第3話 Z世代刑事と名推理
翌日、軽井が運転する車で重本が竹田邸に向かっていた。
軽井が出勤するとすぐに重本は向かうように言ってきた。
その様子から、重本の推理が結論に達したのだと軽井は確信していた。
庭の門扉をくぐり、玄関のインターフォンを押す。
「刑事の重本です。少し以前の件でお話したいことがありまして」
そう言った重本の手には薄汚れた大学ノートがあった。軽井はそれを平然と見ていた。
「連日、すみませんね」
以前と同じように二人はリビングに通されると、軽井が頭を下げた。
「いえいえ、構いませんよ」
竹田は低姿勢だ。
「竹田さん……あなたが、松本氏を殺しましたね?」
重本が意を決して言った。
「刑事さん……一体、何を? 私にはアリバイがあると刑事さんたちも認めてられたじゃないですか?」
「はい……ですが、あの生放送がこの場所で撮影されたのであれば、の話です?」
「何を言われてるんです? 私の撮影場所はここに決まってますよ?」
彼女は理解できないという様子だ。
重本は手にしていたノートを差し出した。
「松本氏の記した日記です。大半は妄想とも創作ともとれぬものでしたが、この中に興味深い記述があります」
重本はそこで一呼吸置いた。
「それは……あなたが、事件現場の川原近くのアパートを借りていた、という記述です。しかも、あなたはそこに何度も足を運んでいる……大きな荷物を持ってね。そして、あなたからとうとう手紙の返事が来たという記述もね」
「確かに部屋は借りましたが、それは家の中を整理するのに物をどかす置き場所が欲しかっただけで、それ以上の意味はありません。それと、手紙の返事を書いたというのはあの男の妄想です」
「本当……ですか?」
重本は彼女に顔を近付けていった。
「本当です」
ため息を付く重本。
「本当は、松本を殺した晩の撮影場所はそのアパートだったんでしょう? そこなら、刺して戻って来るだけなら十五分でもなんとかなる……。あなたはあの晩、松本に会いたいという手紙を出して人気のない川原に誘き出してから……」
重本の圧が強くなる。だが、彼女は揺るがない。
「確かに、あの場所ならそれができるかもしれません。ですが、証拠はあるんですか?」
「そんな物、調べれば出てきますよ」
「要するに、無いんですよね。それは刑事さんの妄想ではないですか? 頭のおかしいストーカーの日記を読んで、それに影響を受けたのでは?」
彼女は勝ち誇った顔をした。自分は捕まるはずがない――そう思っている犯人の顔だ。
「そ、それは確かに……」
「証拠なら、あります」
隣ではっきりとそう断言する声があった――軽井だ。
「……ですが、ご自身で認められた方がよろしいのでは?」
「何を、ですか? そもそも、あなたが私のアリバイを証明されたのでは?」
軽井は深いため息を付いた。
「分かりました。証拠をお見せします」
軽井はスマホを操作しだした。
「これが、以前の生放送の画像。そしてこれが、その時の生放送の画像です」
軽井はスワイプして二つの画像を順に見せた。
「二つとも同じじゃないか?」
覗き込んでいた重本が言った。
「ええ……ぱっと見はね。私も最初は気付きませんでした」
軽井は二つの画像を何度か行ったり来たりして見せた。
「この二つの画像……何か違和感があると思いませんか?」
「いいえ、同じように見えます」
彼女もそう言う。
「そう、物の配置はね……でも、違うんですよ。影が」
「影……だと?」
「そう、影です。違う場所で物の配置は同じにしたけど、直接映らない照明器具の位置だけは部屋によって違いが出てしまって……ここを拡大すると、影の角度が違うことが分かりますよ」
「そ、そうか! 言われてみれば確かに……影の感じが違う!」
重本は興奮して言った。
「え……あ……」
彼女は金魚のように口をパクパクさせた。
「さて、同じ部屋で撮影したのなら、なぜ光の当たり方に違いができたのか……説明してもらえますか?」
軽井はさらりと言った。
彼女は
「わ……た、しが……やりました。私が……松本を殺しました!」
こうして、事件の犯人捜しは幕を閉じた。
その後は、二人とも忙しかった。
竹田を取調室に入れると、事実確認をして調書を取った。彼女は罪を認め協力的だったからまだ短時間で済んだが、それでも一苦労だった。
その後、主にインターネットで彼女の逮捕は大きく取り上げられ、警察はその対応に追われることとなった。二人は場所と人を変え、警察関係者に何度も同じ説明をすることとなった。
有名動画配信者が殺人犯。人生の絶頂から一気に転落へ。そんな風に面白おかしく論ずるメディアもあったが、深刻なストーカー被害に遭っていたのに警察が対応しなかったことを批判する声も相次いだ。
それも一段落ついて、ようやく二人は解放された。
軽井はカタカタとPCのキーボードを叩いている。
「なあ、お前はいつ頃から気付いてたんだ?」
重本がそう声を掛けた。
「なんのことです?」
軽井はそちらを見ずに言った。
「とぼけるなよ……あの事件の証拠、持ってたってことは俺より早く真相に気付いていたってことだろ?」
ここでようやく軽井は重本を見た。
「はは……バレちゃいましたか? 絵を描いた時です」
「絵? あの机の上に放り出したスケッチのことか?」
「そうです。絵を描くっていうことは、対象を精細に観察することです。また、影を付けるには当然その向きを意識しないとできません」
「お前な、そこまで気付いていながら、どうして――」
「できれば、自身で罪を認めてほしかったんです。その方が多少は罪が軽くなるか、と」
「あのなあ……俺たちが相手するのは、そんな善人ばかりじゃないんだぞ」
重本は呆れた様子で天を仰いだ。
「ま……今回だけは大目に見てやるが、次はするなよ」
ニュースでは、小鳩ムクこと竹田花江が悪質なストーカー被害に悩んだ末の犯行とされ、その事情を配慮されるだろうと告げていた。
光と影 Z世代刑事のお気楽捜査 異端者 @itansya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます