距離に、顔を赤らめたハンフリーの瞳が微かに潤んだ。
『言い訳は、それだけか?……憐れだな、
——八時を知らせる始業ベルが鳴り響く。
人も増え、登校した生徒達が皆ハンフリーに目を遣り、クスクスと笑いながら通りすぎていく。
「恋占いが当たったかはわからないけど、忌々しいハンフリーに仕返しが出来たのは最高だわ!」
ルーシェは微笑みながら、ぎゅむっとハンフリーを踏み付けて踵を返す。
始業時間の近付く校舎へと、晴れやかな気持ちで向かったのである――。
***
「さっきの子、ルーシェ・アミティエというのか」
教員室に向かう道すがら、男性は楽しそうに何かを宙へと放り投げる。
パシッと受け止めたその手の中には、先程拾ったまま、
「アミティエ子爵令嬢。十五歳、婚約者なし」
昨年、初めて開催した小説のサイン会で、顔を真っ赤にしながら俯きがちに色紙を差し出した少女の姿が今も頭に残っている。
一瞬で心を奪われ、名前を聞くべく声をかけようとした瞬間、色紙を抱えて逃げ出してしまったため、それきりになっていた。
眼鏡をかけて変装していたこともあり、先程のルーシェの様子を見るにまったく気付いていないらしい。
「大方ハンフリーとやらも気があるのだろうが、あんな子供じみた方法では堕ちるべくもない」
表紙を破られた本は売り切れとなり、手に入れるのは難しい代物だが、
そのうち生徒手帳が無いことに気付き、教員室へと来るだろう。
先ほどの伯爵令息がいらぬ真似をしてきたら、返り討ちにできるだけの身分もある。
職も決まり私生活も順調、さらにはずっと探していた可愛い嫁候補まで見つかった。
八時の始業ベルが鳴り、学園内に静寂が戻る。
「最高の一日だな!」
力いっぱい伸びをして、ご機嫌で授業に向かう。
やっと見つけたあの日の少女……ルーシェのことで頭がいっぱいになり、すっかり忘れ去られたハンフリー。
心配になり、昼休みに様子を見に来たルーシェに発見され、やっと拘束を解かれたのは実にこの四時間後。
助けを呼ぶべく教員室に向かいざま、ルーシェがトドメとばかりに、ぎゅむッともう一踏みしたのは、――ご愛敬である。
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