第15話 両腕


 伎越県伎越市伎越駅に俺は来ていた。

 ここは相羽マヒロが率いるギルドの活動拠点がある場所だ。


〈朝九時に駅に来てね。あ、私は私用で行けないから君の師匠を置いておくよ〉

〈{写真}〉

〈この子に話しかけてね。美人だからって手を出したらだめだよ?〉


 こんなふざけたメッセージが朝の六時に急にきたからだ。

 しかしお願いしてるのは俺の方だし文句も言えん。


 飛行機のチケットは取ってあったが土地勘のない場所で駅に行けと言われて少し焦った。

 スマホの時計は『9:03』。

 まぁギリセーフだろ。


「遅刻ですね」


 淡い紫の髪を肩くらいの長さで切り揃えた女が、駅に入った俺を見るなり近寄ってきてそう言った。


「三分じゃん……」

「ダンジョンでは人が死ぬに足る時間です」


 まぁ……


「確かに。罰則があるならなんでも受けますよ? 貴方がネオンさん?」

「はい、ネオン・トワイライト・木下と申します。立川燈泉さん、今日からよろしくお願いしますね」


 名前と外見から推察するに海外とのハーフなんだろう。

 丁寧に頭を下げるその仕草からは『真面目さ』のような物を感じる。


「では、罰則についてですが……」

「マジであんのかよ……なんですか?」

「取り合えず、私との手合わせ……ということで」

「へぇ、面白いこと言うんだな」



 ◆



 荷物をホテルに置いた後、俺は木下に連れられてギルドにやってきた。

 ギルドの地下に存在する探索者訓練用特殊ルームだ。


「原則的に、ここではクラスツリーを起動することが許可されています」


 言いながら木下の袖口が青く光る。

 クラスツリーを起動した時に漏れる光で間違いない。


「そうですか」


 だから俺も迷うことなくクラスツリーを起動した。


「いいですよ。敬語じゃなくて。その方が貴方らしいと思います」

「そうか。じゃあお言葉に甘えるよ。けど一体、俺の何を知ってるんだ?」

「メインクラスは『プリースト』でありサブは『コマンダー』のクラスを持つこと。〈治癒ヒール〉を纏っての格闘によってアンデッドを倒してきたこと。スキルの制御能力は規格外であり、同一スキルを三つ同時に発動できるほど。戦術能力も非常に優秀でその発想と危機感はチーム単位での生存能力の底上げに繋がっている。何より特筆すべき点は『責任感』にあり、勝利へ至る方策を講じ実際に掴み取る『実現性』を持っていると……五等級探索者である三上洋平さんの報告書には記載されていました」

「プライバシーの侵害だろ。なんで知ってんだ?」

「父が協会の結構偉い人なので」

「そんなこと俺に言っていいのかよ? 身内特権で情報漏洩なんてなんかの法律に抵触してるだろ」

「私は貴方に探索者としての心得を教えるようにマヒロさんから仰せつかっています。ですので今言った程度のことは、何れ知ることですよ」


 真面目だと思ってたけど、ルールを生真面目に守るって感じじゃないって訳だ。

 こいつにはこいつの狙いや願いがあって、それを達成するために必要な工程を実直に歩んでるだけなんだろう。

 そういう意味じゃ俺や良太と少し似てるか。


「まぁいいや。別に怒るようなことじゃないし。それでその報告書を読んだお前の俺の評価を教えてくれよ?」

「ご自身でもよく分かっていると思いますが?」

「俺の予想が合ってるか教えてくれるのがあんたの役目なんだろ?」


 煽るような俺の言葉を眉一つ動かさずに受け流しながら、木下は「確かに」と頷く。


「見るべき点は多かったのでしょう。きっと才能があるのでしょう。この報告書を作成した三上という探索者が貴方に期待しているのはよく伝わりました。しかし――」


 自覚はあるよ。

 負けて……なのになんで負けたか考えないほどアホじゃない。

 だからずっと俺に足りないものを考えていた。

 そして、それは明らかだった。


「この報告書の記載の中には、一言も貴方の戦闘力を褒める言葉はありませんでした。〈治癒ヒール〉を攻撃に転用することで騙し騙し戦ってきたのかもしれませんがそれもここまでです。立川燈泉さん、貴方は単独の戦闘に置いてはプロとして通用しないほどに弱い」


