それからの話

 私は休みが明けてから、お金の旨は解消したこと、セシルの本は取り戻せたこと、騎士団への通報は取り消した旨を伝えると、当然ながら変な顔をしていた。


「お金の問題が解消したのはいいが……いったいぜんたいどういうことなんだい?」


 グレームに当然ながら困惑され、私は頷いた。


「あまり大事にしたくないからね、ディーンもいろいろ嗅ぎ回っていたから、なんとかあちこちに手を回して事件を揉み消していたの」

「なるほどなあ……あれもずっとマルヴィナに粘着していたから。この間の興行大成功もせっかく取ろうとしたマルヴィナのスキャンダルを否定された上でかえってタダの宣伝広告のネタにされてしまったのを、相当根に持っていたみたいだから」

「ええ……それでなんとかまとめました」


 まさかうちにずっといたアナベルの不幸のドミノ倒しに巻き込まれたなんてこと、口にできないし。なによりもアナベルの心境は、王都住まいからは結局わからないだろうから、むやみに彼女のことを言って、彼女にひどいことを言われるのは避けたかった。

 アレフは「それで」と尋ねた。


「お金の問題がなかったのはいいが、次の興行については、ちょっとはお金を出せそうなのかい?」

「それはもう。うちの看板作をできるかと思います。さすがにおかみに怒られたくないからあんまり派手な恋愛ものはできませんけど、魔法が混ざったら途端に制限が緩くなりますしねえ」


 それを言ったら、劇団ソラリスは一気に歓声が上がった。

 貴族同士の恋愛ものは、興行が一番よく人気も出るものの、婚前恋愛禁止条例のおかげで、貴族に恋愛意識を高めさせるようなものをするのは全面的におかみから圧力がかかるけれど。逃げ道として「魔女が関わっています!」「魔法使いがいるのでなんとかなりました!」と貴族間だけで恋愛が成立しない話にしたら、途端に制限が緩くなる。

 華やかなドレスも発注できるし、たくさんセットもつくることができる。

 皆である程度話し合いをしてまとめてから、脚本を発注することになったんだ。


****


 うちでメイドとして働きはじめたアナベルは、意外なことにメイドとしての才能を開花させつつあった。

 そういえば彼女は私の付き人をやっているときから、細々とした仕事が得意だった。私は掃除がそこまで得意ではないけれど、アナベルは意外と掃除が得意だ。料理は残念ながら彼女はあまりレパートリーがなく、放っておくとマッシュポテトしか出てこない。念のためにセシルにも話を聞いてみたら、「うちの領地、基本的にふかしいもとベーコンがごちそうだったから……」と申し訳なさそうに言っていた。

 仕方がなく、料理自体はクレアが帰ってくるまでは私がすることとなった。

 私が料理をつくって、アナベルが他の家事全般をしている。その間もセシルは少しずつ私たちの手伝いをしながら詩を書くようになっていった。


「これ……トーマスさんから頼まれて、詩を書くことになったんだ」


 そう言いながらセシルは嬉しそうにトーマスからもらった脚本の草稿を抱き締めていた。うちとは別件で書いているトーマスが、その舞台にも詩を欲しいと発注をかけてきたのだという。だとしたら、この子の詩が王都中に広まるのは時間の問題だろう。


「そう、おめでとう。あなたもすっかりと詩人ね」

「まだ一冊しか本を出してないし……まだ人の名前を使って売っているだけだから」


 そうはにかんでセシルが笑うのを、アナベルがあっさりと言う。


「自信を持ちなさいよ。あなたはあんな故郷にいたら、男娼として売られてたか、どこぞの訳のわからない貴族のつばめになるしかなかったんだから、ここで詩を書いてられるのなんて幸せでしょ」

「……うっ、うん」

「私はやりたいこと、今考え中なんだから」


 そう。これだけアナベルは料理以外の家事が堪能だったら、ここから紹介状を書いて、もっといい条件で働ける場所に移動も可能なのだ。でも……。成り行き上アナベルはメイドをしているだけで、彼女自身はメイドになりたい訳でもないし。

 家事ができるけれど、それ以外に彼女が好きなことがなかったら難しそう。アナベルの自分探しはまだまだ時間がかかりそうだ。

 私はその日は挽肉の卵詰めと野菜スープをつくっていたら、ウィルフレッドが帰ってきた。


「お帰りなさい。クレアは多分七日後くらいに戻ってくるんですって」

「ただいま……なんとも、賑やかな家になったみたいだね」


 ウィルフレッドが笑う。

 思えばオルブライト邸もおかしな家庭になったものだ。

 男の正室は元気に詩を書きながら、独立を模索している。元婚約者はメイドをしながら、休みの時間に図書館に出かけて資格勉強をしている。身元後見人にウィルフレッドがなってくれた以上、無下な扱いをされることはまずない。

 そして側室は、日頃から舞台漬けの毎日で、脚本作業中の間だけ、妻の真似事をしている。ただウィルフレッドは帽子を帽子掛けに引っ掛けると、真っ直ぐに私を抱き締めてきたのだ。私は怪訝な顔で彼を見上げる。


「なあに?」

「いやね、君が来てからなにかと騒がしいけれど、その騒がしさがなんだか嬉しくなってね、そしてその騒がしさの中に私を巻き込んでくれるのが嬉しい」

「それどういう意味?」

「幸せだと言っているんだよ」


 その言葉に、私はなんとも言えない気分で背中に腕を回した。

 最初から妥協まみれの婚姻だったし、恋が芽生えることは本当になかった。ただ、気付けば好きにはなっていた。

 恋とは程遠いけれど、愛はある。

 王都の三人婚というおかしな家庭で、今日もおかしな愛を育んでいる。


<了>

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三人婚をすることになった私の行く末 石田空 @soraisida

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