第2話 Z世代刑事と動画配信者
数日後、PCのパスワードを解除して中身の解析を終えたという連絡が入った。
その中には小鳩ムクの情報もあった。
小鳩ムク、本名
「よし、行くぞ!」
「了解」
二人はその住所へと向かった。
着くと、一軒家の庭で花に水をやっている女性が目に入った。動画よりも地味な格好をしているが、小鳩ムクだった。
「ちょっとお話を伺ってもよろしいですか?」
軽井が庭の門の前に立って、警察手帳を出して了承を求める。
「え? 警察の方ですか? ……はい。いいですよ」
彼女はすんなりと応じた。
彼女は二人をリビングに通すと、ハーブティーとお菓子を持ってきた。
「いえ、お構いなく……」
「このクッキー美味しいですね」
重本が遠慮している隣で軽井がクッキーを頬張っている。
二人は軽く自己紹介した後、本題に入ろうとした。
「あの、聞きたいことというのは……」
彼女は不安げに言った。
「先日亡くなられた、あなたのファン。いや、ストーカーだった松本隆司氏についてです」
重本がそう言うと、彼女の顔が強張るのが分かった。
「あの……その話は……」
彼女は嫌悪感を隠せずに言った。ムクの時は決してしない顔だ。
「亡くなられたことはご存じでしょう?」
「……はい……ニュースで見ました」
「それなら、彼が亡くなった時間帯。その日の午後十時頃何をしていました?」
「……私を疑うんですか!?」
「失礼。疑うのが……我々の仕事です」
「まあ、知ってるんですがね~」
軽井が気の抜けるような声で言った。
「は? お前、何を――」
「竹田さん、あなたはその時間帯、小鳩ムクの名義で生放送を配信していましたね?」
「ええ! そうです!」
彼女が力強く頷く。
「その途中で一回休憩を入れましたよね。確か、それが午後十時前後……」
「あ、それは……ちょっと話しっぱなしで疲れたので」
「それなら、その間には――」
「それは無理」
遮ったのは軽井だった。
「ここから事件現場まで、車で急いでも片道三十分はかかります。つまり往復一時間は最低でも必要……ですが、実際に席を外したのは十五分程度。これではどうしても足りません」
「はい! 軽井さんの仰る通り、十五分しか休憩していません!」
彼女は強く同意した。
「念のため確認させていただきますが、その生放送とやらは本当にここで撮られた物ですか?」
「はい。撮影機材を見ていただけば分かると思います」
彼女は二人を別の部屋に案内した。
カメラやマイク等の専用の機材がずらりとならんだ部屋だ。部屋自体はそんなに狭くないのに、そのせいか圧迫感を感じる。
「あ~確かにこの部屋っぽいですね」
軽井が手にしたスマホからも、彼女の声が聞こえてくる。その時の動画を見ているのだ。
「お前、それちょっと見せろ」
重本が軽井のスマホを取り上げると、しげしげと眺めた。
確かに物の配置等はこの部屋そのものだ。
「確かに……この部屋で撮られた物に見えますね」
重本も同意する。
「しかし、時刻表示が無いのでその時刻だとは限らないのでは? あるいは、録画した動画をなんらかの方法で生放送に見せかけたのでは?」
「それはありえませんよ。その時、放送中のコメントに返事しているのを見てましたから」
軽井が即座に否定する。
「これで、アリバイの証明はできたでしょうか?」
心配そうに眺める彼女を見て、確かにこの容姿と声ならファンもできるだろうと重本は思った。
「はい、十分です」
重本は渋々といった様子だったが、一応は認めた。
「あの……不快かもしれませんが、松本氏との関係について聞かせていただけませんか?」
軽井が割って入った。
「それは……話さなければなりませんか?」
「はい、差し支えない程度で構いませんので……」
「立ち話もなんですし、戻りませんか?」
三人はリビングに戻った。
「あの人……最初は熱心なファンの一人といった感じでした――」
彼女はすっかりぬるくなったハーブティーを一口含んだ。
「何度も課金してくれて……でも、そのうちに自分だけが特別だと思うようになって――」
どこからか個人情報を特定すると、ストーカー行為をするようになったという。
