第14話 金色の呪い
――俺さ、そろそろ探索者辞めるよ。
――いいの?
――あぁ。貯金あるし。お前も
――そう。私はずっと専業主婦だし、お金で苦労したことないし、今の生活だって満足してる。だから貴方に尽くすことに迷いなんてないし、この先貴方がどうなっても受け入れる覚悟がある。だから……だからね……好きなようにしていいよ。どんな選択でも、私は文句なんて言わないから。
――おう。
◆
黒い炎が骨の龍の口元へと収束していく。
原理は分からない。どういう効果かも分からない。
あんな怪物と戦ったことがある奴は相当上位の探索者だけだろう。
そんな奴等がネットに情報を公開する理由がない。
だから三等級以上の魔獣の情報なんてほとんど出回らない。
けれど一つだけ絶対的な事実がある。
あれを受ければ俺たちは全員死ぬ。
雲の中より長い首を垂れ下げて、三秒ほど炎が口元集まる時間を要した後。
その一撃は固定された天候を刹那的に晴れさせる。
「〈〈〈
「〈
「〈〈マジックブースト〉〉!」
重なるその声と共に光線に近いその一撃を四枚の結界が阻む。
強化しているはずなのに、いとも容易く結界は割れていく。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
それが意味のある行為だと、その男も思っていた訳ではないだろう。
しかしまるでそれが遺伝子に刻まれた本能であるように西園寺良太は、己を鼓舞する絶叫と共に、盾を構えて俺たちの前に飛び出した。
「やめろ、何やってる良太!」
結界が割れる。結界が割れる。結界が割れる。
「燈泉、僕は前衛で僕はお前を守ると決めた。だからこれが正しい僕だ」
全ての結界が割れる。黒い光線は良太の盾を穿ち、超高温の熱はその盾を溶かし始める。
俺は分かっている。
俺は知っている。
俺には才能がないことを。
俺には
だから三十五のおっさんの命と十六の天才二人の命。
交換できるなら、きっとそれは安い買い物だ。
「〈
加速した自分の身体を良太と入れ替える。
光線は盾の殆ど溶かしている。
このままほっとけば良太が貫かれて死んじまってた。
「
防御用の魔道具。
掌に収まる程度のその石像の効果は、込めたマナに比例した巨大化。
俺の前方に巨大な石像が現れる。入れ替わる時に背中が少し焦げたがこの程度ならまだ動ける。
俺のマナのほぼ全て食わせてそれは自由の女神像並みのサイズまで拡大する。
それでもあの龍には遠く及ばないサイズだ。
「クソ……」
だが光線は止まらない。
巨象の腹と背中が熱でどんどん赤くなって溶けていく。
「〈
盾を握っていた両腕を黒く焦がされた良太は完全に意識を失っている。
「おい……良太……やめろ、死ぬな! 死ぬなって! もう死ぬな! 俺の前でもう死なないでくれ……」
「呪いだ馬鹿。下手に触るな、お前レベルの解呪じゃどうせ治せねぇ」
「洋平……どうすればいい? あぁ金だ、金があればなんでも買えるんだ……」
「何言ってる……お前……」
震える声で意味不明なことをブツブツと呟く燈泉には、さっきまでの冷静さは欠片も残っていなかった。
「ふざけんな!」
俺は燈泉をぶん殴る。
逃がすにしてもこいつがこんなんじゃ無理だ。
「状況見て物言えよ。今この状況が金でどうにかなると本気で思ってんのか!?」
「――は?」
「いいか、お前の仕事は考えることだ。考えるのをやめるってことは
胸倉を掴み上げて龍に顔を向けさせる。
「いいか、俺があいつ等を引き付けてる間に俺が造る〈
「そ、それじゃあ洋平はどうするんだよ……」
〈
その間はアイテムスキルも使えなくなる。
俺はあの像を維持する必要があるから〈
「……まぁ、どうにかするから心配するな」
なんで俺が高校生相手に愛想笑いしなきゃいけないんだよ……
なんて思いながらやってみた俺の顔を見ながら、燈泉は涙を拭う。
「ッ!」
そして自分の顔面をぶん殴った。
「……悪い、取り乱した。俺はこのチームの指揮官だ、仲間を無事に帰すことが仕事の俺がお前を見捨てたら、俺は一生指揮官失格だ。だからお前も一緒に帰って貰う」
「何言ってんだ……俺は……」
仲間……俺とお前等が?
