光と影 Z世代刑事のお気楽捜査
異端者
第1話 Z世代刑事と老刑事
「あ~ユミちゃん、良いよ♪ ユミちゃん♪」
そう言っているのは、
イヤホンをしてPCの画面を熱心に覗き込んでいる。
画面の中では、アニメ調の3DCGで作られたピンク髪の少女が踊る動画が再生されている。
「何が『ユミちゃん』だ!? ふざけてないで、仕事しろ!」
そう怒鳴ったのは
「いや、先輩はユミちゃんも知らないんですか?」
軽井はイヤホンを外しながら言った。重本の声は大きいから、イヤホン越しにでも十分に聞こえたようだ。
「知るか!? そんなもん!? 職場のパソコンを
重本が怒鳴る。それを見て他の刑事たちは笑っている。またか、といった感じだ。
これが、この警察署の刑事課の日常だった。
「ユミちゃんは今有名なヴァーチャルアイドルですよ! 知らないなんて、人生の三割は損してます!」
「だからそんなこと知るか!? さっさと働け!」
「は~い」
軽井は力なく返事をすると、動画のウィンドウを閉じた。
軽井と重本は刑事のコンビだったが、好き勝手する若者、軽井の「お世話係」だと高齢の重本は裏で言われていた。
もっとも、軽井は仕事をしていないかというとそうではなく、一人分の仕事はこなしている。仕事はしているから、他のことをしていても良いだろうというのが本人の言い分だ。
とはいえ、
典型的な
電話が鳴った。軽井が取る。
「は~い、こちら刑事課。……え、殺人。困ったなあ……後にしてくれませんか? お昼忘れてて、まだ食べてないですし」
「馬鹿! そんなことより、さっさと行くぞ!」
重本が電話を取って用件を聞くと、嫌がる軽井を催促して無理矢理に現場に連れて行った。
二人が現場の川原に着くと、既に青いビニールシートで周囲を囲ってあった。
「ご苦労様です」
鑑識の人が丁寧に言った。
「いえいえ、そちらこそ」
軽井が答える。
「で、仏さんの状況は?」
重本はビニールシートをめくりながら言った。
中には、中年男性が倒れていた。地面には赤黒い染みができている。
「死因は鋭利な刃物による刺殺。死亡推定時刻は昨夜十時頃です。出血量から見て、ここで殺されたことは間違いありません」
鑑識の人間は手慣れた様子で答える。
「身元は?」
「ポケットに入っていた運転免許証から、
「第一発見者は?」
「犬を散歩させていた老人です。向こうで待っていただいています」
鑑識はシートの向こう側を指さした。
「分かった」
二人はそちらに向かった。
そこでは、怯えた様子で佇む老人と興奮気味のトイ・プードルが居た。
「第一発見者の方ですね。少し署の方でお話を聞かせてもらえませんか?」
重本は丁寧な口調で言った。
「犬」
「は?」
「犬を帰してからにしてもらえませんか?」
「ああ、分かりました。ワンちゃんを先にご自宅までお送りしますよ。おい、軽井!」
「はい、運転ですね。道の指示をお願いします」
こうして、二人はパトカーに老人と犬を乗せて、老人宅に向かった。
「やれやれ……」
重本はため息を付いた。
あの後、署に連れてきて話を聞いたが、本当に偶然見つけたらしく新しい情報は得られなかった。
最初、犬が散歩中にそちらに向かって吠えるから、変だと思って見てみたら死体があったらしかった。元々人通りのある場所ではなかったため、昨晩から今日の昼過ぎまで見つからなかったようだった。
老人の証言に怪しいところはなく、早々に帰すことにして軽井が送っていった。
「後で、被害者宅にも行ってみますか?」
軽井がハンバーガーをむしゃむしゃと食べながら戻ってきた。
「お前、何食べてるんだ!?」
「何って、ハンバーガーを知らないんですか?」
「いや、俺はあの爺さんを送ってすぐに戻って来いと言ったはずだ!」
「嫌だなあ……ちょっとの寄り道ぐらい良いじゃないですか? 腹が減っては戦はできぬ、ですよ」
「その前に、お前には戦意が足りてない!」
バシーン!
きつめに軽井の頭を叩く。口うるさい連中にならパワハラともとられかねない勢いだ。
「まあまあ、そう焦らないで……」
気にした様子もなく軽井はハンバーガーを
「『後で』じゃない! 今すぐ被害者宅に行くぞ!」
「はいはい、了解しました」
軽井はハンバーガーの残りを飲み込んでいった。
被害者、松本隆司の自宅は川原から車で十五分程のマンションだった。
最初、重本は息を飲んだ。あの薄汚いホームレスのようにさえ見えた被害者宅だとは思えない高級マンションだ。軽井は平然としていた。
「ええ、こちらです」
管理人の案内で被害者の部屋に通された。
その様子を見て、重本は更に唖然とした。
元は豪奢だったと思われる部屋がゴミ屋敷同然と化していた。掃除や片付けと無縁だったらしく、部屋には脱ぎ捨てた衣類や食べ終えた容器等が散乱している。
「こちらの部屋で、独り暮らしを?」
軽井は平然と聞いた。
「はい、そのはずです」
管理人は、警察ということで緊張しているのか返答が少し硬かった。
「お仕事は何をされていたかご存じですか?」
「それが……亡くなった人のことをあまり言うのもなんですが、仕事はしていなかったようで……ご両親からの仕送りで生活していると聞いたことがあります」
「なるほど、無職と」
「ええ、そうだったと思います」
「少し見て回って良いですか?」
「はい、構いません。お帰りになる時はご一報ください」
管理人は部屋を出ていった。
「で、どこから手を付けましょうか?」
軽井は薄手の手袋を付けながら言った。
「お前なあ……」
重本は毎度のことながら、こんな時にも動じない軽井には驚かされる。
「このゴミの山を片付けるのは二人では無理だ。軽く部屋を回るぞ」
重本も手袋をしながら言った。
「了解」
この後、部屋を見て回ったがどの部屋もゴミだらけだった。
ただ、最後に見た部屋だけが片付けられていた。
部屋の中央にはPCが鎮座し、壁一面にA4サイズに印刷した写真が貼られている。
「これは……」
それは異様な光景だった。
写真には同じ女性ばかりが映っている。中央のPCは彼女を祀る祭壇のように見えた。
「良いなあ……最新のPC……働かずこんなのが買えるんだから、世の中不公平――」
「お、おい! それより壁!」
「ああ、ムクちゃんですね……プライベートらしき写真もあるし、盗撮ですね」
「は!? お前知ってるのか!?」
「そりゃあ、もちろん――」
軽井は「ムクちゃん」こと「
重本には理解できない単語が度々あったが、要約すると動画配信で稼いでいる若い女性で、その界隈ではかなりの人気を誇るらしかった。彼には信じ難いことに、部屋で少し話すだけの生放送でも何十万もの大金を稼げるらしかった。
「……で、盗撮と言ったな。つまりは、コイツはムクとかいうのをストーキングしていた訳か?」
重本は軽井の話についていくのに精一杯だったが、なんとかそれだけ言った。
「……おそらくは。ほとんどメイクしていない、動画やSNSでも見たことがない写真が多数あるので、松本がムクちゃんをストーキングしていたと見てほぼ間違いないでしょう」
「そのムクとやらと接触できるか?」
「動画配信者は、大抵は素性を明かしませんし、警察の捜査と言っても協力してもらえるかどうか……でも、この中に個人情報はあるでしょうね。まあ、ロックは掛かっているでしょうが」
軽井は迷いなくPCを指さした。
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