付きまといはもちろんのこと、郵便受けに支離滅裂なラブレターを隠し撮り写真と一緒に入れたり、出したゴミを漁られたりして、本当に怖かったのだという。
ゴミ――そう聞いて、二人はあのゴミ屋敷を連想した。あの中には竹田が出したゴミを拾ってきたのもあったのだろう。
「それでも無視し続けていると、更にエスカレートして――」
庭の門扉に鴉の死骸が吊り下げられていたり、郵便受けに血のような色で書かれた「お前は俺の物」という手紙が入ってくるようになったのだという。
「警察には相談は?」
重本が深刻な顔をして聞いた。
「しました。でも、私みたいな動画配信者って、自分を売り物にして稼いでいるような物じゃないですか……ファンを騙して稼いでいる私にも責任があるって……」
「全く、どこのどいつだ!? その警察官は!?」
重本は怒りをあらわにして言った。彼は警察の中でも正義感は強い方だった。
「年配の方には動画で稼いでいるって、イメージ良くないですからね。楽して儲けてるって思われたのかもしれませんね」
軽井は冷静だ。
「そんな……私だって撮る時は人一倍気を遣ってるのに……これだけの人気になるまでどれだけ努力したか……」
彼女は顔を覆った。言葉にならない声が漏れだす。
それ以降は、まともな会話にならなかった。
二人は挨拶もそこそこにその場を後にした。
あれから一週間がたった。
証拠品は何一つ見つからず、有力な容疑者さえも見つかっていない。竹田には確かに動機はあったが、動画撮影された時刻が改めて確認され、アリバイが証明されたことで早々に容疑者から外されていた。
被害者の両親とも会ったが、彼が若い頃からずっと金さえ与えておけばいいという考えで、彼が何をしていたのかさえ知らなかったようだった。確かに金さえ与えておけば飢え死にすることはないだろうが、これは一種のネグレクトではないかと、重本は少しだけ
ただ、一冊のノートが重本の手元にはあった。
彼は手元のスマホで例の動画を見ていた。見方が分からなかったので、軽井に聞いたのだ。
彼は動画を何度も繰り返し見ていた。ノートに書かれていた内容と動画、それを何度も見返すうちに疑問は確信へと変わった。
「こんな時に、全くアイツはどこへ……」
軽井の席は空だった。机の上には、竹田の動画をスケッチした絵が何枚も置かれていた。
スマホも呼び出したが、電源を切っているのか繋がらなかった。
「すみません……この間は不快な思いをさせてしまって」
軽井は竹田の家を訪れていた。
「いえ、構いません」
彼女は少し困惑した様子をして玄関で迎えた。
「これ、つまらない物ですが……」
彼はお菓子の包みを差し出した。
「そんな……受け取れません」
「いえ、どうか遠慮なさらず……。このままでは私の気が晴れませんから」
「そんな……あっ、せめて上がられてお茶だけでも」
彼女に促されるまま彼はまたリビングへと足を踏み入れた。
以前来た時と同じように、ハーブティーとお菓子が用意された。
「どうです? その後は……大丈夫ですか?」
軽井はあえて「何が」というのは省いて言った。
「はい、おかげさまで。今ではかなり落ち着きました」
彼女は型通りの返し方をした。
「そうですか。……それは良かった。動画配信者の中には発言一つで炎上したり、嫌がらせを受けたりする場合もあるみたいですからね」
彼女の顔が少し曇った。
「確かに、嫌がらせまがいのコメントとかもあります。けど、そんなことを気にしていたらやっていけない世界ですから」
彼はハーブティーを一口飲んだ。
「うん……良いお茶ですね。あ、そうそう」
彼は自分の名刺を差し出した。
「これ、以前渡しそびれましたが……もし何かあれば、ご連絡ください。どんな些細なことでも構いません、気が向いた時にでも……」
「ありがとうございます」
彼女は丁寧に名刺を受け取った。
彼が帰ろうとすると、彼女が思い出したように言った。
「実を言うと、私ほっとしてるんです。もうストーカーに悩まされずに済むって。人が死んでるのにこれって、不謹慎ですよね?」
彼女は自身の感情に困惑しているようだった。
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