俺は雇われてるだけだ。
お前にとって俺は評価を気にするような間柄だろう。
それが仲間?
ずっと独りだった俺と?
「俺とお前が仲間だってのか?」
「何言ってる? 当たり前だろうが」
はは。なんだこいつ。馬鹿だろ……
「洋平。銃を貸せ」
「銃? こんなんじゃあれにダメージなんて与えられないぞ?」
「分かってる。けど俺を信じろ。この状況を切り抜けるぞ」
さっきだってこいつの案でなんとかなった。
信じてみるか。リーダーなら。
魔核銃リボルゲインを具現化し燈泉へ手渡す。
「よし」
銃に魔核を食わせた燈泉はそれを龍に構えて発砲する。
しかしそれはブレスを吐き続ける【骸龍ボルドメルグ】ではなく、その隣で沈黙していた【屍龍ガイゼル】へ向けての発砲。
弾がなくなっても次の魔核をチャージして発砲し続ける。
何してるんだ?
あいつまでこっちを狙ってきたらもうどうしようも……
「汝、主の栄光へ縋りたくば、その身が天上へ最も近いことを証明せよ。さすれば天より世界を見通す我らが主は、必ずやその思いを聞き届け、極楽への
なんだそれ……
何言ってやがる急に……
いや違う……
これはスキルだ。
こいつがクラスアップで得たスキル『
敵にはほとんど使えない力だって聞いてたけど……
「使えるのか?」
「敵の敵は味方だって言うだろ。催眠術みたいなもんだ、本当に嫌なことはさせられない。けどこの階層ではゾンビとスケルトンは抗争状態にある。ならあの龍にとっても、もう一頭の龍を攻撃するって思考は日常的だ。だから――」
もう一頭の龍が腐肉によって造られた大口を開き、その口内に虹色の宝玉を作り出す。
それが光線となって俺たちにブレスを吐き続けていた龍の胴体へと命中した。
「っし!」
俺たちを襲っていたブレスが中断される。
「洋平!」
「任せとけ!」
さっきのブレスの超高温でアルの〈
俺たちが出てきた穴はすぐに見つかった。
そこに飛び込み、更に穴を深く掘削する。
「〈
幸い他のアンデッドは寄ってきていない。
そりゃあの龍のブレスの中心地に好き好んでくるような馬鹿は魔獣にもいないだろ。
次にブレスが飛んできても耐えられるように二十メートルほどの穴を掘って中へ入る。
これで穴にブレスが直撃しない限りは死なないだろう。
「良太起きろ!」
俺の作った穴に良太と一緒に飛び込んで来た燈泉がそう声をかけると、良太は薄っすらと目を開けた。
「燈泉……無事か……?」
「あぁ、お前のお陰で俺は無事だ。〈
「よかった。うん、〈
良太の周りに魔法陣が形成されはじめる。
それを見て俺と燈泉も〈
これで三十秒待てば帰還できる。
後はブレスが飛んでこないように祈るだけだ。
二度ほど大きな揺れはあったが、俺たちに被害が及ぶことはなく俺たち三人の〈
「外だな。そうだ、探救車呼ばないと」
「もう呼んだぞ」
円柱状の作りになっている探索者協会のゲートエントランスの頭上に広がる青空を見て一瞬気が緩んだものの、良太のためにすぐ探索者用の救急車を呼ぶところまで頭が回るなら大丈夫だろう。
さっきまでの狼狽えようもそれまでの冷静さを考えれば、全くマイナスの要素じゃない。
数日前にプロになったばかりの奴が三等級の龍二匹と遭遇し、交戦までして、それでも生き延びて帰ってこれたんだから大成功以外のなんでもない。
あの龍は本当に不運みたいなものだ。
あれは上級の探索者でも普通に死ねる状況だった。
だからそんな特大の不運を経験したこいつらはきっと、まだまだ強くなる。
そう思いながら煙草に火を付けた。
同時に背中に強い痛みを感じる。
どうやら俺も良太と入れ替わった時に結構ダメージを受けちまったみたいだ。
こりゃ耐えられそうにないな。
咥えた煙草が自然と地面に落ちて、自分の視線が床に転がる煙草とほとんど同じ高さまで下がる。
高校生に情けねぇところは見せたくなかったんだけどな……
「洋平? おい、大丈夫か!?」
うるせぇ。ちょっと寝るだけだ。死にはしねぇよ。
お前のお陰だぜ。リーダーさんよ。
◆
7月20日。
俺たちの中階層探索は命からがら逃げだす結果に終わった。
翌日に良太と洋平と連絡を取ったが、二人共入院にこそなったものの命に別状はないようだ
だが良太の退院までどれくらい掛かるかはまだ分からない。
――今この状況が金でどうにかなると本気で思ってるのか!?