 ずっと考えていたことだ。

 俺には武芸の心得というものがない。

 俺の武術は全て我流。

 仮免を取得してからダンジョンに潜り続けて体得した粗削りなものだ。


 だから弱い。

 真面に戦えば良太にすら負けるだろう。

 クラスアップしていない良太にだ。

 アルを含めた魔道具を絡めれば勝率は多少上がるだろうが、しかし日に三十分しか使えないアルの戦力を自分の戦闘能力として計算するのはナンセンスだろう。


 つまり木下の言葉は全て的を射ている真実だ。


「単刀直入に言いますが、今の貴方はおそらくダンジョンに入る段階にない。だからまずはフィジカル強化から始めます。魔道具もスキルも自由に使って構いません」


 それが俺の今の地点か。

 他人から言われると、それも自分より高位の探索者からの言葉だし、今まですぐに結果の出る項目じゃないと逃げていたのが自覚できるな。


「良かったよ」

「何がでしょうか?」

「甘い先生ならどうしようかと思ってたんだ」

「そうですか」


 『霊冷棒レレイボウ』を具現化させながら、木下に向かって歩く。

 相手は一人だ。周囲を警戒する必要も早く止めを刺す必要もない。


 レベル差は歴然。

 身体能力の差は圧倒的。

 スキルの数だって木下の方がずっと多いはずだ。


 その上で俺に許された特権は一つだけ。


 ――何度負けてもいいってことだ。



 一戦目。

 俺は霊冷棒レレイボウを構えながら突っ込んだ。

 目前で突きを放つが首を逸らすだけで避けられ、棒を握られた時点で負けだった。

 そのまま俺の身体が持ち上げられ、木下が霊冷棒レレイボウを振りぬく腕力と遠心力によって吹っ飛ばされた。


「〈治癒ヒール〉」


 立ち上がる。

 二戦目。

 霊冷棒レレイボウをぶん投げて開戦。霊冷棒レレイボウが叩き落とされている間に懐に潜り込む。が、身体能力レベル差がありすぎるし武術の心得としても相手の方が勝っている。拳を受けられ、腹にカウンターを貰い撃沈。