洋平に言われた言葉が頭から離れない。
俺の信じた力は、状況によっては無に帰す力なのだろうか。
金をどれだけ集めても救えない人間は存在するのだろうか?
「あら燈泉ちゃん、こんな時間に家に居るなんて珍しいわね」
買い物袋を持った母親が家に帰ってきた。
リビングを抜けて冷蔵庫に袋の中身を仕舞おうとしていたから、俺もそれを手伝う。
「ありがとね、燈泉ちゃん」
「ちゃんはやめてって言ってるじゃん」
別に仲が悪い訳じゃない。
ただ、俺が一方的に苦手意識を持ってるだけだ。
何せ俺はこの人の本物の子供じゃないんだから。
「母さんさ、何か欲しいものとかない?」
「えー、急にどうしたの?」
「ほら、俺プロの探索者になったじゃん?」
「うんうん、私も鼻が高いよー。職場の人にも自慢しちゃってる」
「それでちょっと稼げたんだよ。だから何でもプレゼントするよ」
「じゃあ掃除機とか洗濯機とか食洗機とか?」
「いいけど、なんで全部家事の道具? もっと趣味のものとか自分が楽しめるものでもいいよ? ハイブランドのバッグでも」
「家事が楽になるのはいいことよー。空いた時間で別のことできるしー」
「時間か……」
ほら時間だって金で買えるんだ。
人の命だってきっと金で買えるはずなんだ。
「でも貯金したらー?」
「俺はもっと稼ぐから大丈夫だよ」
「けど何があるか分からないじゃない?」
「俺は母さんに楽して欲しいんだ。幸せになって欲しいんだ」
「うちの子すごいいい子ー。その言葉だけで私は幸せだよー」
「良い家も美味しい食べ物も高い服もアクセサリーもなんだって買わせてあげるよ。それくらい俺は金持ちになるよ」
「あらあら助かるわー。私の将来も安泰ねー」
俺は母さんに楽をして欲しい。
父さんにも楽させてあげたい。
皆に幸せになって欲しいんだ……
「燈泉ちゃん、何かあったの?」
「母さんは……俺が金を稼いでも幸せじゃないの?」
「そんなことないわよ。燈泉ちゃんがお金持ちになったら安心できるもの」
そうだ。金があれば安心できる。
問題が起こっても金で解決できる。
欲しいものは全部金で買える。
貧困に苦しまなくてよくなる。
母さんの言う通りだ。
俺が金を稼いで、金持ちになって、母さんを安心させるんだ。
「燈泉ちゃんの将来にね」
は?