「〈治癒ヒール〉」


 三戦目。


「〈治癒ヒール〉」


 四戦目。


「〈治癒ヒール〉」


 五戦目。


「〈治癒ヒール〉」


 六戦目。


「〈治癒ヒール〉」


 七戦目。


「〈治癒ヒール〉」


 八戦目。


「〈治癒ヒール〉」


 今現在の勝率は相手百パーこっちゼロパー。

 九戦九敗である。


「お前レベル幾つだよ?」

「最近6になりました」


 ってことは5レベル差。

 普通にやっても絶対勝てねぇな。

 あの龍と同じような差だ。


「手加減すんなよ」

「しませんよ」


 嘘つくな。

 お前がスキルを一つも使ってないことは分かってる。

 俺はクラススキルもアイテムスキルも殆ど使ってるってのにこの戦績だ。


「なんでスキル使わないんだ?」

「使うと、貴方が死ぬからです」

「誰が死ぬか、馬鹿野郎」


 突っ込む。

 この九戦突っ込み続けた。

 そろそろ頭に俺のワンパターンが染みついて来た頃合いだろう。

 まぁ、普通に別のことをしてもお前の動体視力なら普通に反応しちまうだろうから、突っ込むのはやめずにその後の派生を変化させて意表を突く。


「〈結界シールド〉」


 木下の足下に展開し転ばせる。


「無駄です」


 〈結界シールド〉が一瞬で踏み砕かれた。

 まだ視野が広い。余裕がある。


 霊冷棒レレイボウによる薙ぎ払いを放つが手の甲でガードされる。

 その時腹を開けて攻撃を誘導。


「終わりです」


 カウンター気味に放たれたストレートに合わせて〈結界シールド〉三枚を多重展開。

 奴の攻撃力の拳ならそれを見ても腕を引っ込めはしないだろう。

 レベル1の俺如きの〈結界シールド〉三枚程度じゃその拳は止まらないのだから。


 〈結界シールド〉を砕く音が三度連続し、拳は俺の腹を捉える。

 けどな、来るのが分かってんなら〈結界シールド〉三枚で減衰してお前の拳程度、根性にどうにかなるんだよ。


「ッ!」

「なっ……?」


 涙で視界が歪む。けど耐えきった。

 俺が耐えたことによる一瞬の驚きと霊冷棒レレイボウと打ち合ったことで蓄積していた冷気が木下の腕の動きを一瞬止めた。

 その隙を見逃さず、霊冷棒レレイボウを捨てて突き出された木下の腕に全身で組み付いてこけさせる。


「ぐっ……」


 俺がこいつに有効打を当てるとすれば、それは寝技、それも絞め技しかない。

 俺のパンチやキックなんて何百発打ったってこいつは倒れないだろうし、霊冷棒レレイボウの全力だって凌がれる未来が見える。


 腕と一緒に首をロックする。

 関節技の強力な点は相手がどれだけパワーを持っていても容易に絞めから脱出できないという点だ。


「セクハラとか言い出すんじゃねぇぞ。そっちが先に俺の情報収集なんてズルしてんだから」


 まぁ、それを公平にするための自分のスキルの封印なんだろうけど。


「そう……ですね……言いませんよそんなこと。戦いですから。けど、それで私のズルを許していただけるのであれば――〈身体強化〉」


 こいつのクラス、ウォリアーかよ……

 一気に増した筋力が俺の身体を持ち上げ、締め上げていた腕を強引に外しに掛かって来る。

 関節キメてんのになんで動ける……


「〈継続回復リジェネ〉……」


 関節を無理矢理動かして、痛みと脱臼は〈継続回復リジェネ〉でカバーしてんのかよ……


「クソ……」


 完全に俺の腕は木下の首から離され、今度は俺の腕に両腕を絡ませてロックしてきてやがる。


「けどいいのかよ……? 俺ばっかりに気を取られてて」


 俺の指輪『不死添いの指輪ノーライフ・ネイバー』はアンデッドを使役して召喚できる。

 そして召喚の射程は指輪から周囲三メートルほど。

 今この状況下なら、木下の後ろを取れる。


 行け。アル!


「分かってますよ」


 俺の両腕を纏め左腕の脇に挟んでロックし、腰を右周りに回転させて後ろを振り向く。


 そこに居たアルを見て一言……


「お爺ちゃ――」


 そう呟き終える前に、『幻想娘々ファンタジーニャンニャン』の効果がバレる。

 木下は残った右腕を振り上げ、拳をアルに向ける。

 アルより速度がある……このままじゃ先にアルがダメージを貰って負ける。


 だが〈視覚強化ホークアイ〉と〈思考加速ハイビジョン〉を使う俺は、お前の動きに対応するのは難しくても『見る』だけならできるし、それに合わせてスキルを使うことも可能だ。


「〈結界シールド〉!」

「壊して進む」


 俺の声をスキル発動の声を聴いてそう呟く木下に、俺は笑みを持って返す。


「拳の前ならな」


 俺が〈結界シールド〉を構築したのはアルを守るためじゃない。

 お前の肩を止めるためだ。

 拳には力は乗っていても、そこにエネルギーを伝達するための肩の稼働さえ止めてしまえば拳はまともに振るえない。


 勝った。


 そう確信した俺の期待を――花でも踏みつぶすように裏切って、アルは木下に抱き着いた。


「「え?」」

「あの、なんで立川さんまで驚いてるんですか? ここから何か作戦とか……」

「ないけど……いや普通になにしてんのアル?」


 そう聞くと〈伝達心骸ボーンコネクタ〉の効果によってなんとなくアルの心の声が俺に聞こえてくる。


『行けって言われた、から。この子、かわいい』


 あぁぁぁ~~~~~~~~~~~~!