「俺の将来?」
「お金があったら燈泉ちゃんの将来の不安が少なくなるじゃない。すごく嬉しいことよー?」
話が噛み合っていない感じが凄くある。
「母さんは自分を幸せにしたくないの?」
「だって、私は今がもう結構幸せだから」
そう言って母さんは俺の頭を撫でて微笑んだ。
部屋へと戻るとメールが届いていた。
良太と洋平からだ。
長文だからメッセージアプリじゃなくてメールにしたらしい。
良太は両腕の大火傷。二カ月は探索活動も無理らしい。
洋平は背中に呪いを受けて今までの様には動けないらしい。
解呪する方法は大本の魔獣が死ぬか高位の解呪系魔道具を使う以外にない。
そんな魔道具を使う大金は無いから洋平は予定通り探索者を引退するらしい。
これからは家族と過ごすようだ。
家族と過ごすか……
三億もあればそれは可能だ。
俺だって母さんや父さんを幸せにして、自分が自由に遊んで生きる程度なら十億も稼げば釣りがくる。
そして多分、低階層でもあの方法で上位種を十年くらい狩り続ければ魔核の値段だけで数億稼げる。
税金とか視野に入れても二十年あれば確実に十億に行く。
低階層に命の危険なんてない。クラスアップした俺なら毎日安全に探索できる。
「馬鹿か……もう負けてるじゃねぇか……」
金があれば俺が願う全ての人間を救うことができる。
洋平の呪いだって俺に金があれば解決できた。
良太の怪我だって金があれば高位の治癒系魔道具ですぐに治せた。
強い魔道具があればあの龍にも負けなかったかもしれない。
それだけの金を稼げる強さがあれば、あの龍を倒せたかもしれない。
金があれば相羽マヒロを雇えるかもしれない。
金があればもっと大勢の探索者で中階層へ挑めたかもしれない。
人も物も信用も夢も、全ては金に帰結する。
――今この状況が金でどうにかなると本気で思ってるのか!?
解決したんだよ洋平。
金さえあればあの龍に対抗できる魔道具を揃えられた。
金があればもっと高位の探索者から個人的に情報を買えた。
もっと高位の探索者を護衛に付けることすらできた。
金がなかったから俺たちは負けたんだ。
連絡先一覧を開き、半ば無理矢理登録させられていた連絡先をタップする。
『相羽マヒロ』
こいつには頼るのは心情的には凄く嫌だ。
けど俺が強くなるためには『ダンジョンを知ってる奴』の力が必要なんだ。
俺の知り合いで一番条件に合うのはやっぱりこの女しかいない。
少し憂鬱な気分になりながら、俺は相羽マヒロに電話を掛けた。
「母さん」
「あら、どうしたの? 晩御飯今作ってるからね」
「夏休みになったらさ、俺ちょっと他県で探索しようと思う」
「他県……?」
「夏休みの間だけね。もう下宿先は見つけてるから心配しないで。ちゃんと九月には帰ってくるし」
「そう……それが燈泉ちゃんにとって必要なことなのね?」
「うん、これは俺にとって絶対に必要なことなんだ」
「わかった。お父さんに言っておくわね」
「ありがとう」
◆
廊下を歩きながら二人の女性が話していた。
「どうしたんです? 嬉しそうですね」
「いやー、そんなことないよー? ただ彼が私を頼るなんて思ってもみなかったからさ」
「彼……ですか。それが今の電話の相手でしょうか、マヒロさん?」
「そうだよ。立川燈泉。多分五年もすれば私と同じくらい強くなる」
「日本一位と同じ? 冗談でしょう……」
「さぁどうかな。一週間後に来るらしいから一カ月分ホテルの予約しといて。あと探索者の心得を教えるのは君に任せるよ。ネオンちゃん」
相羽マヒロにそう言われたスーツの女性は足を止めた。
相羽マヒロも足を止め振り返る。
「あの、今度の探索には私も付き添っていいと……」
「うん。だから彼の面倒をちゃんと見てくれたら君を『深階層』へ連れていく」
「約束ですよ」
「うん。約束は絶対守るよ」
「ちゃんと、とは?」
「細かいね君。そうだな、彼の実力を上階層へ入れるくらいまで上げる。それが君の仕事だ」
「無理です。クラスアップしたばかりなんですよね? 高校生なんですよね? 一カ月でそんなの絶対無理です」
「お、良く知ってるね」
「名前を今検索しました。高校生でプロになった異例の少年。確かに才能はあるのかもしれませんが、たった一カ月なんて中層で通用できるようにするのも現実的ではありませんよ」
「そういう不可能を実現するのが深階層へ入る探索者に求められる力だよ。それに心配しなくても、彼はきっと君の想像なんて簡単に越えてくれるさ」
ネオンと呼ばれたディープパープルの髪の女性は悔しそうに下唇を噛んで「分かりました」と呟いた。
「夕食、一緒にするんじゃなかったの?」
「いえ、ギルドに戻って彼のことを調べます」
「分かった。いってらっしゃい」
二人は真逆の方向へ歩き出す。
相羽マヒロは誰にも聞かれない小さな声で呟いた。
「頑張ってね先生。彼女は先輩みたいに優しくないよ」
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