 んんんん~~~~~~~~~~~~!


「それじゃあその、僭越ながら。一本、ということで」


 アルに抱き着かれたまま、俺の頭を軽くチョップした木下はそう呟いた。






「いえその恐らくですが、私が人間であり、これは訓練の範疇だったので立川さんに敵意を見せていなかったことが命令混乱の原因と考えられます。ですのでダンジョン内での戦闘においてはこのようなミスが発生する可能性は極めて低いと思われます」

「慰められるとさ、余計みじめになってくるよな……」

「すいません……」


 クソ……もうちょいで勝てたかもしれないのに……

 いや、これが俺の今の実力ってことだ。

 そもそも木下はスキルを基本クラスのものしか使ってない訳だし。

 それで勝ったところで近接戦闘力が十分とは言えないか。


「しかし、私が想像していたよりは強かった、というのが素直な感想です。これならダンジョンに入っても問題はないでしょう。ただしこの伎越市にあるダンジョンにはアンデッド以外の魔獣が多数出現します。今までの〈治癒ヒール〉による攻撃力強化は使用できないということは念頭に置いてください」

「あぁ、それは分かってる。一応準備はしてきてるから心配しないでくれ」

「そうですか……」


 そう言いながら木下はジッと俺を見る。


「なんだ?」

「いえ『不可能を実現する力』というのが今の私の課題なのですが……」

「なんだそれ?」

「私もよくは分かりません。しかし貴方を見ていると何かヒントがありそうな予感がしました」


 よく分からない話だな。

 一体どの馬鹿がそんな抽象的な課題出したんだか……


「僭越ながら立川さんが……」

「燈泉でいいよ。敬語も大丈夫。ていうか俺の方が年下なのに変だろ?」

「いえ、私は敬語の方が楽なんです。ですがそうですね、では今後は燈泉さんとお呼びします」

「まぁ、そっちがいいならいいけど……」

「それで燈泉さんは一月しかこちらに居られないとのことですよね?」

「あぁ、夏休み期間だけだからな」

「では、それまでに達成する目標を設定するべきなのだと思うのですが」

「へぇ、何?」

「レベル3。でどうでしょうか?」


 レベル3。

 新人が新人じゃなくなるレベルだ。

 普通なら数年掛かることのはず。


 でも――


 良太だって今頃リハビリや何やら頑張ってるはずだ。

 俺が帰るころには探索者としての能力も向上しているかもしれない。

 怪我もしてない俺が追い抜かれたなんてことになったら一生の恥。

 リーダーとして最高レベルはキープしておきたいところだ。

 帰ってから、あいつとまた一緒に探索者を続けるために。


「分かった。それで行こう」



 ◆



「それで、どうするつもりだ良太?」

「どうするって、何がだい慶司兄さん?」


 僕の怪我は既に治っている。

 それでも僕はまだ入院している。

 それは『呪い』は治っていないからだ。そしてこれは療養するだけじゃ治らない。

 両腕は包帯に包まれていて、中の皮膚はまだ黒く変色したままだ。

 現代の医療ではこれは治せないと医師に言われた。


 このレベルの呪いを直せる魔道具となると使用するだけでもかなりの値段になる。


 それは分かってる。


「両腕の神経が機能してない。もうペンすら握れないんだろ? 幸い血流に異常はないから切除は免れたが、その腕で探索者なんて不可能だ」


 僕に説教をしているこの人は西園寺慶司けいじ

 西園寺家の長男であり新進気鋭のベンチャー企業の社長をしてる。


「お前の腕を治す魔道具の金は俺が出してやる。だから良太、もう探索者はやめろ」

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異世界出身生臭プリーストはダンジョンの存在する現代で欲に溺れる 水色の山葵/ズイ @mizuironowasabi

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